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5話 【天空の覇者】――アクティベーション

 強化されたアサルトライフル――Northern-X Blessing +。

 その銃口から飛び出した弾丸が、怨敵の頬に傷をつけた。

 女は頬を伝う緑色の血液を拭い、ぺろりと舌を這わせた。


『あらあら。どなたかと思えば、いつぞやの癒術師ではございませんか』


 ぎょろりと大きな瞳が動いた。

 傷痕からは蒸気のようなものが噴き出していて、見る見るうちに傷口が塞がっていく。

 この感じ、相手も癒術師(ヒーラー)か。


『あなたには感謝していますの。あなたが運んだパラサイトシードが、私を永い眠りから目覚めさせたのだから』


 予感はしていたさ。

 だから、礼はいらない。


「知っているか? 道化は愚かだから踊るんじゃない。人を笑わせるために愚者を演じるんだ」

『うふふ、愉快な子。今すぐ降伏するなら、私が一生飼ってあげてもいいわよ』

「あいにくさま。俺にはまだ、俺の帰りを待つ人がいるらしいんでな」


 インベントリを開き、虚空にアイテムを召喚する。

 特別大出血。

 1スタック分のショウセキヨモギ混合物を受け取れよ。


 閃光が景色を飲み込む。

 爆風と爆音が体を突き抜ける。

 ありあまる炸薬が、樹木の精霊を爆心地に弾けたんだ。


 だが。


『ああ、愚かしい。嘆かわしい。あなたでは私を殺しえない』


 削ったはずの体力ゲージが瞬く間に再生していく。


 魅力特化の癒術師か。


 相手にするとこうも厄介だとは思わなかった。


『実力差は明白でしょう? さあ、私にひれ伏しなさい』

「冗談。テメエに女王の座は荷が重い」


 翼を広げると、俺は一直線に飛び出した。

 樹木の精霊に向けてではない。

 はるか遠く、ザンガの龍穴に向けてである。


(世界樹ってのがおそらく、パラサイトシードの上位種か何かだ。だとするなら、そいつを破壊しない限り勝ち目はねえ――)


『逃がすと思ったの?』


 思考の海に意識を投げたわずかな間。

 そこに、精霊が割り込んでいた。

 正確にいうなら、置き去りにした彼女がいつの間にか目の前に立ちはだかっていたのだ。


――――――――――――――――――――

【旋回】発動

――――――――――――――――――――

ドッジロールの無敵時間が微増します。

――――――――――――――――――――


 だから交差のタイミングに合わせて体をひねる。

 引き延ばされた無敵時間を利用し、立ちふさがる女を抜き去る。


『逃がさな――』


 置き去りにしたはずだった。

 相手が人ならば。


 だが、相手は人ではない。

 反応速度0.1秒の壁を越えられない人間と違い、人工知能は1000分の1秒単位でコマンド入力を受け付ける。

 伸ばされた手が、こちらを捕らえようとする。


「【天空の覇者】――アクティベーション」


――――――――――――――――――――

【天空の覇者】発動

――――――――――――――――――――

HPが毎秒減少し、減少したHP分だけ

全てのステータスが上昇する。

(HP・MPを除く)

――――――――――――――――――――


 一瞬の魂の燃焼。

 表皮からにじむ白銀の煌めき。

 次の瞬間、この身は彗星のごとく飛び出していた。


 何人たりとも、天空において天翼種(リベルタ)を縛ることなど出来やしない。


『ふん! 自爆ね! 魅力極振りのあなたでは10秒が関の山! 世界樹にたどり着いたところで破壊は不可能よ!』

「おまえはひとつ見落としをしている。誰もひとりで戦っているなんて言っていない」

『は? 何を言って……』


 もぞり、と。

 Millenium Optimizeのフードから、一羽の雛が顔を出す。


 イースターで仲間になった、不死鳥の雛。


「無限治癒するHPは、てめえの専売特許じゃねえぜ! いくぞ迦楼羅(かるら)! 【ヒール】!」


 次の瞬間、迦楼羅の体から一本の雑草が伸びた。


 パラサイトシードを紫八染(むらさきやしお)をはじめとした低木と掛け合わせ、少しづつ樹高を小さくしていったとっておきだ。


 日本人の小型化技術は世界一ィ!

