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3.

 この表現を使わずにふんだんに私の人生を語って聞かせたいところだが月日は流れ、私は七歳になった。



 立った! とか歩いた! とか喋った! だとかの親が喜びそうなイベントを一通り済ませ私はすくすくと無事に成長したものの、その間選択肢は出ないしセーブ画面も現れない。それもそのはず、大それた何かが起こったこともなければ死の淵に立つようなこともなかったからだ。



 そんなに選択セーブが連続な人生は勇者御一行くらいで十分ではあるが。



 とはいえ平々凡々と言うには現代日本と程遠い世界だった為に、二度目の人生スタートは苦労がなかったとは言えない。


 食事に入浴に行動範囲に。何をするにも決まり事がある。そんな私は毎日着飾るよりも早くどんな世界か知りたかったから、毎日図書室に通う日々を過ごした。ああ、ダボダボのTシャツにジャージが恋しい。


 その中でも特に苦労したことが、言語習得だ。聞こえてくる言葉は日本語なのに、書く文字はアルファベットのような何か。そんな齟齬が私の学習を阻み続け、元々ある知性なんて欠片も発揮できなかった。


 そうは言っても、一年二年と文字を書き言葉を学べば習得もさほど困難を極めず、勉学においてはそこそこ優秀な成績をおさめている。


 されど七歳、現代日本で言う小学一年生だ。そんなに難しい教材を突きつけられる訳ではない。だからこの世界については自分で学ばなければならなかった。


『今日も勉強かい?』


「ええ」


『ご苦労さま』


「自分がしたくてしてるんだもの」


 この世界への順応も早いもので、すっかりお嬢さま口調が板についてきた。御歳七歳とはいえプラス二十うん年加算されたら敬語もあっという間に喋れる。


 それで大人をびっくりさせるのは楽しかったらありゃあしない、クソガキである。


 声の主も健在で、気の向くままに話しかけてはどこかへ行く声の主にももう慣れたもの。お互いに巫山戯あう仲にまでになった。


 そんな彼だか彼女だかをいつまでも声の主と呼ぶ訳にもいかないので、「アム」と名付けたのが数年前。私の今世の名前がエヴァだから、アダムからとってアム。どこぞのうんたらという言葉は聞きたくない。あー、あー。


 なかなかにいいネーミングセンスだと思うが、アムはちっとも気に入った素振りも気に入らない素振りも見せてくれなかった。



『今日は魔法についてね』



 私の手元を覗き込んだのか、アムは持っている本についてを聞いてくる。


 ついでに説明しておこう。今世の私、エヴァ・ローレネフシャスはダニエル・ローレネフシャス公爵とマリー・ローレネフシャス公爵夫人の間に生まれた一人娘である。


 我々は三大公爵領と皇家が統制しているヴァンデルング皇国に帰属する。ヴァンデルング皇国は武力はもちろんのこと、貴族の血統のみが所有する魔力が存在した。


 まあ言ってしまえば、貴族だけが魔法を使えるタイプのファンタジー世界ということだ。


 他にも人間以外の種族がいるだとか錬金術だとかそういうものもあるのだが、今は省略しておく。国同士が争うことはあれど、種族間は暗黙の了解で均衡が保たれており、よくあるRPGの勇者VS魔王みたいな構図はないと信じたいところではあった。


 そんなことでは命があっても足りないので……。


 文献のみの情報では正確で必要な情報を把握することは難しかったし、実際公爵家の娘というなかなか高貴な立場にいるもののそう言った政治的話をするにはまだ幼い。無論、道具程度にはなるだろうが。


「魔法についてはお父さまに聞いた方が早いかも」


『ダニエルか』


「イケメン父」


『イケメン父』


「お父さま譲りの瞳、お母さま譲りの顔、それと髪。恵まれた子供すぎるわね、私」


 碧眼はその通りサファイアのような綺麗な瞳を受け継ぎ、青っぽいといつだか言っただろうか、その髪色はいくらかシルバーに近いアッシュブロンドになった。シルバーはお爺さま譲りだそう。


 顔立ちも強いて言えば半々なのだが、どちらかと言えば母に似ている。


 この特徴が何に対し活きてくるかと言うと、魔法だ。


 瞳の色が魔法の属性を左右する。らしい。


 細かく区分すると幾らでもわけられてしまうし、才能があればある程度の訓練で簡単な魔法は身につけられてしまう為瞳の色が正確な情報とは限らないのだが、碧眼は見たまんま水や氷といった属性を得意とする。父は当然貴族、母も貴族。つまり私には余程のことがなければ水系統の魔力を持つ貴族という訳だ。


 魔力の量は当然個人によってまちまちだが、やはりそれも家系が強く影響するらしい。


 つまり公爵家の娘である私は、めちゃくちゃ強いかもしれないということだ。


 まあこれは個人的な事情に過ぎないのだが、魔法が存在する世界のゲーム、いくつかある訳でして。でも記憶のどこにも、エヴァ・ローレネフシャスは存在しないから困りものである。


「あら」


『どうかした?』


『いいえ、何も』


『庭になにか?』


『アムにも見えるの?』


『見えるよ』



 図書室からの帰り道、自分の部屋に戻るには長い長い廊下を通る。その道中で中庭を見ることができるのだが、声が思わず飛び出したのはそこに小さい影が見えた気がしたからだ。


