聖者リュート_14
タニアが教会にやってきたのは、まだ日の高い時間だった。
彼女はなぜか大きな背嚢を背負っており、まるで行商人のようだ。
私はうっすらと汗を浮かべている彼女を家に招くと、薬草や製薬の道具で散らかっている机の上を急いで片付け、彼女のためにお茶を準備する。
「早く来すぎちゃったからしら? あ、それからこれ。お土産ね」
タニアは大きな背嚢を床におろすと、そこから蜂蜜入りの焼菓子の入った袋を取り出し、私に手渡してくれた。
「ありがとう! 折角だから一緒に食べましょう、タニア」
彼女にもらった焼菓子の包みを開けると、甘い香りがあたりにふわりと漂う。
木地の皿に焼菓子を取り分けて、お茶と共にタニアの前に並べて置く。
大丈夫、ちゃんとリュートの分は残してある。
「リュートは教会?」
「ええ、この時間はまだ子供たちを教えています」
「リュートを見た時は、彼が先生をやるなんて全く想像できなかったけど、案外とちゃんとやれているのねぇ」
「彼は子供たちにも好かれていますし、教えるのも上手いですよ。正直な話をすると、私も少し驚いています」
「軽薄そうに見えて、実は頭が回るわよね、リュートは」
タニアは口にしてしたカップを置くと、今度は焼菓子をとってサクリと齧った。
私も彼女につられるように焼菓子を手にとり、口に運ぶ。
一口齧ると小麦の香ばしさと蜂蜜の甘さが口いっぱいに広がり、思わず頬に手をあて焼菓子の美味しさを堪能する。
タニアも焼菓子を美味しそうに食べる私を見て、満足そうに笑みを浮かべている。
二人でゆっくりとお茶の時間を楽しんだあと、私は最初からずっと気になっている荷物のことを彼女にたずねてみることにした。
「そういえばタニア、その荷物の中身は一体何なのですか?」
「ああ、これ?」
タニアは床の背嚢に目を落とした。
「実は今日、リュートに相談したいことがあって」
「商売のお話ですか?」
「そう。昨日少し話したけれど、うちで扱ってる商品の中で、異世界人のリュートの目にかなうものがあるか、一度彼に見てもらいたいと思ってね」
「それであの大量の荷物なのですね」
「とりあえず、うちで扱ってる日用品で、質が良いのもの選んでもってきたのだけど、一度リュートに見てもらえないかと思って」
「そういうことなら、リュートにトノヴァ商会に行くように話をしたのに。タニアが重い荷物をここまで運んでくる必要はなかったのでは」
「あのねトゥエ、こんな場合はね、お願いをする方が足を運ぶものなの」
「そういうものなのですか」
「そういうものなのよ」
タニアはカップに残っているお茶を一気に飲み干した。
「ねぇ、迷惑でなければリュートが子供たちを教えているところを見てもいいかしら?」
「かまいませんよ。むしろ逆に子供たちの相手ができたと歓迎されると思います」
「それじゃ遠慮なくお邪魔するわね」
教会の敷地内をとおり、リュートと子供たちのいる会堂へ向かう。
正門には、今日も幾人かの女性の姿が見えた。
彼女たちの視線を避けるようにして、タニアと二人でこっそりと会堂の入り口をくぐった。
「いいか! これから、自分より年上の女の人は全部『おねえさん』って呼ぶんだぞ!」
『は~い!』
「で、「おねえさん」っていうのはこう書くんだ。ダリル、エフィ、アリサはこれを十回練習な! クルツとルディはおねえさんの絵を描いてみるか?」
「……ねぇ、トゥエ」
「なんでしょう? タニア」
「リュートはいつもこんな感じで子供たちに文字を教えているの?」
「はい、いつも通りですね。リュートの言葉を借りるなら、文字のついでに、子供たちに処世術を教えているのだそうです」
「相変わらず面白いわねぇ、彼」
「リュートもいいのですが、折角なのであそこで計算をしているロメロも見てあげてください」
「もしかして、来年からうちの商会に来る子かしら?」
「ええ、彼はリュートに教えてもらうようになって、かなり算術ができるようになったんですよ」
ロメロは少し離れた席で、壁の塗板にびっしりと書かれた掛け算と割り算の問題を解いているようだ。
カツカツと無心で蝋石を走らせるロメロの様子を、タニアはじっと見定めている。
「あの子、計算が早いわ。それに割り算ですって」
「ロメロは真面目でやる気もありますから、教えてくれる人さえいれば、文字も算術もどんどん覚えていきますよ」
「リュートには改めて感謝しないとね。うちの商会に来る子を、しっかりと鍛えてくれて」
こちらに気づいたのか、子供たちの間を縫ってリュートがやってきた。
「タニア! 来てくれてたのか」
「あなたに呼ばれたんじゃ、来ないわけにはいかないわ。なにせうちは転生者御用達の店なんだから」
「さすが! トノヴァ商会は頼りになるねぇ。で、早速なんだけど、そんなタニアに頼みがあるんだ」
「そのために呼んだんでしょ? 私にできることなら話を聞くわよ」
「実は銀貨を一枚、献金してほしいんだ」
「献金? 教会に寄付をするってこと?」
リュートは何を言ってるのだ? 私はお金を無心するために彼女を呼んだわけではない。
文句を言おうとした私をリュートが手ぶりで制した。
「そう。いきなり金の話で悪いけど、今日だけでかまわない。頼めないか?」
「いいわよ。ちょうどリュートにお礼をしたいと思っていたところなの。銀貨一枚でいいのかしら」
硬貨の入った皮袋から銀貨を取り出そうとしたタニアを、リュートが止めた。
「いや、今じゃなくて、今日の礼拝の最後に銀貨を一枚献金してほしいんだ。やり方は子供たちやトゥエの真似をしてくれればいい」
「わかったわ。教会の礼拝って、参加したことがないからよくわからないけれど、トゥエの真似をすればいいのね?」
「あぁ、感謝するぜ! タニア! そしたらオレ、シスター・エメリアとちょっと打ち合わせしてくるから。トゥエは先に子供たちと礼拝堂に行っててくれ」
それだけを言い残すと、リュートはあわただしく会堂から出て行った。
私とタニアは子供たちを連れて、いつもより少し早い時間に礼拝堂に向かうことにした。
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