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2話 ログアウト不可

「先輩!」


 ――"ごめん、ユノ。俺はもう、配信をしない。お前も、俺のことは忘れろ"


 そんな連絡を受けた翌日、私はいよいよ先輩の暮らしているアパートに押しかけていた。オートロックなんて無い、2階構造の古びた家屋。

 エレベーターは無く、日当たりの悪い北側に取り付けられた無骨な階段を上りその部屋の前に立つ。

 立て付けの悪い扉からは、水滴が一定間隔で流しを叩く音が零れていた。

 蛇口のしまりが悪いのだと思う。


 チャイムを鳴らし、先輩が表れるのを待つ。


「先輩! いるんですよね!」


 扉をたたく。

 返事は無い。

 返ってくるのは、流しを叩く水滴の音ばかり。


(開いてる……?)


 期待せずに手をかけたドアノブが、ラッチを引く。

 つっかえを失った扉が、軋む音を立てて開く。


 息をのむ。


「……先輩?」


 ドアの隙間から部屋を覗き込む。


 そこに、誰もいなかった。


 ホコリの無い奇麗なフローリングが、そこに人がいた痕跡を残しているにもかかわらず、である。


 足を踏み入れた。

 住居不法侵入だという認識は、胸の内で肥大していく恐怖心が洗い流していた。


 歯ブラシは一本。食器も一人分。

 典型的な一人暮らしの部屋がそこにある。


 そんな中、私は見つけた。

 毛先にかけて淡青色に階調がかった銀髪を。


 心当たりは、もちろんあった。


 やはり、先輩は――彼女だ。


「どこに、行っちゃったんですか……」


 絞り出した声が、震えている。

 キュっと喉が締まる思いを味わう。


「私を、独りにしないで……っ!」



 ――"離脱症状は知ってる?"


 ネカフェでこれからどうして行くかを考えていると、脳内に忌々しい声が響いた。

 声の主はわかっている。

 XG-812-Queen。

 俺に寄生した、未知なる生命体だ。


 ――"ニコチンやアルコール。中毒物質の急な摂取制限が招く、不足した刺激を求めて受容体が強い渇望を生み出す現象のことだよ"


 知ってる。

 そもそも、俺の脳から無断で吸いだした知識だろ。

 返せ。

 お前には過ぎた代物だ。


 ――"ふふっ、せっかくキミの見落としを忠告してあげてるのに"


「見落とし?」


 なんのことだ。


 と、問いかけるより早く、欠けたピースがはまる音が脳内に響いた気がした。


 ――"姫籬(ひもろぎ)Ren(レン)の配信を見て、精神干渉を受け続けていた人たちは……ふふっ。今ごろどうなってるだろうね"


「テメェッ!」


 ――"あはは! 怒りの矛先を間違えてるんじゃないかな? 配信をしたのも、視聴者を集めようとしたのもキミの意思じゃないか。キミが望んだんだ"


「違う……違うんだ」


 ――"ああ、それと。パンドラシアオンラインの開発グループ。キミがチート行為をしてるんじゃないかと検証した結果、どっぷりと電磁パルスを浴びているよ?"


 ……は?

 Renの視聴者だけじゃなく、ゲームの開発陣まで被害は既に広がっている?


 ――"「まで」という表現は不適切かな。この1週間で張り巡らせたネットワークは、キミの想定をはるかに上回っている"


 とある施設で研究者気質の男――アイザック・アルティオに言われた言葉を思い出した。電子の海は物理的な距離を破壊した。


 ――"キミを失ったリスナー達は、どういう対応を取るかな"



 その翌日。

 パンドラシアオンラインに最後にログインしたのが日曜日だから、丸二日ログインしなかった、とある平日の水曜日のことだった。


 コインランドリーに立ち寄った帰り道のスクランブル交差点で、向かいのビルの巨大な液晶に流れていた広告映像が急にぶちぎれた。


 その代わりにスーツをまとった好青年が映し出される。


『臨時速報です。ユーザー数5000万人超えの世界的VRオンラインゲームで、ログアウトが不可能となる致命的なバグが生じたことが明らかになりました』


 その言葉が、俺を金縛りにした。

 映像がBロールに切り替わり、非常によく知るタイトルが映し出される。


 パンドラシアオンライン。

 呪われた大地を生きる冒険者を描いた物語。

 俺とRenが遊んで回ってしまった罪の跡。

 そのパッケージが、ディスプレイに表示されている。


『これに対しゲーム開発陣は「AIの暴走が原因である」と表明しており、「ゲーム内で特定のモンスターを倒さなければログアウトは永久に不可能」と断言しました』


 暴走したAIはVR機器をハッキングし、強制遮断時のセーフティ機能を停止させたという。

 つまり、電源の供給を止めてもプレイヤーの意識は仮想空間から戻ることが無いと話している。


(あのポンコツAIどもが……?)


 どこか違和感がある。

 言葉にするなら、思惑。

 そう。機械的なものではなく、もっと生々しい、人間の欲望がひしひしと伝わってくる気がする。


 ――"言った通りでしょう? 電磁パルスの影響は、キミが考えているより遥かに大きい"


 ……そうか。ゲーム開発陣だけじゃなく、VR機器メーカーのノアズアーク社も一枚かんでいるんだな。

 思い返せば、アイザック・アルティオもノアズアーク社の広報部に配属されたばかりだと言っていた。


 この時点で疑ってかかるべきだったんだ。


 世界的企業のそうそうたるメンツが、既にXG-812-Queenの支配下にあるという最悪の状況を。


 ――"最悪? あはは! まさか!"


 XG-812-Queenは笑う。

 俺の脳内で、カラカラと。


 ――"最悪ってのは、ここから始まる惨状のことだろう?"


 ディスプレイに表示される映像が、アナウンサーに再び切り替わる。

 画面の向こうで、好青年が口を開く。


『こちらが「暴走したAI」を映した貴重な映像となっています』


 映し出されたのは、ザンガの草原。

 大きな大きな切り株と、そこに居合わせたふたりの女性の姿。


『私はこの地の精霊。かつては大樹としてこの草原を見守っておりました。今はこのような姿となり、力もほとんど失ってしまいましたが』


 ひとりは、兼ねてから疑っていた樹の精霊。

 事件の主犯格、暴走したAI。

 そして、もうひとりは――


『【ヒール】!』


 魅力特化の有翼ヒーラー。


 姫籬(ひもろぎ)Ren(レン)の映像が、ニュースに取り上げられていた。


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