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幕間1 「財団と"XG-812-Queen"被検体」

 雛は迦楼羅(かるら)と名付けた。

 よちよちと歩く彼女と散々戯れ終えて、パンドラシアの大地に別れを告げる。


 意識が浮上する。


 姫籬(ひもろぎ)Ren(レン)としてではない。

 俺としての自我が顕在化している。


 Renはいわば、配信用の人格。

 あれで日常的に生活しようとすると、たぶんいろんなところでポンコツ要素が出てきて苦労するだろうな。


 閑話休題。


 入眠前にメールボックスを開くと、一通の電子手紙が届いていることに気づいた。

 日常的に使用しているメールアドレスではない。

 姫籬(ひもろぎ)Ren(レン)のチャンネルが登録者数10万人を超えた際に新たに取得した、仕事募集用の専用アドレスである。


 微睡みの淵から、意識が覚醒する。


 ついに来たのか?

 いわゆる、案件というものが。


 メールを開こうとして、手が止まる。


 今この時期に、案件を受けるべきだろうか。


 オタクっていうのは金の匂いに敏感だ。

 案件動画を快く思わない層ってのは、結構いる。


 Renのチャンネルは今が伸び始めている時期だ。


 そういう案件より、リスクはあるがユノやネルヴァをはじめとするSynthe(シンセ)/Live(ライブ)の面々とコラボした方がいい頃合いなんじゃないか?


 まぐれ当たりのバズでは、チャンネル登録者の増加は期待できない。


 新規リスナーを呼び込む導線。

 いわゆる横の繋がりっていうのは、やっぱりコラボという形が一番強い。


(そういう策を張り巡らせずにチャンネル登録者を伸ばし続けてるのは、Renの魅力なのかね)


 常盤(ときわ)(もち)には無かったものだ。

 羨ましいと思う気持ちがあるかと問われれば、答えはそんな気持ちはどこにも無いとなる。

 どちらも自分だからな。


 なんか哲学っぽくなってきた。

 これ以上深く考えたって沼にはまるだけだろうし、早めに思考を切り上げてしまおう。


「ついでに」


 メールの中身見るだけ見てしまおう。

 判断はそのあとでも十分間に合う。

 思考停止でマウスカーソルをヘッダーに合わせ、クリックで本文を開く。


――――――――――――――――――――

【出演依頼】CM起用のご提案|ノアズアーク社

――――――――――――――――――――

姫籬Ren様


平素はノアズアーク社製のVR機器をご利用いただき、まことにありがとうございます。

ノアズアーク社広報部アイザック・アルティオと申します。


この度は姫籬Ren様の「パンドラシアオンライン」配信を視聴させていただき、ご連絡させていただきました。

――――――――――――――――――――


「おおおおおおおおお⁉」


 ノアズアーク社から⁉

 CM出演依頼⁉

 え、夢?

 夢じゃないよな⁉


「おいRen! Ren!」


 ――"んみゅぅ……あと7週間……"


四十九日(しじゅうくにち)!? 安らかに眠るな! これ見ろって!」


 ――"んん……"


 Renの人格(テクスチャ)を急ピッチで再構築し、俺の知覚をリンクさせる。

 俺の中でRenが興味深そうに反応を示したのがわかった。


 ――"はえー。すっごいね。……これが本物だったらね"


「まあ、そうなるよなぁ」


 俺とくらべて幾分抜けている部分があるとはいえ、思考の基盤部分は共通している俺とRen。

 であるならば、懸念事項のリストアップなどはやはり似通う傾向があるのだ。


「ノアズアーク社を騙る、全く無関係の第三者によるメール。これが一番しんどいよなぁ」


 そのパターンを考えなかったわけじゃない。

 なんなら、意図的に理性のブレーキを緩くしているRenより俺の方がリスク管理は徹底している。

 彼女以上にその危険性を警戒しているはずなのだ。


 それでも、なお、そのうえで。


 ――"コンタクトを取りたいって思ってるんだ"


 Renの指摘に、俺は黙した。

 図星なのだ。


 明らかに怪しい文面。

 それでもなお、可能性があるならすがりたい。

 そう、思ってしまう自分がいる。


 ――"それは、ユノさんの一件があったから?"


「……ああ」


 思い返すは、ちょうど7日前。

 スクランブル交差点の巨大モニターでユノの姿を目撃した時のことだ。


「随分遠くに行っちまったと、そう思った」


 Synthe(シンセ)/Live(ライブ)を辞めて、足を止めてしまって、もう1年の月日が流れようとしている。

 もう二度と手の届かない。

 あの日そう感じたその場所に、もしかすると手が届くかも知れない。


 諦めきれないんだ。

 あの日の後悔が、影法師のように付きまとう呪いが、俺に未練を断ち切らせてくれない。


 ――"いいんじゃないかな"


「……え?」


 ――"『取り返しが効くことは取り返す。そうしていかないと、心はどんどん弱くなる』、らしいよ"


 それは、俺の言葉か。

 たしかアルラウンの森が焼失した後、ふてくされていたRenに掛けた覚えがある。


「そうだな」


 まさか、自分の言葉に励まされるとはな。

 Renもまた、自分を映す鏡ってことか。


 ――"あ、でも外を歩くときは"俺"くんがお願いね"


「外の世界に触れて見えるものもあるかもしれないぞ?」


 ――"やー。わたしには電子(こっち)の世界が性にあってるや"


「単に出不精なだけだろ」


 ――"そうとも言うー"


 たはっ。ったく。

 素直でいい子だよな、お前って。


「ありがとな」


 手早く話を伺いたい旨を送信する。

 仕事を辞めてからというもの時間にフリーなので、いつでも都合を合わせられることを明記したうえで返信実行。

 布団に潜り込み入眠RTAの開催です。


 ――ブブッ。


 あれ?

 もう返信きたの?

 早くない?


「明日お会いできますか、か」


 え、直接会おうとしてるってことは日本在住?

 時差があるわけでもないのに、この時間に返信が来たの?

 もう日付変わりそうですけど?

 ブラック企業か何かですか?


「……どうしよう。急に怖くなってきた」


 今夜はそうそう寝つけられなさそうだ。


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