聖者リュート_13
それ以来、リュートは子供たちの勉強が終わると、最後に必ず礼拝堂に子供たちを集めて、シスター・エメリアと共に祈ることを日課にした。
これまでも子供たちは毎朝、朝食の前にシスター・エメリアと共に祈りの時間をもっていたのだが、それを夕刻にも行うことにしたのだ。
「今日が健やかで学びの多い一日であったことを、みな神に感謝いたしましょう」
シスター・エメリアの声に合わせて、子供たちが祈りをささげる。
朝の祈りと違うのは、一日の感謝のあかしとして、子供たちが野に咲いていた花や、綺麗な石などを祭壇に捧げるようになったことだ。
これはリュートによる入れ知恵で、感謝や気持ちは、形や言葉に表さないと伝わらない。形のないもの、目に見えないものはきちんと形にしないと、相手が神様であって伝わらないぞ、という事らしい。
子供たちが祭壇に何かを捧げるたびに、リュートは子供たちに笑いかけ、偉いな! と頭をなでてほめていく。リュートに褒められるのが嬉しいのか、子供たちもこの時間を素直に受け入れている。
そして、この礼拝に可能な限り参加してほしいと私はリュートに頼まれた。
断る理由もないので、私もその時間には教会に戻り、礼拝に参加するようにしている。
流石に子供たちと同じように花や石を捧げる訳にはいかないので、私は礼拝で、その日に売上げた薬草の対価の一部(もともとシスター・エメリアに渡すつもりでいたものだ)を献ずることにした。
「あなたの良き行いを神は見ておられます。神の加護がありますように」
リュートはシスター・エメリアの隣に当たり前のように立ち、子供たちからの可愛い捧げものと一緒に献金を受け取った。
「きっとこの世界の神様ってヤツも喜んでると思うぜ。トゥエ」
リュートは私の手を取ると、うやうやしく自分の額にあてた。
私に対する感謝と敬意を表しているらしい。
「そうだといいのですが」
「そして、そんな敬虔なトゥエに、改めて一つ頼みがあるんだけど」
「なんでしょう?」
「一度、タニアをこの礼拝に連れてきてほしいんだ」
予想もしなかったリュートに頼みごとに少し驚いたが、そういえばあれから彼女の店にまだ顔を出せていない。
タニアに会う良い口実ができたかもしれない。
「かまいませんが、タニアは信心深い方ではないですよ。ですが、リュートの頼みなら面白がって来てくれると思います。今度彼女の都合を聞いておきますね」
「あぁ、よろしくな」
その数日後、タニアにリュートからの依頼を話したところ、彼女は二つ返事で教会に行くことを約束してくれた。
「実は『転生者御用達の店』っていう売り文句、結構きいてるの」
「そうなのですか?」
「リュートの眉目姿に惹かれたお嬢さんたちがね、彼の御用達の店ってことは、もしかすればここでリュートに会えるかもしれないって、店にやってきてはちょっとした物を買っていってくれるのよ」
そんな事になっていたのか。
「思ってた方向とは違うけど、彼のおかげで売上が伸びたのは事実よ。それで丁度リュートにお礼を言いたいと思ってたところだったの。明日でよければ教会にお邪魔するわ」
「ありがとう、タニア」
「お礼を言うのはこっちの方よ。あと、トゥエ。リュートが普段使っている物で何か足りないものはない?」
「そうですね、蝋石がそろそろ少なくなってきたかもしれないです」
「そうじゃなくて、もうちょっと普段の生活で使っているもので何かないかしら?」
リュートが普段使っているもの?
そういえば、ここに来てからリュートは、自分のための物を欲しいといったことがない気がする
彼が何かを欲しいと口にしたのは、子供たちのためにノートとペンを手に入れたいと話したのが初めてだ。
生活に必要なものは一通り家にそろっているが、服などはいまだに父のものを使ってもらっている。
もう少し配慮が欲しかったかもしれない。
「今は思いつかないのですが、本人に聞いてみます。でも、どうしてそんな事を聞くのです?」
「だってうちは『転生者御用達の店』なのよ。お客さんに聞かれるのよ。リュートは普段どんなものを買っていくのか、って」
「え?」
「お客様が何を買われたかはお店の信用のためにお話できません、っていうんだけどね、どうしても知りたいってしつこいお嬢様に彼が蝋石を買ったって言ったら、その娘、それと同じ蝋石を買っていっちゃったのよ」
それは、つまりリュートが使っているものと同じものが欲しい、ということなのだろうか。
しかし貴族のお嬢様が蝋石を買ってどうするのだろう?
「商品が売れるのはいいんだけど、いくらなんでも貴族のお嬢様が蝋石っていうのはねぇ」
タニアは苦笑を浮かべながらカウンターの側にある蝋石を一本抜き出すと、しみじみと眺めた。
「まぁ、いいわ。明日会った時に、リュートに何か必要なものがないか聞くことにするわね」
「はい、今の話をリュートにも伝えておきます」
それからすぐにタニアに声をかける客が現れたので、私は彼女の邪魔にならないよう店を出た。
教会に戻ると、いつものお嬢様たちが門の前で教会の様子を覗っている。
最近は夕方の礼拝の前になると、毎日のように教会の前に彼女たちの姿をみかけるようになった。
いや、それどころかそんな女性が日増しに増えている気がする。
彼女たちは、この時間に子供たちを連れて会堂から礼拝堂に移動するリュートの姿を一目見ようと集まっているのだ。
今日は、以前私にリュートのことを訊ねてきたお嬢様の姿もある。
彼女たちに声をかけようか悩んでいると、会堂の扉が開き、リュートが子供たちを連れて出てきた。
リュートは彼女たちに気づいているようだが、わざとそれに気がついていないフリをして、子供たちだけにその美しい笑顔を向けている。
そして子供たちがみな礼拝堂に入ったのを確かめると、最後にリュートは、彼女たちの存在にたった今気がついたかのように控えめな微笑みを残すと、あっという間に礼拝堂の扉を閉めてしまった。
それでも彼女たちは頬を赤く染めたり、小さくキャァ!と声を上げたり、最後に微笑んでくれたのは私に違いないと主張しあったりと大騒ぎだ。
本当にこれをなんとかしれくれるのでしょうね? リュート。
その日、私は彼女たちを避けて森の方にある裏門から教会に戻ることにした。
夕方の礼拝には遅刻した。
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