聖者リュート_07
教会に戻ったリュートは、孤児たちの世話、というより、子供たちと一緒になって敷地内を走り回っている。
彼は、どこでもらってきたのかわからない襤褸に紐を巻いてボールを作ると、それを蹴りながら奪い合うという異世界の遊びを子供たちに教えているらしい。
「だから! 手をつかうなってば!」
「なんでだよー! これ向こうまでもっていったらいいんだろ? 投げた方が早いじゃん」
「ゲームにはルールってもんがあんの!」
「意味わかんねー!」
窓の外から子供たちとリュートの笑い声が聞こえる。
最初はリュートのことをおそるおそる遠巻きに眺めていた子供たちだったが、リュートがボールを作り、それで遊びはじめたところ、興味を抑えきれなくなった子供たちが少しづつ彼のまわりに集まってきたと思えば、あっという間に打ちとけていったのだ。
「子供の扱いがうまいですね。リュートさんは」
「みんな早々と彼に懐いているみたいです」
「この様子なら、彼はこちらでも上手くやっていけそうですね」
「リュートはこの世界になじもうと努力していますよ、エメリア」
「最初はどこかの貴族の軽薄な庶子かと思いましたが、あなたの話を聞いて今では安心しています」
「あなたに対する態度には理由があるんですよ。エメリアは元の世界でお世話になった方に似ているのだそうです」
「まぁ、異世界風の敬意の表現だと考えておきましょう」
エメリアと二人で外の様子を眺めながら、教会の収支を計算する。
実は領主のヘラルド様からいただいた資金がもうすぐ底を尽きそうなのだ。
ヘラルド様がこちらに戻れば、また一年分の資金を寄進してもらえるのだが、この調子だとその時までの資金繰りが厳しいかもしれない。
「薬草の売上げをもう少し教会に入れましょうか? 大した額にはならないけれど」
「そうしてもらえるとありがたいけれど、トゥエに負担ばかりもかけられないわ」
「これでも父が残してくれたお金には手をつけていないのよ。あと少しくらいなら大丈夫」
「そういって今でも売上げのほとんどを教会に寄進してくれているのでしょう?」
「こちらこそ、父が亡くなってからも住まわせてもらっている立場だもの。遠慮しないで」
トーアの街は転生の門があるため、王国の中ではまだ教会が大切にされているところだ。
領主のヘラルド様からの寄進も、他の街と比べれば格段に多いと聞いている。
おかげで、この教会に身を寄せている子供や老人たちは、少なくとも飢えることはない。
だが、冬を越すための薪などはかなり節約しなければならないし、傷んだ建物の修理などには全く手が出せないのだ。
「来年には、ロメロが働きに出るから、せめて新しい服を一着は持たせてあげたいの」
「あぁ、春からトノヴァ商会に見習いに入るのでしたね」
「あの子は頭が良いから、きっと商会でも上手くやっていけると思うのだけれど」
「そういえば誰も教えていないのに、独学で簡単な算術ができるようになっていましたね」
「マーカスさんにこっそり習っていたみたい」
「最近歩けなくなってずっと不機嫌だったのに、子供たちには意外と優しいんですね。マーカスさん」
「もう少し余裕があれば子供たちに読み書きを教えてあげたいのだけれど」
「それには先立つものが足りませんか」
はぁぁ、と二人でため息をついたところに、窓からリュートがぬっと顔を出してきた。
「こいつらの面倒みるついでに、オレが教えてやろっか?」
「リュートは読み書きができるのですか?」
「オレのコト舐めてんの? これでもちゃんと大学は卒業してんだよ」
「リュートさんはこちらの世界の文字がわかるのですか?」
「まったく問題ありませんよ。シスター・エメリア」
背中に花を飛ばしながら微笑むリュート。
「そーいうトコはしっかり転生者ボーナスがついてるみたいだな。オレ、こっちの文字ちゃんと読めるみたいだし」
「そういうことなら、是非お願いしたいわ。リュートさん」
「もちろんです。シスター・エメリア。あなたの為なら喜んで」
読み書きのできる、できないで、子供たちの働き先は大きく左右される。
教会でも自分の名前くらいは書けるように教えているが、子供たちに十分な教育を与える余裕はないのが現状だ。
リュートがそれを担ってくれるのなら、これほどありがたいことはない。
「ありがとうございます、リュートさん」
「あなたに感謝の言葉をいただけるであれば、どんな困難な仕事でも成し遂げますよ。シスター・エメリア。そんじゃ、お勉強は明日から考えるとして、今日のところは体育の授業ってコトでいきますか」
リュートはそう言い残すと、子供たちの元に走っていった。
その日は夕食の時間まで、ずっと子供たちの笑い声が教会にあふれていた。
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