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解かれた役割

 - 転生者の娘、トゥエよ。今をもって、そなたの転生者に仕え、導く者(セルヴィス)としての役目を解くこととします -


 大聖堂に響く厳かな声。

 私はひざまずいたまま静かに頭をあげ、声の主である司教、その中でも神の代理人と呼ばれている男を見上げた。

「……謹んで神のご意志に従います」

 神の代理人として祭壇に立っている司教、名前はたしかウィスカ……いや、それは三代前だ。

 今の司教の名は何といっただろうか?

 ぼんやりと考えていたところに、柔らかな男の声が聞こえた。


「転生者の娘、トゥエよ。転生者に仕え、導く者(セルヴィス)として、これまでよく勤めてくれました」

 威厳ある声の響きの中に、私を心から気遣う温かい音が混じっている。

「残念なことですが、昨日の儀式によってこの地にはもう転生者が現れぬことが明らかになりました。あなたが長きにわたって務めてきた、転生者たちを導く役目もここに終わったのです」


 あぁ、思い出した。

 今の司教の名はヴェルスカ。

 最後の転生者が落ちてくる少し前に、この地に赴任してきた人だ。

 中央の教会からわざわざこんなさびれた転生の門の番人に自ら志願してやってきた変わり者。

 良く知らないが、町ではそう噂されている。


 ヴェルスカは悲しみとも安堵ともつかない声色で、私に語り続ける。

「聞いていますか?トゥエ。あなたは与えられた役割から解放されました。そこで私から1つ訊ねるのですが、あなたはこれからどのように生きることを願いますか?」

「……はい?」


 唐突な問いかけに考えが追い付かない。

 私がこれからどのように生きたいか?

 一体この人は何を話しているのだろう?

 私のこれまでの人生は、転生者という常識外れな者たちに振りまわされ、彼らについていくだけで精一杯のものだった。

 転生者たちにこの世界の常識を教え、破天荒なふるまいの尻ぬぐいをし、日々の食事や生活に追われ、気がつけばもう何百年もの月日が流れてしまっていたのだ。

 その役割から解放された?


 ……あぁ、そうか。


 転生者はもう来ないのだ。


 ヴェルスカに問われて、ようやくその意味を理解した。

 私はこれから、転生者がいない世界で生きていく。

 もう、転生者とこの世界との間で気をもむこともなく、彼らのしたことに責任を負う必要もない。

 もしかしてこれは「自由」になった、ということだろうか。

 だが、それを素直に喜ぶには転生者に仕える者(セルヴィス)として過ごした時間が長すぎた。

 正直、自由の喜びよりもまだ戸惑いの方が多い。

 あのような破天荒で常識はずれで、それなのに、この世界で生きるにはあまりにも優しすぎる転生者たち。

 そんな彼らに、新たに出会うことができない事実に、少しばかりの寂しさを感じている自分がいる。


「トゥエよ、永きにわたるあなたの献身に私たちは報いねばなりません。教会のできることに限りはありますが、私たちはあなたの願いを聞き入れる準備があります。あなたが望むのであれば、教会は喜んであなたを聖職者に迎えますし、もし、あなたが貴族の身分を欲するのであれば、それなりの格式ある身分を用意しましょう」

 こちらを見るヴェルスカから、優しさの中にどこか哀れみを感じる。

 それが、ほんの少しばかり私の心をざわざとさせた。


「そうですね、しばらくどこか……旅にでも出ようと思います」

 なんのあてもない、思いつきの言葉がこぼれ出た。

「それは良い考えかもしれませんね。それで、どこか向かうかあてはあるのですか?」

「いえ、まだ何も決めていません。 ただ、もう新しい転生者を待つ必要がないのなら、少しここを離れてみようと思っただけです」

「そうですか……」

 ヴェルスカ司教はふむ、と首にかけていた大きなメダイユを外し、私に手渡した。

「それならは、あなたにこれを授けましょう。もし、旅先で困ったことがあれば、教会を訪ねてこれを見せなさい。教会は必ずあなたの助けとなることを約束しましょう」

 銀の鎖に教会の刻印が刻まれた大きなメダイユを受けとる。

 裏返すと、そこには誰もが知る教会の聖句の一節と、それ以上に知られている聖者リュートのレリーフが目に入った。

「ありがとうございます。教会のご厚意に感謝いたします」

「あぁ、それからもう一つ」

「なんでしょう?」

「旅に出るのであれば、いつかは帰る場所が必要でしょう。あなたが戻るまで、あなたの家は教会が守ることを約束しましょう。安心してください。もし私が天に召されたとしても貴方と教会との約束は守られます」

「重ねての教会のご配慮に、心より感謝を申し上げます」

「いえ、これは聖者リュートの遺志によるものです。なにも遠慮することはありません」

 聖者リュート。メダルに刻まれている懐かしい横顔。

 少し遠いが、彼の眠る王都に行くのもいいかもしれない。

「いつでもこの街に帰ってきなさい。転生者の娘、トゥエよ」

「……はい」

「あなたの永き人生に、神の祝福のあらんことを祈っています」


 私は立ち上がり、ヴェルスカに深く礼をすると教会を後にした。

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