8.
図書室に篭もり切り生活を続けて来た私にとって、誰かに聞く、という行為は極めて重大な勇気を有する。父母は身内、もちろんお屋敷の使用人だって総じて身内。身内に人見知りする程衰えてはいないが、最初の勢いはどこへやら、もうノアに対して緊張を覚えていた。
先生に質問するときのあの気持ち、わかるだろうか。所謂、それである。
そうなった原因は元々どこかに存在するエヴァを演じようと奥底で思っていた気持ちが減ったからだと思う。それはいい傾向ではあるのだろう。しかし私自身が出てくるということにデメリットはもちろん存在した。
それは、オタク、という性質である。
全てのオタクがそうだとは言わない。でも私に関して言うとコミュニケーションを攻略することは全てを賭けた前世の生涯の内でもどうしてもできず、これから先も攻略は困難を極めると思っている。
そうこうしている内に時間だけは進み、図書室から一歩も動かないままでいたらアムにどやされ、渋々足を動かすことにする。もう疲れた。やめだやめ。
「やっぱ調べる方がいい気がする」
『面倒臭いが勝ってるくせに』
「面倒臭いと話しかけるの怖いは両立するんですぅ〜」
ノアは屋敷の一員になったが、いくらなんでも他人が過ぎる。それは良くもあって悪くもあった。他人ということは取り繕える、他人ということは距離を取ってしまう。これでどう仲良くなるべきだろう。
それに美形。美形だ。前世ではどんなに頑張っても交わることなんてないと思っていた憧れのような、神様のような。その偶像的な何かが存在するのである。しかも目の前に。
まあ性格はともかくとして。
調べればどうにかなるのにわざわざ人に聞く勇気。人見知りが母のお腹に残してきた最後の希望、話しかける勇気はまだ私の中に生まれることはない。ふたつの人生を経ても、だ。
「そもそもこのだだっ広い屋敷の中を探すなんて頭が悪い」
『中庭はもう見たしねえ』
「やっぱり調べた方が早いか……」
『こらこら』
アムは私を煽る癖に、意外と無責任だ。話しかけるのも勇気を出すのも私なのに。
一通り屋敷を回れば日も暮れて夕飯そしておやすみの時間になってしまった。出会う使用人にも私が探していると伝えて欲しいと頼み、それで一日が終わった、なんとも無力だ。それに七歳の体力などたかが知れている。それだけで夜はぐっすりだった。
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翌日、父が朗報を持ってきた。一つ目は魔法の指導をしてくれる先生が見つかったこと。二つ目はノアが同席することに同意してくれたことだ。レッスンは待ちきれないだろうからと言って来週からになったそう。これで屋敷を探し回らなくてもノアにはいずれ会うことになると思っていた。
大人しく、そしていつも通り図書室で過ごそう。
そう悠長に考えていた私は、愚かにも昨日の自分の行動を忘れていたのだ。
魔法の授業。今まで座学に先生がついたことはあるが、実践と呼べるような何かを誰かに教授されたことはなかった。だから体力には自信がないが、とはいえ魔法である。ファンタジーにしか存在しないのだから、わくわくは収まることを知らなかった。
待機一日目は木の棒を振り回してみた。二日目はこっそり箒にまたがった。三日目は有名なRPGの魔法を唱えてみた。すっかり浮かれきった小学生に見えるのだが、事実今は七歳だからいいだろう。……とはいえ通りがかったメイドに微笑ましいとでも言いたげな表情をされたことは恥ずかしかったが。
着実に迫るレッスンの日、いよいよ前日と言ったところだった。
『誰かさんがこちらに向かってくるよ』
「リーベかしら」
翌日は魔法を使える。使えずとも目の前で見れるかも。そう思ったら浮かれて鼻歌も歌うもの。るんるんで振り返って、私は固まる。まさに石化、このまま粉々に砕け散りたい。
そんな人がそこに立っていたからだ。
「私に用があると聞いたのですが」
ぴぎゃ。
実際そんな鳴き声が出ていた気がする。振り返った先にいたのは、例の美形。私が会うのは明日でいいかと先延ばしにしていた人物。
「あ、あー、えっと」
突然の美形特攻に対し吃る私。そんなこともお構い無しに彼は一歩、また一歩と近づいてくるから、私もまた一歩、一歩と下がる。美形が近づいてくる。耐性なんてどこかに放り投げてしまった私は顔を隠しながらどんどんと後ずさり続けた。とっとと逃げればいいなんてツッコミはナシにして欲しい。熊に遭遇したときに全力疾走で逃げるか? 逃げないでしょ?
まあそれを繰り返していたら、お決まりと言ったように壁にぶち当たって大ピンチになった訳だが。
「用はないんですか?」
「…………アリマス」
何拍か置いて応答する。実際、赤い瞳に聞くにせよ仲良くなるにせよ話さないと意味がない。それをわかっているからこそ、というか単に自分が探しておいて、という罪悪感も込みであると答えた。
彼は私の答えに満足したのか、少しだけ離れてくれる。美形の圧はすごいのよ。
「場所を移動しましょうか、立ち話もなんですし」
そう言って手を差し出す彼は、やっぱり様になって腹が立った。
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