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聖者リュート_08

おかげさまで無事更新できました。

もうちょっと頑張りたいところなのですが、年度末進行と自分の体力が最大の敵ですw

「なぁ、ノートと鉛筆って手に入るのか」

「はい、紙とペンはこの街でも売っていますが、何に使うのでしょう?」

「何に使うって、明日から勉強するのに子供らに要るだろ?」

「勉強するために、どうして高価な紙が必要なのですか?」

「はぁ?」

「えっ?」


 どうやら紙の価値に対する認識が私とリュートでは違うようだ。


「紙はありますけれど、そんな高価なものを子供の手習いに使うなんて、よっぽどの金持ちか貴族くらいなものですよ」

「え? 紙ってまさか羊皮紙とかいうヤツなのか?」

「羊皮紙もありますが今は植物紙の方が一般的です。紙は私たちでも買えますけれど、教会の孤児に簡単に与えることができる値段じゃありません」

「それじゃ文字習う時はどうしてんのさ?」

「教会の会堂に塗板があるので、教える時はそれを使っています。あと、石板と蝋石がいくつかあると思いますが」

「マジかよ……」


 リュートはしばらくあきれたように天を仰いでいたが、気をとりなおしたのか肩にグッ、と力を入れて腕を回しだした。


「まぁ、無いモン嘆いてもしょーがねぇし。なんとかなるだろ」

「足りない分の石板と蝋石は私が買い足しましょう。ところで、リュートが子供たちの教育を引き受けてくれてとてもうれしいのですが、本当に大丈夫なのですか?」

「おう、まかせとけって。こっちの言葉は音と文字を合わせるだけだから、元の世界の言葉よりずっと簡単なんだよ」


 知っている。リュートの世界には文字が何種類もあり、同じ音でも全く意味の違う文字がいくつもあるのだ。

 私も父に教えてもらって『ひらがな』だけは覚えたのだが『漢字』は難しくて簡単なものしか読めない。異世界の文字はとても複雑なので、それを使いこなしているリュートにとってはこちらの世界の文字は簡単に感じるのだろう。


「私は明日薬草を卸しに行くので、朝からはリュートと一緒にいられないのですが」

「だから大丈夫だって! トゥエは心配しすぎ。オレの母親じゃねぇんだし」

「そうですね、異世界から来たとはいえリュートは一人前の大人でした。って、そもそもリュートは一体何歳なのでしょう?」

「オレの歳? そういえば転生者の年齢ってどっから数えるんだ?」

「さあ? よくわかりませんが向こうの世界ではリュートは何歳だったのですか?」

「死んだのは二十四になったトコだけど」

「ふふ、それじゃぁ、とりあえず二十四の歳にこちらで生まれたことにしましょうか」

「別にそれでいいけど、何であんた笑ってんだよ」

「いえ、よく考えたら私はリュートの母親でもおかしくない歳だな、と思っただけです」

「勘弁してくれ! マジでそれナシだから 」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌日、私は薬草を売りにトーアの市街に出かけることにした。

 背嚢には、昨日採ったばかり薬草と乾燥させたものとが入っている。

 教会から真っ直ぐにのびている大通りを過ぎ、街を少し外れた所にあるトノヴァ商会の門を開く。


 トノヴァ商会は王国で一二を争う大手の商会だ。

 トーアの街の中にさえ、商業地区に一件、農村に近い郊外に一件と、二件も店を構えている。

 小売りや大きな商談は大通りの一等地にある店で、郊外にあるこちらの店は主に農産品等の仕入れや買取りをやっている。


「こんにちは」

「おや、今日も薬草の買取りかい?」

「ええ、乾燥させたものと鮮度のあるもの両方を持ってきました」

 私が背嚢から薬草を取り出して幅広の机に並べると、店番のスヴェンが見分をはじめた。

 彼は父の時代から付き合いのある人で、長年この店で働いている。


 スヴェンは曲がった腰をさすりながら、匂いを嗅いだり指でもんだりと、一束ずつ丁寧に薬草を確認している。

「変わらず質がいいねぇ。いつもの値段で買い取らせてもらうよ」

「ありがとうございます」

 スヴェンは懐の革袋から取り出した硬貨を薬草の隣に並べた。

「それから、スヴェンさん」

「まだ何かあるのかい?」

「蝋石を売っていただけませんか?」

「ここで売ってる商品じゃないが、倉庫で使っている奴があるから一箱くらいなら譲ってやれるよ」

「ぜひお願いします。あと、できれば石版も手に入れたいのですが」

「そいつもこっちじゃ扱ってないが、大通りの店にいけばあるはずだよ。帰りにそっちに寄ったらどうだい?」

「え?」

「おや? 向こうの店は苦手かい? まぁ、あそこは大仰な門構えだからねぇ 一人じゃ入り辛かろうよ」

「い、いえ、そういう訳でないのですが」

「そういえば、向こうの店にはタニアがいるじゃないか。あんた子供の頃タニアとよく一緒に遊んでただろう? 今日は店にいるはずだから彼女に声をかけるといいよ」

「……はい。ありがとうございます」


 わかっている。

 スヴェンは好意でタニアのことを話しているのだ。

 私と一緒に教会で走り回っていた赤い巻き毛の女の子は、いまや立派な大人の女性でトノヴァ商会の接客係を務めている。


 ちょうど三十年前、彼女が結婚することになり、私も贈り物をして彼女の新しい門出を祝福した。

『ねぇ、トゥエ。あなたも早く素敵な人を見つけてね』

 そう言って彼女は花嫁の花冠を私の頭に載せてくれたのだ。


 一人目の子供が生まれた時、タニアは私のいる教会まで赤ちゃんを見せに来てくれた。

『リドって名付けたのよ。目元が彼にそっくりでしょう? とてもよく笑う子なの』

 タニアの腕の中で屈託なく笑う赤ん坊は、彼女によく似た巻き毛の男の子だった。


 だが、タニアに二人目の子供が生まれ、私がお祝いのために彼女の家を訪れた時。

『ごめんなさい、トゥエ。主人があなたのことを目で追っている気がするの。もう家には来ないで』

 目を合わさずにそう話すタニアの腕には、大声で泣きじゃくる赤ん坊がいた。

 そうして子供の成長を願って作った薬草とハーブの壁飾り(スワッグ)を押し付けるように手渡したのが、彼女と会った最後になる。


「蝋石の代金は安くしておくから、次は傷に効く奴を薬にしてからもってきてくれ」

「わかりました。ありがとうございます」

 スヴェンの声で我に返った私は、薬草の代金と蝋石を受け取ると、大通りに向けて重い足を踏み出した。


いつもお読みいただきありがとうございます。

みなさまにいただいた応援や評価がいつも励みになっています。

最後までお使いいただければ嬉しく思います。

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