8話 Northern-X Blessing +
配信を終えた後で、わたしはアヤタカガさんの工房へと向かった。
彼女は瞬き一つせず火床と向き合っていた。
額から滲みだした玉の汗がまつ毛に溜まっている。
タイミングが悪かったかもしれない。
一度引き返して訪ねなおそうか。
そんな考えはすぐに引っ込んだ。
かこん、かこん、かこん。
低温で赤められた玉鋼が、アヤタカガさんのふるう槌に打たれて小気味よい音を立てて延ばされていく。
(アヤタカガさんってハンドクラフトもできたんだなぁ)
3Dモデリングが売りの人だと思ってたけど、そういうわけでもないらしい。
しばらく刀を丹念に鍛えていたアヤタカガさんが、ふぅと一息ついた。
「『火造り』っつう刀の姿を決める重要な工程だったんだ。悪いね、姫ちゃん」
「んにゃぴ。ノーアポで押しかけてごめんね?」
気づいてたんだ、わたしのことに。
作業の邪魔になってたかな?
「持ってみるか?」
アヤタカガさんはわたしの顔を見ると、微笑んで茎をこちらに差し向けた。
「……奇麗だ」
「にひひ。だろ? 今までで一番うまくできたな。おかげで工芸スキルの経験値もウハウハよ!」
姫ちゃんが見ていてくれたおかげだな、なんて。
アヤタカガさんが気恥ずかしそうに言う。
照れてる。かわいい。
口元を緩めていると、アヤタカガさんは不服そうに口をゆがめた。
「んなことはどうでもいいんだよ。それよりだ、聞いたぜ姫ちゃん! 無限氷龍を倒したらしいじゃねえか!」
「な、何故それを⁉」
せっかくサプライズで驚かせようと思ったのに!
「いやだから目立つ行動するとWorld Newsに取り上げられるんだって」
「はっ、そうだった!」
2日目あたりから通知OFFにしてたから忘れてた。
いやだって初日はともかく2日目以降うるさいんだもん。赤の他人がエリアボスを倒したとかオンラインゲームでいちいち知らされてたらたまったもんじゃないよ。
と思ったけど、フレンドの活躍だけにフィルタリングして通知を受け取ることもできるらしい。
それ早く教えてよ。
「あたしは全部の通知に目を通してるけどな。どんなプレイヤーが誰を倒したかを知ってると、武具制作の依頼を受注しやすいしな」
「はえー、生産職は大変ですね」
「おかげさまでな。こんだけ忙しいゲームは初めてだよ」
アヤタカガさんは苦笑を浮かべている。
なんでも、わたしが配信でちょくちょく名前を出すから、あっちこっちから武器製作の依頼が来るらしい。
今鍛えていたのもイギリス在住の剣士から依頼された日本刀らしいし、本当にワールドワイドに活躍しているらしい。
「ま、姫ちゃんの依頼なら最優先して受けるけどな! 今日はどうする?」
「あ、うん。氷龍の素材を使って、Artemeres' Blessingを強化できないかなって思って」
アヤタカガさんは眉をひそめた。
ん? なにかおかしいこと言ったかな?
「Artemeres' Blessingを? 武器を新しくするんじゃなくってか?」
ああ、そういうこと。
そりゃあまあ3Dモデルデータはあるんだし、アルテミアス鋼の代わりに氷龍の素材をぶち込めば? 同じ形をした上位互換の武器になるよ?
でもさ。
それって本当にArtemeres' Blessingなのかな。
「この子とは会って数日だけど、いろんな思い出が詰まった"相棒"なんです。だから、できるなら一緒に冒険を続けたいなって……変ですかね?」
ちょっと照れ臭くなって、頬を掻きながら。
言葉にするわたしにアヤタカガさんは微笑んだ。
「姫ちゃん! あんたいいやつだなぁ!」
と思ったら抱きついてきた。
いや、抱きついてきただけならいい。
いいんだけど、そのままわたしを持ち上げて振り回さないで⁉
「うえぷ、待って、アヤタカガさん、目が、回る」
「あはは! 普段はもっと激しくローリングしてんだろ?」
「自分で回るのと、回されるのは、ちが……」
いよいよ本当に気持ち悪くなる前に、満足したのかようやく解放してもらった。ひどい目にあった。
「必然だったのかもな」
「不要な犠牲だったと思う……」
「いや、ぐるぐるの話じゃなくてな?」
何の話だろうか。
そんな疑問は口にする前に解決した。
メニュー画面を操作したアヤタカガさんが、ひとつの画面をわたしと共有してくれたからだ。
ポップアップしたウィンドウには、ひとつのスキルが表示されている。
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レアスキル【法燈連綿】
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武器を新規製作時、同種の武器を素材に
加えることで発動可能。
魂を引き継ぎ、一段強い武器へと昇華する。
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【法燈連綿】のついた装備は、
各プレイヤーひとつまでしか入手できない。
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まーた、連か。
なるほどね。
「あはは、これは、たしかに」
必然と思うのも、仕方ないかもね。
「だろ? Artemeres' Blessingの魂を引き継ぎながらより強力な武器を作れる。かわりにアサルトライフル以外の武器で【法燈連綿】の恩恵は受けられないが」
「代償にも呪いにもならないよね」
もとより決めていたことだから。
わたしはこのアサルトライフルとともに、この呪われた大地を生き抜くんだって。
「へっ。姫ちゃんならそう言ってくれると思った!」
アヤタカガさんが虚空で手を振ると、わたしたちの目の前に見覚えのあるメッシュデータが展開された。
間違いない。
これはArtemeres' Blessingのモデルデータだ。
わたしはアヤタカガさんと目を合わせた。
頷いて、Artemeres' Blessingの実体をアヤタカガさんに譲渡する。
それから無限氷龍から回収したドロップアイテムも。
「よし、やるぞ」
手渡したアイテムが、メッシュ状のデータに吸い込まれていく。空っぽのデータに、命の光が灯る。懐かしさを覚える、温かい光だ。
明かりは見る見るうちに強くなる。
目を開けていられないくらい、力強い息吹を感じる。
やがて、光が収まった時に、それはいた。
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Northern-X Blessing +
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無限氷龍ノーザンクロスの素材をベースに
作られたアサルトライフル。
炸薬の衝撃を凍り付かせるため、
反動を著しく軽減可能。
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【法燈連綿】
・Artemeres' Blessing
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あっ、これは火薬の量を増やせる奴ですね?