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聖者リュート_11

「それじゃみんな、適当にその辺に座ってくれ」


 教会の会堂に子供たちを集めると、リュートは一人ひとりに石版と蝋石を配り、椅子に座るように促した。

 孤児たちは新しい遊びが始めるのかと、興味深くリュートの言葉に耳を傾けている。


「最初に聞きたいんだけど、おまえらの中で自分の名前を書ける奴はいるか?」

 ロメロとミリアの二人が手を挙げた。

「よし、じゃ二人はお手本無しで、自分の名前を五回書いてみてくれ」

 迷いのない手つきで蝋石を走らせているロメロは、今年で十一歳。

 教会の孤児の中では一番年が大きい。

 栗色の髪と同じ色の瞳を持つロメロは、リュートの言葉に素直に従っているところからも真面目な性格が滲み出ている。

 彼は年が明けたらトノヴァ商会で住み込みの下働きとして働くことが決まっているので、学ぶことにも一番関心を持っているようだ。


 石版の隅に、小さく名前を綴っているのはミリア。

 今年九歳になる彼女は、アッシュブロンドの巻き毛が愛くるしいの少女なのだが、人見知りが激しく、普段はシスター・エメリアの後を追いかけてばかりいる。

 彼女には貴族の侍女見習いの話が何度か来ているのだが、本人が頑なに教会から離れたがらないために、将来はこのまま教会で聖職者になって、シスター・エメリアの後を継ぐことになるかもしれない。


「じゃ、あとの奴はオレが見本を書くから、それを真似して書いてみてくれ」

 リュートは壁の塗板に、子供たちの名前を大きく書いていく。

 ダリル、エフィ、アリサの三人は、リュートのお手本を見ながら、一生懸命に自分の名前を一文字ずつ書き写している。

 クルツ、ルディの二人はまだ三歳で、お手本を写すことより、初めて触る蝋石での落書きに夢中のようだ。


「よし! クルツとルディはなんでもいいから好きなように書け描け! で、あとで何を書いたかオレに教えてくれな。 そっちの三人組は自分の名前を覚えるまトコまで、今日は頑張るか!」

 リュートは七人の子供たちの様子を見ながら、それぞれの能力に見合った内容を教えている。

「ロメロとミリアは名前以外の文字は書けるのか?」

「はい、僕は文字は全部書けます」

「さすがだな! ロメロ。で、ミリアはどうだ?」

 リュートに問われたミリアは蝋石を握ったまま席から立ちあがると、こちらに向かって走ってきたかと思えば私の後ろにすっかり隠れてしまった。

「なんだミリア。オレが格好良すぎるからって照れてンのか?」

 ミリアは私のスカートを掴み、後ろに隠れたままリュートの様子をうかがっている。

「ミリアの勉強は私が見ましょう」

「そうか、オレの魅力はミリアにはまだ早かったか」

 リュートはいつもの笑顔でミリアに微笑みかけたのが、それを見たミリアの手が私の服をぎゅっと強く掴んだ。

「あちゃ、フラれたか。しょーがねぇ。そしたらロメロ! お前は算数やるぞ!」

「はい!」

 ミリアとは正反対に、ロメロはリュートに勉強を教えてもらいたくてたまらないようである。

 これまでも辺りの大人たちに、自分から文字や算術の教えを求めていたロメロのことだ。今回は人一倍のやる気が溢れている。


「ロメロはやる気もあるし仕事も決まってるみたいだから、スパルタでいくぜ!」

「スパルタ?」

「要は厳しくビシバシやるってコトだよ。とりあえずどこまでやれるか見るぞ!」

 リュートが塗板に簡単な算術の問題を書き、それをロメロが順に解いていく。

 ロメロが簡単な足し算、引き算ができることを確かめたあと、リュートは塗板に大量の掛け算とその答えを書きだした。

「いいか、ロメロ。何も考えずにこれを覚えろ! 計算はしなくていいから、まずは覚えろ」

「わかりました!」

「こいつは掛け算の九九って言ってな、オレのいた世界じゃお前くらいの年になったらみんな覚えるんだ。これを覚えりゃ計算が早くなるんだぜ」

 ロメロは、リュートの言葉を疑うこともなく熱心に式を書き写しはじめた。

 また、リュートは他の子供たちにも頃合いよく声をかけ、飽きさせずに文字を学ばせている。


 その様子を見て、一つわかった事がある。

 リュートは人に勉強を教えるというより、人の心の動きを見るのが上手いのだ。

 彼は子供たちが退屈したり、他のことに気をとられそうになった時、それをみはからったように声をかけ、子供たちの関心を元に戻していく。

 リュートは子供たちをとてもよく見ている。

 そして彼は、子供たちだけでなく。この世界で自分と関わった人のことも同じようによく見ているのだろう。

 リュートを目で追っていた私の袖を、ミリアがそっと引っ張った。

「あぁ、ごめんなさい。それじゃミリアも一緒に字を覚えましょうね」

 私は小さく頷いた彼女と隣り合わせの席に座り、石板の半分に文字のお手本を書いた。

 ミリアはそれを見ながら、消えそうなほど小さな文字を石板に綴っていく。


 これが父の話していた、子供たちが等しく読み書きを習う「学校」というものなのだろう。

 この日、子供たちは夕食の時間までずっと石板と蝋石を手放さなかった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

みなさまにいただいた応援や評価がいつも励みになっています。

最後までお使いいただければ嬉しく思います。

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