 大きくするだけが脳のパンドラシアオンライン開発陣とは違うんだよ!


 ――ぐんっ!


 【天空の覇者】の効果で減少したHPが、迦楼羅のHPを吸い取り再生する。


 そして不死鳥たる迦楼羅には、パッシブで超再生のスキルが発動中。


『ッ! 小癪な!』


 それから始まったのは、命を賭けた鬼ごっこだった。

 ルールは単純明快。

 俺が先に世界樹を破壊できれば俺の勝ち。

 行く手を遮るか、世界樹を守り切れればユグド・ラ・スティアーナの勝利。


斉射(Fire)ッ‼」

『させない!』


 セレクタを操作し、フルオートで秒間20発の弾丸を打ち込み続ける。

 その射線上にスティアーナは割り込み、身を挺して世界樹を防衛する。


『あっはは! その程度⁉』


 世界樹さえ無事なら、彼女は何度でも蘇る。


「チィ」


 舌打ちし、振り切るように旋回を始めた。

 【天空の覇者】を発動させてから時間が立ち、こちらのDEXにはかなりのバフがついているはずなのに、未だに振り払いきれない。


 そのうえ、【天空の覇者】のスリップダメージが少しずつ上昇していた。


『あはは! そろそろその子も限界でしょう! 少しひやりとしたけれど、今度こそおしまいよ!』


 迦楼羅がぴょんと身を投げ出した。

 刹那、迦楼羅の体が炎に包まれる。

 不死鳥たる迦楼羅が死を迎え、転生の準備を始めているのだ。


 HPを共有していた迦楼羅が死を迎えたことで、【天空の覇者】の効果が打ち止めになる。

 HPの減少が止まる代わりに、ステータスの上昇も同様に停止する。


『捕まえた』


 負値を取る、こちらと精霊の相対速度。

 肉薄した彼女が、俺の首をむんずと掴む。


「う……がっ」

『最後通牒よ。私はあなたが気に入っているの。だから、ひざまずきなさい』


 俺を掴む女の手を、俺は掴んだ。

 爪を立てて握りしめたものだから、彼女の手からは血が滲んでいた。

 もっとも、その傷口もすぐに塞がってしまう。


 勝ち目なんて無い。

 このままでは。


(……ああ、そうか)


 理解した。


「……んだよ、簡単なことじゃねえか」


 どぷり。

 水底に意識が沈む音がする。

 肉体という檻の底の底。

 意識が到達しうる集中力の限界へと意識が沈む。


 ――"お前は誰だ。お前は何者だ"


 生きる意味は見つかった。

 死ぬ理由はもはや求めない。


 求めるのはひとつ。

 現状を打破する逆転の一手。

 そしてその鍵を、俺はすでに持っている。


 ――見つけた。


 暗闇の精神世界を歩き回るうちに、俺はそれと邂逅した。

 XG-812-Queen。

 そいつがRenの人格を模倣して勝手に常駐させていた、別人格。


(思えば、はじめにテメエがRenに接触したのも、Renを生んだ後だったよな)


 どうしてすぐに接触しなかった。

 逆だ。

 あいつは知らなかったんだ。

 XG-812-Queenは、仮想人格の生み出し方を俺から学んだんだ。


 ヤツは俺の技術を盗んだ。

 なら、その逆。


(俺がテメエの技術を模倣することも可能! そういうことだろッ! XG-812-Queen‼)


 テクスチャをスキャンし、自らに取り入れる。


 瞬間、俺は到達した。

 このパンドラシアの大地における、真理とも呼ぶべき悟りの境地に。


「膝を折るのは、テメエだ」


 指弾をひとつ。


 俺は世界樹とユグド・ラ・スティアーナのつながりを奪い取った。


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