6話 だからここからはじめよう
『あなた……! 何をしたの!』
【厄災】ユグド・ラ・スティアーナ。
かつて助けた樹木の精霊が、キッとこちらを睨みつける。
怒りは妥当な感情だった。
「世界樹が吸い上げたエネルギーの譲渡先を、おまえから俺に切り替えた。それだけの話だ」
『そんな……! ありえない! それは、この世界のルールを超越している‼』
「そうさ、今ごろ気づいたか」
世界樹とHPを共有したことで、再び【天空の覇者】が稼働する。
体の内から全能感があふれ出す。
「存在自体がチートなんだよ。俺の同居人はな」
思い返してみれば、これまでもこいつがゲーム自体にハッキングしていると思われる場面は何度もあった。
荒城都市アカシアで視覚以外から周辺状況を認識したり、アルラウンの森でテクスチャやエフェクトをオフにしたマップ情報を読み取ったりというのがその最たる例だ。
そして俺は、本来XG-812-Queenが持つ命令言語を操れる。
人間が知らないはずの空の飛び方だって修めている。
ならば、俺がこの世界にアクセスできない道理などどこにも無い。
「照準」
銃口を目の前の女の腸に向けて突きつける。
『待て――』
「発射!」
『ぐぎゃあぁあぁぁぁあぁぁぁぁ⁉』
拘束がほどける。
銃撃で女がノックバックした隙に、俺は翼を広げて天に立つ。
ダンッ! ダンッ!
正確無比なヘッドショットが、ユグド・ラ・スティアーナの体力をゴリゴリと削っていく。
『この、舐めるなぁぁぁぁ‼』
スティアーナがローリングを駆使して退いた。
だが変わらず射程圏内だ。
彼女の移動に合わせて銃口を向け続ける。
厄介なのは、彼女の動きがジグザグなことだ。
おまけに不規則に進行方向を切り替えるものだから、なかなか引き金を引くタイミングがつかめない。
数秒間の駆け引き。
相手の意図に気づけたのは単なる偶然だった。
「パラサイトシードを散布しているな」
『ッ⁉』
スティアーナはやみくもに逃げているふりをしながら大地にパラサイトシードを埋め込み続け、場づくりを着々と進めていた。
面倒なことになるところだったけれど、手の内があばけてしまえばこちらのもの。
「【ヒールストーム】」
【天空の覇者】の効果で上昇した能力に物を言わせた、癒しの暴威。
景色を塗り替えるほどの春嵐が、スティアーナがばらまいたパラサイトシードを芽吹かせていく。
龍穴の近くで、土壌が優れているのか。
それともはたまた魅力値の上昇によるものか。
千年生きた杉のように貫禄のある樹木が、密林のごとく生えそろう。
『ぐそがぁぁぁぁぁあぁ‼』
スティアーナが悪態をつきながら背を向ける。
逃亡の姿勢を見せつける。
利口な愚行だ。
「逃がすと思ったか」
『……なっ⁉』
上昇したDEXは、はばたきひとつで俺とスティアーナの間にあった距離をゼロにした。
スピードブーストがふんだんに乗った拳がスティアーナの顔を打ち抜く。
スティアーナがきりもみ回転しながら吹き飛んだ。
緑色の血が描く螺旋の渦を、俺は突き進む。
ちょうどそのタイミングで、蘇生を終えた迦楼羅があらわれた。
よし。畳みかけるぞ。
力を貸せよな。
「【属性付与・炎】」
迦楼羅のスキルを発動させる。
舞い散る白銀のエフェクトに、紅の火の粉が溶けあう。
「お前は倒す。俺とユノが、帰る場所に帰るために」
セレクタを操作、フルオートで弾丸が突き抜ける。
一撃一撃が火の属性を付与された、ユグドにとっての弱点攻撃。
緋色の雨が樹木の精霊に降り注ぐ。
『いやだ……死にたくない……』
鮮血が飛び散るたびに、精霊の肌はただれていく。
貫通と火傷がスティアーナを蝕んでいく。
『やっと、日の目を見られるようになったのに』
スティアーナの瞳から雫が零れる。
だがそれも、その身を焦がす炎がすぐにさらっていく。
スティアーナは落ちていく。
全身を烈火に蝕まれながら。
その様子はまるで、蠟で固めた鳥の羽根を失ったイカロスのようだった。
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【Level UP;50】
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ステータスポイント120UP
【厄災】ユグド・ラ・スティアーナ討伐
・特殊アイテム【魂呼の翼】を取得
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――"あはは! おみごと!"
レベルアップのファンファーレが鳴りやむと、脳内で聞き覚えのある声が響く。
――"この戦いの様子は公式チャンネルが放送してるって気づいていたかい? 同時視聴者1億人を超えたみたいだよ。さすが、世界規模の混乱だよね!"
そうか。
ちなみに、視聴継続率は?
――"視聴した時点で電磁パルスの餌食。交通事故でも起こさない限り100パーセントさ"
なるほどな。
そいつは都合がいい。
――"……キミ、何を考えてるんだい"
あ?
どうした。
俺はお前で、お前は俺なんだろ?
俺が何を考えてるかくらい、読めるんじゃねえのか?
――"ちがっ! そういう話をしているんじゃない!"
そういう話だよ。
言ったはずだぜ。
俺が望むのは『楽しい時間の分かち合い』。
精神に干渉して得た偽りの笑顔なんて、いらない。
だから、ここに終止符を打とう。
ばちり、ばちり。
XG-812-Queenから読み取った技能を再現する。
電磁パルスを操り、放送される配信をジャックする。
……準備は整った。
ヒトの受容体をはじめとする、Renと出会ったことで人体に起きた様々な影響を丸ごと正常値で初期化し直す。
それですべてが終わる。
――"無くなるんだぞ⁉ キミの生きた軌跡が! 築いてきたヒトとの繋がりが!"
無くならないよ。
「常盤望も姫籬Renも、本当の自分を隠した誰かだから」
始めるんだよ。ここから。
嘘偽らざる、自分で。
借りものの力じゃない。
自分自身のアイデンティティで。
「『未知の先』に辿り着かないといけないから」
配信用のカメラは……あれか。
じゃあ、やりますか。
「――」