第十三話 滲んだ景色と時間
学校に戻ってきた誠一は、急いで靴を履き替え階段を登った。
「ほんと、竜翔の言う通りだよ。どうやったら筆箱なんて忘れるんだろう。しっかりしないとな」
誠一の通う小学校の構造は、どの階もほんとんど変わらない。一本の長い廊下に教室が並んでいる。その中間地点に曲がり角があり、そこを曲がってすぐに階段が設置されている。
階段を登り終えた誠一は、教室の方に曲がろうとした。すると、誰かの話し声が聞こえ思わず足を止めた。聞き覚えのある声だった。誠一は曲がり角の影から、そっと覗いた。
(あ、浦木君だ。それと、あれは浦木の友達だよね。何話してるんだろう)
誠一は邪魔をしてはいけないと思い、話が終わるのを隠れて待っていた。
「もう今年で小学校も終わりか〜。最後は浦木と一緒のクラスになれなかったな」
「だなー。最後で離れるとかつまんねー」
「でも、あいつと一緒だったじゃん」
「あいつって?」
「ほら、あいつ。あきづき」
「あー、誠一か」
「仲良かったろ?」
誠一は自分の話をしていると少し緊張した。 他人に仲良しだと言われ少し照れくさくもなった。
「いや、別に仲良くねーよ」
浦木は半笑いでそう答えた。誠一の思考が止まった。
「え、よく話してんじゃん」
「違う違う。知り合った頃によ、あいつ頭いいから宿題のこととか聞いてたんだよ。そしたら変になつかれてさ」
「なるほどー」
その友達は笑いながらそう言った。
「大体、あいつ苦手なんだよな。僕優しい人ですよアピールすごいだろ?」
「あーなんか分かるかも」
「だよな。どんだけ皆に気に入られたいんだよ」
「まあまあ。どこで誰が聞いてるか分かんないよ」
「こんな時間に誰もいないって」
そんな話をしていると、一人の男の子が浦木たちのもとに駆け寄ってきた。
「ごめん、お待たせ〜!」
「お前遅いよ。ノートくらいちゃんと出せよな」
「いや~気を抜いてた」
「少し居残るだけで終わる量で良かったな」
三人は話しながら階段に続く角を曲がった。そこには誰の姿もなかった。
誠一はその後のことをよく覚えていなかった。気づけば家の玄関に立っていた。
「ん?誠一、お帰り」
なかなか玄関から動かない誠一を不思議に思い、リビングにいた美零は様子を見に来た。誠一の様子がおかしいことは、美零はすぐに分かった。でこを触ってみるが熱はなさそうだった。歩いて帰ってきたところを見て、具合が悪いわけでもなさそうだった。
「とりあえず中に入りなさい」
誠一は黙ったままリビングに入った。向かい合わせでテーブルに座り、美零は尋ねた。
「誠一。何があったの?」
「い……べつ……だい……」
うまく声が出ていない誠一を見て、美零の背中に冷たいものが走った。美零はそれ以上は何も聞かず、ただ温かいお茶だけを誠一の前に置いた。
しばらくして、二階から降りてきた二優花がリビングの扉を開けた。
「あ!お兄ちゃん帰って、きてたの……」
二優花の声はしりすぼみに小さくなっていった。二人の様子を見て何かあたことはすぐに分かった。それを簡単に聞ける状況ではないことも、察しがついた。二優花は静かに美零の横に座った。二優花はただただ、誠一のことが心配だった。
それからは誰も何も言わずに、時間だけが過ぎていった。そんな時、誠一がおもむろに立ち上がった。
「ちょっと……荷物置いてくるね……」
誠一はそのまま二階に上がっていった。だいぶ話せるようになっていた誠一を見て、美零は心なしか安心した。
「お母さん……。お兄ちゃん……」
何かを話そうとした二優花を美零は遮った。
「二優花。部屋にいてもいいわよ。お母さんとお父さんが話をするから」
少しの間があった後、二優花はまっすぐな目で美零に言った。
「大丈夫。私も聞く」
家に帰ってきた零太は、何も言わずに三人がいるテーブルに座った。携帯で美零から連絡をもらっていた零太は、状況を把握していた。
四人でテーブルに座る姿は、今日の朝と同じだった。ただそこに流れる空気は、朝とは似ても似つかなった。
三人は誠一から話してくれるのを待った。
誠一は今日のことを話したくなかった。心配をかけると思ったからだ。しかし、三人の誠一を思う眼差しがその我慢をほどいた。そして、解き放たれた感情のままに誠一は口を開いた。
「仲良くしてた《《つもり》》の人がいたんだ……。でもその人に、まったくそんな気はなかった……。僕が話しかけるから、無視すると勉強のこと聞けないから、仕方なく話してたんだって……」
誠一の声は震えていた。
「友達どころか、僕のこと嫌いなんだって……。優しいでしょアピールがむかつくって……」
誠一は信じたくない事実を、無理矢理言葉にしてひねり出した。溢れ出る涙が、誠一の頬を伝ってテーブルの上に落ちた。
「僕は……僕はずっと……ずっとずっと……迷惑をかけ続けてた……。楽しく話してるつもりが、気を使わせてた……。人のために動いてるつもりが、むしろ逆効果だった……。自分一人で舞い上がって……。バカみたいだ……」
三人は何も言えなかった。
たまたま仲良しだと思っていた人が、自分をそう思っていただけ。そんな風に割り切るには、誠一の心はまだ幼すぎた。故に、全員が自分をそう思っているとしか誠一には考えられなかった。
「もう、人と関わるのはやめる」
その言葉は小学生のものとは思えない程、重く冷たいものだった。
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ついに、誠一の過去の全貌が明らかとなりました。このような経緯から、誠一は心を閉ざしてしまったんですね……。
誠一の話を聞き淳月家は何を思うのか……。家族はどんな時でも味方です。次回もぜひご覧ください。