 父や母は滅多にそこに立ち入らないし、それ以外で言えば侍女や庭師、屋敷抱えの騎士が雑務をしているくらい。


 だから私と同じくらいの背丈をしたその影が、妙に気になった。


『行くのかい』


『うん』


『じゃあアムは寝ることにするよ』


『おやすみ?』


『おやすみ』


 興味を失ったのか眠りについてしまったアムに別れを告げ、私はそそくさと中庭に向けて足を進めた。


 この歳になっても勉強ばかりで友達もいない私。お茶会にすら出向くことはなく、というか面倒だから行きたくもなく。邸宅の外に出ることも滅多になかったから、まだ見ぬその小さな存在にほんの少しばかり期待をする。


 もしかしたら同年代の話し相手が見つかるかも。もしかしたらこの世界の主人公だったりして。


 中庭は、いつぞや母から名前を聞いた場所だった。たくさんの花や植物が綺麗に剪定された庭。お茶を飲む場所があったり、メイド達が井戸端会議をするようなベンチがあったりと、憩いの場である。


 しかし、今は何故か人の気配は全くせず、しんと静まり返っていた。


「誰か、」


 そのときだった。



【セーブしますか?】



 何年かぶりに現れたその文字盤に私は目を見張った。


 今現れるということは今から何か起きるということ。出来事が大きいか小さいかよりも、その人物がこの人生のストーリーに大きく影響するのかもしれないという期待が私の胸を膨らませる。



 ようやっと進む先が見えてきたじゃない。



 死んで戻れるかはわからない。それでもセーブが大事に超したことはないのだ。


 と、赤ん坊の自分に言い訳をしつつ文字盤の「はい」に手を伸ばそうとするものの、腕がびくりともしない。何度動かそうとしても、意思に反して腕は動かないどころか、足も動かなかった。瞳を動かすと空に鳥が浮かんだまま止まっているし、ただでさえ静かな庭に物音一つ流れていない。


「時間が止まっているの……?」


 喉を鳴らして声を震わせる。どうやら喋れない訳ではないらしく、浮かぶ文字盤に向かって告げる。


「セーブして」


 程なくして、文字盤には【セーブしました】と表記された。


 選択するには必ずしも触れなくていいらしい。またデータが溜まった。


 ほうっと息を吐き、硬直していた体が解き放たれた瞬間。




 ドゴン!!!




 背後で轟音が鳴り響いた。コンマ数秒ない一瞬にそれは起こったようで、反射的に振り返ると後ろで一本の木が燃えている。


 間一髪と言ったところか、音と共に倒れた木は私が立っている場所の反対方向に倒れた。心臓が痛い。もしかしたらぺしゃんこになっていたかもしれない。


 こういうときの頭というものは嫌に冷静に物事を判断する。


 木から一直線先に目線をやると、私が探そうとしていた人物がへたり込んでいた。私と同じ年頃の小さい背丈。短い黒髪に、燃えるような深く赤い瞳。物憂げなその視線からは感情は読み取れず、ただこちらを見つめていた。


 そしてその腕からは、血が流れている。


「怪我してるの……?」


 恐る恐る聞くものの彼から反応はない。意識が宙を待っているのだろうか。一歩一歩と近づくと、急に彼が飛び跳ねた。ようやっとこちらに気がついたらしく、後ろの木と私を交互に見つめながら腕を庇う。



「怪我!してるでしょ!」



 今度は大きく叫んでみると、彼は一拍置いて答えた。



「怪我……のうちにも入りません」



 淡々と答える彼に少し怯えつつも、また聞いてみる。


「血がいっぱい出てるから、怪我でしょう?」


 彼が首を振るよりも私の行動の方が早かった。


 ドレスをビリビリと破くと、拙く彼の腕の血を拭き取りまた破ったドレスを包帯代わりに巻く。


 それを見て彼は驚いていたけれどそんなことはどうでもいい。唾つけとけば治る傷じゃないならまずは下手でも血を止めなくては。


「早くお医者さまのところに行かなきゃ!」


 本当は怪我人を動かさない方がいいとどこかでわかっていたが、動転した頭ではそこまで気が回らず、「彼」の手を引いて走り出す。


 メイドを呼んだ方が早いだろうか。そんな考えが巡る頃には邸宅の医務室まで一直線に走り回っていた。


「誰か!」


「お嬢さま?! と、そちらの方は……」


「この子怪我をしてるの! お医者さまのところに連れて行って!」


 通りがかったメイドの行動は極めて早かった。医者のところへと少年を抱えて走っていったのだ。なんとも頼もしいメイドである。


 後にその場から動けなくなっていた私を別のメイドが発見して、ボロボロのドレスとくしゃくしゃの私を見ては叫び声を上げた。


「お嬢さま、どうされたのです」


「あのね、あのね」



 たどたどしく語るうちに、先程の光景がフラッシュバックする。



 そんな簡単に死の淵に立つとは思わなかったのだ。例え私にセーブをする権利があったとしても、例え可能性が見えたとしても。



 その優しい声に安堵して、私は滅多に流さない涙をほろりと零した。

お久しぶりの更新です。

ちょこちょこと表現の差し込みや内容の変更あるかと思いますが、よろしくお願い致します。


少し変更を加えました。(2022/11/03)

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