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幕間1 There's a reason that――

 広い一室に置かれた高価なベッドに、ひとりの少女が横たわっている。

 少女はSynthe(シンセ)/Live(ライブ)所属のVライバー、夜見坂(よみさか)ユノだった。


「違う、この人でもない」


 ノアズアーク社製のVRハードを頭にかぶり、少女は電子の海を漂っていた。

 目的はひとつ。

 常盤(ときわ)(もち)なる人物の転生体を見つけ出すことだ。


 始めは簡単だと思った。

 姿かたち、しゃべり方を変えたとしても、魂の輝き方ってのは誤魔化せるものじゃない。

 先輩はどんな姿になっても先輩だ。

 そう思っていたのに。


 歯噛みする。

 こんなはずじゃなかった。

 14日の期限なんて保険でつけた猶予期間だった。

 初日に見つけ出し、あとは一緒にパンドラシアの大地を練り歩こうと画策していたのだ。


 それなのに気づけば4日目が過ぎようとしている。

 不安と焦りが心の内でないまぜになって、不気味な色を広げていく。


 彼女がこれまでに見て回った新人ライバーの数は少なくない。けれど、確信をもってこの人だと言える人物とはまだ巡り合えていない。


「……Renちゃん」


 一番可能性があるのは彼女だ。

 ヘイトが上がる魅力(CHA)というピーキーステータスを伸ばす期待の新人。

 彼女が最ももっともらしい。


 だが、女だ。


 わかっている。頭では。

 彼女は常盤(ときわ)(もち)じゃない。

 だけどどうしても、その可能性を拭いされない。


「……加賀美さんなら何か知ってるかな?」


 加賀美ネルヴァ。

 ユノと同じ配信グループSynthe(シンセ)/Live(ライブ)に所属する配信者(ストリーマー)にして、常盤(ときわ)(もち)と同じ1期生。

 彼がパンドラシアオンラインをすると知るや否や、睡眠時間を削って遊んでいる彼女なら、何か知っていることがあるかもしれない。


 配信サイトのブラウザを隅に寄せ、代わりにチャットツールを起動する。


『加賀美さん、先輩について何か知りませんか?』


 既読はすぐについた。

 珍しく起きていたらしい。


 ――"ん。私も先輩だけどー?"


「いや、そういう話じゃなくてですね……」


 確かに加賀美ネルヴァもユノから見れば先輩なのだが、彼女の言う先輩とは常盤(ときわ)(もち)ひとりなのである。


 ――"ユノってさー、どうしてそこまでもっちーに執心なの?"


 文字を入力する手が止まった。


 ――"ユノって名前、ヘラの異名でしょー? もっちーは(さかき)……木星を冠する神ゼウス、またの名をユーピテルが由来。最初から意識して名乗ったんだよねー?"


 ……その通りである。

 Synthe(シンセ)/Live(ライブ)はオリュンポス12神にちなんだ名前を付けている。

 加賀美ネルヴァがミネルヴァ由来のように。


 そしてユノは、主神ユーピテルの妻である。


『まだ、死ねない』


 気づけばそんな文字を送っていた。


『先輩の配信を見て思ったんです。思いは日に日に肥大していきました』


 チャットを飛ばすたび、既読が付く。

 だけどリプライが飛んでくる気配はない。


『いつかみんなで、未知の先へ』


 Synthe(シンセ)/Live(ライブ)が掲げるスローガン。


『どうして自分は「みんな」の中にいられないのか。そう思ったら、いても立ってもいられなくて』


 執着心が人一倍強い女だと自覚はあった。

 だけど、夢を見てしまったんだ。

 先輩の隣をともに歩く、いつかの未来を。


『先輩は、私に生きる理由をくれたんです』


 だから、帰ってきてほしい。

 また一緒に、同じ道を歩いていきたい。


『だから今度は、私が先輩の夢を支えたい』


 常盤望が抱いていた不安の正体を、彼女はなんとなくわかっていた。

 誰の役にも立っていないんじゃないか。

 彼は一度もそんな弱音を吐かなかった。

 けど、夜見坂ユノにはわかった。


 だって、過去の自分の面影が見えたのだから。


 そんなことない、先輩のおかげで今がある人はここにいる。

 そう伝えたかった。でも、言えなかった。

 言えないまま、別れの時が来てしまったから。


 だから証明したかった。

 叶わない夢なんて無い。

 あなたが立ち止まった暗闇の先には、ちゃんと思い描いた場所があったんだよと、知らせたかった。


 タイムリミットは12カ月。

 理由は単純。

 (もち)という字が「亡くした」「月」を「十二(王)」と書くからだ。


 それを超えれば、先輩は先輩を見失う。

 不吉な予感を抱いて、必死に夢に追いすがった。

 そしてパンドラシアオンラインのCMに起用されるまで有名になった。


 ……ひと言で表すなら。

 恩返し。

 そんなところだ。


 ――"そっかぁ。だったら、ダメだよー。私を頼りにしちゃ"


 少し間があって、ようやくリプライがやってきた。


 ――"それだけの思いを抱えてるなら、ユノ自身が見つけ出さないと"


 口の端をキュっと結ぶ。


 ――"あれは鈍感だからー、そうでもしないと伝わらないよ。思いの丈なんてさぁ"


「……そう、ですね」


 そのひと言で、何かが変わったわけじゃない。

 現状はやはり暗雲が立ち込めていて、自らに課したタイムリミットは残すところたったの10日。

 それでも、胸の内のもやもやが晴れる気がした。


『ありがとうございます! 加賀美さん!』


 憧れの先輩と一番コラボ回数が多い彼女のことを、妬ましいと思ったことが無いわけじゃない。

 けれど、今だけは、ありがたいと。

 夜見坂ユノは素直にそう思った。


 ――"ちなみに私はもう見つけた"


「あ゛?」


 ひと言多いんだよ!

 このクソアマぁ!


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