6.
「それは、昨日のこと?」
怪訝そうに眉を顰める彼に、おずおずと尋ねる。
「ええ、それもあります」
やっぱり気にしてるんだ、などとお姉さん面をしてしまう私を尻目に彼は言葉を続けた。
「公爵さまはこんな私を拾っていただき感謝しています。恩に報いるはずが仇で返した私に、あなたまで優しいふりなどしなくてもと。そう思っただけです」
無機質な声。淡々と告げるその言葉にイラッと、そしてズキンと、心が呼応したのは事実である。
優しくした覚えなどはない。だからふりも何もない。それともそれは意地の悪い仕返しをした私に対する嫌味なのか。でも彼をそうさせるほどの何かがあったことは明白で、子供っぽく怒るにも悲しくて泣くにも、勇気が足りなかった。
「なら、怖くないです」
『なんとまあ勇敢なお嬢さんだ』
茶化すアムの笑い声に安心する。ならばとばかりに口をついて出た私の言葉に意味なんてない。
だけどあまりにも悲しくて、涙がせり上がることにもきっと理由はないはずだった。
「そう、ですか」
「なぜか聞かないの?」
「聞かなくてもわかることってあるんです」
「私が阿呆なこととか?」
「それは否定しません」
そんなやり取りをしているうちにすっかり日は昇った。
きらきら輝く黒い髪と、赤い瞳。それが切ないくらいに美しくて眉を顰めるついでに瞳を細める。眩しい。その切なさの透明度が、私にとってどんなに羨ましいものか知れない。
ずっと視線が交わらない私達の手を取るように、ふと目が合った。
それから彼が、ふっと。笑った。まるで目覚めたときのように、柔らかな光のように。
『エヴァも顔が赤くなることってあるんだ』
『うるさい』
物珍しそうに言うアムの言う通り、私の頬はそりゃあまあ熱くなっている。
それを見てまた可笑しそうに瞳を細めて口元を抑えるものだから様になるったらなくて、恥ずかしさのあまりぷるぷると震える私は誤魔化すように言った。
「そう言えば、厨房に行く予定だったのですが一緒に行きませんか?」
「ご一緒させていただきます」
すっと手を差し出す彼にまた顔を赤くさせているであろう私は正直逃げ出したかった。当然逃げられるはずもなく、彼は半ば強引に手を握らせたように感じるが。
『イケメンってずるいよ!』
『イケメンってそんなもんだよ』
アムにも見捨てられた私は、そのまま厨房へと足を運んだのである。
その後は散々だった。
正しくは私が悪いけれど、裸足に寝巻きで足は土まみれの髪はボサボサ。当然既に朝食の仕込みを始めていたコックは悲鳴をあげるのも当然だが、あまりにも男らしくないその悲鳴に私がずっと笑っているといつの間にか呼ばれたメイドにこっ酷く叱られた。
そのままノアと引き剥がされて部屋に連れてこられた私は、風呂に放り込まれそのまま一通りの支度を施されたのだがこれこそ当然の報いとやらな気がする。
「お嬢さま! お転婆が過ぎます! 当主さまにもご報告させていただきますからね!」
ぷりぷりと怒り続ける私付きの侍女、リーベは私の髪を梳き終わると同時に部屋を出ていった。
母に話すのならまだしも、父も多分笑って終わりだから意味はないと思うけれどとその後ろ姿をクスクスと笑いながら見送り、ようやっと息を吐くとノアについて思いを馳せる。
仲良くなろうとお互い歩み寄る寸前で私のはしたなさが祟り引き剥がされてしまったから、きっと彼も困惑しているはず……ないか。きっと笑っている気がする、視界の端に映った彼は口元を抑えていたから。
くよくよしていても仕方ない、と頬をパシンと叩き気合を入れると今日の目標を立て始める。とはいえもう決まっているに等しい。
(赤い瞳について、調べなくちゃ)
父があれほど神妙に話すものだからここの図書室に文献があるのかもわからないが、調べなければ彼についてだって手がかりが掴めない。
どう考えたってあのイケメンは攻略対象だろう。隠しキャラ的なそんなやつ。だったらエヴァの存在がわからなくても攻略対象とくっつくヒロインの足がかりくらいはできるはずだ。
どうせならあの子が幸せになって欲しい。なら、手順通りにいくとヒロインと幸せになることだろう。そんなことを勝手に思ってしまうのは、私がお人好しだからということにしたい。
図書室に向かう途中、アムがふとこんなことを言い出した。
『エヴァは、この人生をどう生きるつもりか考えた?』
急に核心を突かれたようなぴりつきが指先に走る。
実際核心そのものではあるが、急にそんなことを言われると困るのも無理はなく、心の中にも口の外にも言葉が響くことは無かった。
『エヴァという名前の人生に君はまだ色を乗せていないね』
ふわりと風が私の髪を乱す。前が見えなくなって思わず手で抑えたけれど、その幕の向こうに人影が見えた。
『ねえエヴァ、この人生は君の願いそのものなんだ』
『どういう、』
『もちろん行く手を阻むギミックもあるよ。だけど君はもう前の君じゃない』
ばさばさと髪は私の視界を遮る。
風が鬱陶しいんだ! そう気づいた頃に窓を閉める為に足を進める。それでもアムはとめどなく私に言葉をかける。聞こえないのもお構いなしと言った具合が気に食わない。
絶対に最後までヒントを聞く意気込みをもって、ようやく私は窓を閉めた。
バタン!
大きく音が鳴って、またしても長い髪をボサボサにした私が窓に映る。
その、すぐ後ろだ。
「わた、し……?」
『あはは、もっとよく考えてみて!』
アムのその言葉と共に、人影は揺らめく。
見覚えのある、というか長年連れ添ったその姿に私は動揺を隠しきれず一歩また一歩と後ずさった。
「待って!」
頭にようやく血が巡りばっと後ろを振り向くと、もうその痕跡は跡形もなく消えていた。
前世の私の姿をした誰かは、もうそこにいなかった。
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少し変更を加えました。(2022/11/03)