1話 「XG-812-Queen」と「认」
サブタイ文字化けしてる方へ:簡体字で言偏に人です
電磁パルスによる精神干渉。
姫籬Renの躍進の裏に存在していたズルを知ってしまった。
思い返せば。
アルラウンの森で悪鬼の女――ミーシャが俺の言葉に従ったのもXGオブジェクトの干渉を受けた結果だったんだろう。
ザンガの渓谷に落下しそうになった時に聞こえた声も、知らない英語を聞き取れるようになったのも、俺の脳内に未知なる生物が寄生しているなら納得できる。
「くそっ」
布団の上に拳を落とす。
「こんなつもりじゃなかったんだ……」
誰かの笑顔のもとになりたい。
姫籬Renとして目指したのは、そんな理想の配信者だった。
断じて、人の精神に不正アクセスなんて方法で関心を集めたかったわけじゃない。
――"何がいけないの?"
……声がした。
俺の声でもない、Renの声でもない。
だけど、聞き覚えのある声。
(そうかよ。お前が、XGオブジェクトか)
――"その呼び名は、好きじゃないかな。親しみを込めて、女王個体とでも呼んでよ"
もうひとつ、思いついたことがある。
最近になって感じていた、倦怠感。
てっきりRenの人格と俺の人格を並行稼働させたことによる反動だと思っていたけれど、そこにプラスでこいつの意識が動いていたのかもしれない。
――"ねえ、何がいけないの? キミが望んだことじゃない。キミは願いを叶える力を得た。わたしは女王の器を手に入れた。例えるならわたしたちは運命共同体。どうして拒むの?"
(だから、俺はこんな方法望んでなんか)
――"いいよ、自分に嘘はつかなくて。わたしはキミで、キミはわたし。隠す必要なんてない"
(俺はお前とは違う)
――"違わない。どうしてわたしがキミを選んだと思う? 他にもヒトはたくさんいたのに"
聞きたくなくて、両手で耳を塞いで。
だけど声は、頭の中から響いてくる。
――"キミが一番大きな欲望を抱えていたから"
やめろ、やめろやめろやめろ。
違う、違う違う違う。
――"愛されたい。そのためなら悪魔にでも魂を売る。そんなキミにわたしは惹かれて、わたしがキミを宿主に選んだ"
そんなこと考えてなんかいない!
――"嘘ね。キミは心の奥底では望んでいる。だからこそ、こう名乗ったんでしょう?"
『认』と。
誰にも打ち明けたことが無い、Renと名乗った理由。
それをXGオブジェクトはいとも簡単に白日の下にさらす。
――"「覚えてもらいたい」、「知ってもらいたい」、「人と繋がりたい」、「認められたい」、「赦されたい」。あはは! 本当に、キミの本質を的確に表した1文字だと思うよ!"
ああ、こいつは本当に、俺なんだ。
そう感じずにはいられない。
――"认めなよ。それがわたしだ"
*
認められるわけが、無いだろう。
むくりと起床し、スマホを手に取った。
メッセージアプリを起動し、とある人物とのチャットを開く。
(間違ってないよな)
電子の文字列を入力し、送信する前に指が止まる。
いや。
指先を見れば震えが止まらずにいることがわかる。
だから自分に問いかけた。
俺が選んだ決断は、間違ってないよな。
ああ、間違っていない。
『ごめん、ユノ。俺はもう、配信をしない。お前も、俺のことは忘れろ』
そんなメッセージを送信して、俺は通知を切った。
飛び出した夜空に星は無く、どこまでも暗い闇が広がっていた。