第13話 水の大精霊
シドラは道を急いでいた。自分が目を離した隙を突かれて72柱の序列41、フォカロルにアオイが連れ去られてしまったのである。
12階層には13階層に向かって流れている川があり、それを泳いで下ろうとしたが…。そこからは途轍もない視線を感じてしまい、結局その川沿いを走ることになってしまった。
*
何分経っただろう。彼は息絶え絶えに13階層に着いた。すると、そこには紳士の恰好をした1人の男が跪いていた。
「お前がフォカロルか。アオイを返してもらうぞ。」
「はい。如何にも私が72柱の序列41、フォカロルでございます。ですが、私はアオイ様に危害を加えるつもりは無く…」
「人質にとるつもりか?」
「いえ、話があっただけでございまして…。」
「話?」
「はい。私、グラシャラボラス様のご様子がどうしても気になり、お仲間の方から聞けばいいのだと思ってこのような強硬手段に出てしまいました。」
「シャラの話?とりあえず、アオイを返してくれ。」
「アオイ様とはまだお話が終わってございませんので、同席なさってください。」
「はぁ…。」
*
フォカロルに案内されたその森の中の庭園のような場所に行くと、アオイが元気よく茶菓子を頬張っていた。
「ふぁ、ふぉひいはん(あ、お兄ちゃん)⁉ふぉうひふぇふぉふぉひ(どうしてここに)?」
「無事でよかった。…とりあえず、しゃべるのは飲み込んでからにしようか。」
「ふぁ、ふぁい…。」
「で、フォカロルはアオイにシャラのことを聞く為に連れ去ったの?」
「私はシャラ様がいつも男を誘惑していたので、いつ本当に危ない目に遭うのか心配で心配で。なのに女誑しの男に連れ去られたなんてモンだからその後どうなったのか知りたくてつい…。」
「正面から事情を話せばよかったのに。」
「ベレト様やアスモデウス様から伺った情報によると、72柱への警戒心がとても強いとのことだったので…。」
「それで強硬手段に…。ちゃんと事情を説明すれば敵じゃないならそれ相応の対応はしたのに。それで。例えばどんなことを話してたの?」
「あの後、シャラ様がどのようにお変わりになられたか、などですね。それにしても、シャラ様がルシファー様にあれほどの嫉妬を抱いていたとは。やはりお若いのです。しかしルシファー様はそれを気に留める様子もなく、むしろあの侵略者の男に惹かれてしまえばいい、とおっしゃっていました。」
「そんなことはさせないよ!!」
「おや、アオイ様。何かお気に召されないことが…」
「あるよ!お兄ちゃんは私のものなんだから、お姉ちゃんが勝手に持っていっちゃダメ!!どんな手を使ってもお兄ちゃんは私が守るから!」
「そ、そうですか。でしたらゼパル様に…」
「あんな奴の手なんか…くしゅっ。」
「どうした?急にくしゃみなんかして。」
「きっと、長い間水着のまま私の話に付き合わさせてしまった所為で体が冷えたのでしょう。少し北に行ったところに、万病に効く幻の湯が沸く温泉があります。人間たちによってある程度の施設は用意されているので、そこへ入られてはどうでしょうか?」
「温泉⁉ねえ、お兄ちゃんも入ろうよ。」
「まあ、せっかくだし他のみんなには悪いけどお言葉に甘えて…。」
*
「じゃあアオイ、別に長風呂してもいいからゆっくり休んできてね。」
「お、お兄ちゃん。そ、その…。」
「何?」
「わ、私…、お兄ちゃんと一緒に温泉に入りたい!!」
「え⁉で、でも僕水着も何も持ってないよ?」
「でも、タオルは持ってるでしょ?」
「そ、そうだけど…。アオイはどうするの?」
「私は水着のままで入るから大丈夫だよ。」
そして、シドラは言われた通りタオルを腰に巻いて温泉に入った。
「お兄ちゃん、久しぶりのデートだね。」
「デート?」
「うん。これも立派な温泉デートだよ。」
「そ、そっか。ま、まあ温泉に入れてよかったね。」
「これもお兄ちゃんのおかげだよ。」
「そ、そう言ってもらえるのは嬉しいけど…、その格好で腕に抱きつかないでほしいな。逆にこっちが恥ずかしいから…。」
「ふふっ。お兄ちゃん、顔真っ赤だね。」
「しょ、しょうがないでしょ。そ、それより周りに変わった物はないかな~。」
「あれ?お兄ちゃん、さっきまでこんな娘いたっけ?」
「この娘はさっきまでいなかったと思うけど…。」
そこには、鼻から上だけを水面から出し、こちらをじっと見つめてくる少女がいた。
「えっと、君は誰?」
「…。」
「ここがどこか分かる?」
「…。」
どんな話題を振っても少女は返答しなかった。が、少しするとその状態でこちらまで泳いできてシドラに正面から抱き着いた。
「ちょっ、君⁉お兄ちゃんに何してるの⁉」
「は、離してくれないかな?」
「…。」
「一回温泉から上がって着替えたいからこの娘を離してほしいんだけど…。」
「うんしょ、うんしょ…きゃあっ⁉…いてて。この娘、捕まる力強かったよ…。」
「ありがとう。じゃあ、着替えてくるからここで待ってて。」
「う、うん。」
その娘には尾ひれがあった。しかし、そんなことを気にしている余裕は今のアオイにはなかった。
彼女は、シドラの着替えを覗きたいのである。
こっそり速足にシドラのいる小屋に行き、壁の隙間から目を凝らしてその体を脳裏に焼き付けようとした。
しかし、何を思ってかその少女もその穴を覗こうとするので少ししか見えなかった。
「おかえり、お兄ちゃん。」
「あれ?アオイ怒ってる?」
「別に、怒ってないけど。」
「そ、そっか。で、この娘はどうする?」
「誰なのか分からない以上は連れて帰るしか…。」
「その子は私の子供であります。」
「え?でも、全く悪魔の気配がしないんですが…。」
「その子は、私の子というか、私の魔力から生まれた水の大精霊です。」
「なら、連れていかない方が…」
「いえ、大精霊となると、ルシファー様に見つかってしまえば殺されてしまうかもしれないので、いい機会ですし保護していただけませんか?」
「い、いいですけど…」
「どうか、私の子をよろしくお願いします。」
*
そして11階層に帰る為に歩いていると、その子が急にズボンの裾を引っ張ってきた。
「何かしてほしいことでもあるの?」
「…。」
そして少女は無口なままシドラの背中を指さした。
「もしかして、背負ってほしいの?」
「…。」
そして今度は無口なままうなずいた。
「か、軽い。この身長でこんなに軽いものだっけ?」
「お、お兄ちゃん、女の子を舐めないでね。…あと、今度私も負ぶってね。」
「いいよ。」
この少女は、本当に大精霊なのだろうか。そんなことを思う2人であった。
続く 次回、ルシファー現る