表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

80/88

幕間3 「財団と"XG-812-Queen"被検体」

 XG財団。

 『超常のもの』を取り扱うという彼ら秘密組織はみっつの目的から成り立つという。


 みっつの目的とは「eXception Gaol」、「eXposing Gloom」、「eXtant Generation」。

 すなわち「実社会からの隔離」、「現象の解明」、そして「人類史への介入阻止」である。


「不可解っすか?」


 列車に揺られて辿り着いた先。

 篠陽(じょうよう)市にあるという地下施設の一室で、俺はアイザック・アルティオなる男と対話していた。


「……その、人の思考を読むのやめてもらっていいですか?」

「XG-068-Parserに頼んなくってもわかるっす。自分が同じ立場でも訝しむっすから」


 俺は無言で肯定した。

 この状況は明らかにおかしい。


 こいつはさっき、XGオブジェクトなるものが俺に寄生していると言っていた。

 それなら、俺も同様に隔離対象のはず。


 手枷や足枷、アイマスクに耳栓。

 未知の存在を相手取るつもりなら、取るべき処置は山ほどあるはずだ。

 それこそ、出会いがしらスタンガンやガスを使って意識を奪うのが賢い判断のはず。


 だが、実際にはそうなっていない。


「……もし、今からでも引き返してくれと言ったら?」

「もちろん! Renちゃんの意思を尊重するっす!」

「矛盾してませんか?」

「組織の方針とは矛盾するっすね。でも、なんら不思議なことじゃないんっすよ?」


 男は板状の液晶端末を操作すると、こちらに差し出した。映し出されているのは、何やらレポートらしきものである。


 タイトルは"Confidential XG-812-Queen"。


「Renちゃんに寄生したXGオブジェクトの研究レポートっす。読んでもらえれば理解できると思うっす」


 俺は男を一瞥すると、すぐに電子端末へと視線を戻した。細くしなやかな指先で画面をスワイプし、レポートの内容を頭に叩き込んでいく。


「……なん、だよ。これ」


 息をのむ、とはこういうことか。

 ただの慣用表現だった概念が、実体験を伴ってわが身に定着する。


 寄生対象の女王への変容。

 他者への電磁パルスによる精神干渉。


 思い当たる節が、無いわけじゃない。


「ちが、俺はこんなことを望んだわけじゃ……」


 視界が明滅する。

 平衡感覚が遠のいて、胸の奥から形容しがたい不快感が全身を駆け巡る。


「おかしいとは思わなかったっすか? いくら見た目が美少女になったからって、チャンネル登録者の伸びが異常だとは気づかなかったっすか?」


 ああ、思った。思ったよ。

 だけど、わかるはずがないだろう?


 俺が出会った人。Renがゲーム内でかかわった人。

 そして、配信を見に来てくれた人。

 全ての人の精神を、歪めてしまっているだなんて。

 そんなの、わかるわけがないんだ。


「泣かないで大丈夫っすよ? Renちゃんの力になれる。そう考えるだけで、俺たちはしあわせになれるっすから。……だから」


 両肘を机の上に立て、口元で手を組み男が囁く。

 悪魔のように、抗いがたい甘言を。


「Renちゃんの名を、世界中に轟かせようっす」

「そんなこと、できるわけ……」

「可能っすよ。XG-812-Queenの生物特性は、その電磁パルスにあるっす。インターネットが普及した現代。電子の海を渡れば、1夜にしてRenちゃんは全人類の女王になれるっす」


 血の気が引いていく。


「XG財団なら、それを成し遂げるだけの技術があるっす。電波ジャックで世界中に電磁パルスを拡散するもよし! 衛星通信で干渉するもよしっす!」

「違う……」

「ん?」


 ……人から関心を向けられたい。

 そう思ったことが、無いわけじゃない。


 むしろ、承認欲求は人より強いがわだった。

 自分っていうものがわからない人間だったから、他者の意識の中に自分という存在を置いてほしいと考えていた。

 でも。


 ――"()れは何者か"

『人を魅了する配信者(ストリーマー)

 ――"()れは何を望む"

『楽しいの分かち合い、笑顔の時間』


 精巧な作り笑いほど、むなしいものは無い。

 だから。


「その提案は、飲めません」


 俺の言葉に、男は口をとがらせた。

 それから眉を垂らし、しょんぼりとした表情を浮かべる。


「……そっすか。わかったっす。でも、気が変わったらいつでも来てくださいっす。俺たちは、いつでもRenちゃんを待ってるっすから」



 姫籬(ひもろぎ)Ren(レン)を帰した後の地下施設で、男たちが打ち合わせを行っている。


「失敗したのか」

「XG-812-Queenの自我が表層に出てないのは予想外っすよ。Renちゃんの自我が強いのか……あるいは他の何かが原因なのか」

「答えの出ない検証は後でいい。それより、プランBの結果はどうなったんだ」

「ああ、そっちはもうバッチリっす」


 アイザック・アルティオが端末を操作すると、会議室にある大型ディスプレイに折れ線グラフが表示される。


「VR空間を介さない、XG-812-Queenの対ヒト電磁干渉パルスの解析生データっす。サンプリング周波数を限りなく引き上げてるっすから分解能も高いし、除電ルームで取ったからノイズもほとんど乗ってないっす。これで、いつでも準備万端っすよ」


 準備万端。

 それはつまり、日本以外のXG財団組織への、ニュートリノ通信による洗脳干渉準備が整ったことを意味している。


「そうか。では、我々は待とうか。女王が帰参なされる日を、首を長くして」


 姫籬(ひもろぎ)Ren(レン)による世界征服は、着々と進んでいく。

 本人も預かり知れぬ、水面下で。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