2話 試される大地
ザンガの地底湖を抜けると、そこは雪国だった。
「うわ、吹雪だ。このゲーム配信者に優しくない」
荒城都市アカシアとアルラウンの森は霧。
落雷地方では雷雨。
ザンガの地底湖は暗闇。
そして、今目の前に広がるのは猛吹雪だった。
真白いカーテンの向こうには、山岳のような氷塊のシルエットが稜線を描いている。
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地形状態:極寒
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一定時間ごとに定数ダメージを受ける。
また、DEXに下降補正が掛かる
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「試される大地」
言いながらわたしはアヤタカガさん印の漢方薬を飲み干した。飲むと体の芯からポカポカするホットドリンク。これさえあれば寒さなんてへっちゃらだ。
・Renちゃん、それパンドラシアやない。北海道や。
知ってる。
ちなみにいまは『その先の、道へ。北海道』というキャッチコピーが使われているらしいね。
あれ?
Synthe/Liveのスローガンと被って――。
おや、誰か来たようだ。
ヒグマだ。
「やっぱり試される大地じゃないですか!」
・草
・イギリスにもヒグマはいたらしいから……ね?
・ヒグマ。時速60キロの速さで走ることができる。嗅覚は犬以上といわれ、その拳は人の首を容易に吹き飛ばす。
・ヒグマ博士がいるなw
・Renちゃん逃げてー! 超逃げてー!
逃げる? 冗談。
ヒグマは走って逃げる相手を追いかけるんだよ。
それを言うなら大声をまずだすなって話だけど。
「Ready, steady――」
翼を畳んで前傾姿勢を取る。
右ひざに右腕を置き、足の親指で地面を掴む。
来るなら来い。
闘志を燃やしながら、一瞬の交差を待ちわびる。
目の前で雪煙が巻き上がった。
わたしを認識したヒグマが勢いよく飛び掛かってきたのだ。
だからわたしは、タイミングを合わせて前方へと跳躍した。空中で半回転しながらヒグマの頭に手をついて、自身の体を上へと押し上げる。
・何が起きたし
・一晩見ないうちにRenちゃんの動きがさらに人外じみてて草
・まさかプレイヤーのスキルレベルが上がっていると誰が想像しよう
・レベリング(プレイヤースキルレベル)頑張りました!
空中で折りたたんでいた翼を広げて陣を取る。
インベントリからアサルトライフルを取り出し、銃口をヒグマの頭蓋に向ける。
「わたしはドラゴンを倒すんだよ! 発射!」
炸薬が火を噴く音がして、撃ち出された弾頭がヒグマの頭に吸い込まれていく。
討ち取った。確信した。
昨日の敗北からわたしは更に強くなった。
外す道理なんてどこにも無い。
だが結果は――殺しそこなった。
弾丸は間違いなくヒグマの頭蓋に着弾した。
だが、弾かれた。
「んなっ⁉ 石頭すぎるでしょ⁉」
・ヒグマの頭は固い
・着弾角度によっては跳弾する
「ちょ、その話早く言ってよ」
うーん、困った。
ヘッドショットが効かないってなると、手足を狙ってちまちま削っていくしかないのかな。
ヒグマが相手ならそれもまたアリだけど。
(ドラゴンを相手にしたときに、ちまちま削るなんて戦法が通用するかって話だよね)
いい機会だ。
これをドラゴン討伐の予行演習だと考えよう。
「だったら、パラサイトシードの出番かな」
カートリッジをパラサイトシードを埋め込んだものに換装。
頭部を狙うのは下策とわかったので、今度はヒグマのわきの下を狙うことにする。
「今度こそ……発射!」
ビリビリと、肌がしびれる。
ヒグマが雄叫びを上げているのかもしれない。
だというのに、わたしの世界は静寂に包まれている。耳栓を配信前から装備しておくのは気が早すぎたかもしれない。
(だってみんなを驚かせたかったんだもんっ)
広範囲スタン攻撃【ドラゴニックロア】を無効化して唖然とする視聴者の顔、見たくない?
配信だから顔は見えないけどねっ。
「【ヒール】……! あ、やば。うまくわきの下にヒールが当たらない」
パラサイトシードを発芽させようとして撃ち放った【ヒール】が、ヒグマの、被弾したのとは反対側の腕に阻まれる。
着弾箇所との距離が遠いせいか、うまくパラサイトシードが芽吹かない。
・普通に体力回復させただけで草
・おっ、ひさびさにヒーラーやってる
・マッチポンプなんだよなぁ
・どうする? 反対側にも撃っとく?
「んー、反対側に撃ち込むより、もっと簡単な方法がありますよね」
わたしは再度、ヒグマに向けて手の平をかざした。
要するに、ヒールの回復範囲が足りてないってことでしょ?
「本邦初公開! ついに習得した上級回復魔法! 咲き乱れてッ! 【ヒールストーム】!」
手をかざした先、ヒグマのいる地点を中心に、桜色の旋風が巻き起こる。
手負いのあなたに逃げられるかな⁉
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【空亡】発動
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空中にいる間、与ダメージが増加します。
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【牙城自縛】発動
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ヨトゥンヒグマのDEXに下降補正中。
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・でか⁉
・そこいらの樹木よりデカくて草
・これが魅力極振りの力だ!
・魅力極振り天翼種ヒーラーの時代来る?
・いや……使いづらそう
・何回も言うけど、これはRenちゃんの異常なプレイヤースキルがあってこそだからね
・普通のリベルタなら最初の突進で乙ってる
オタクくんたち本当に魅力極振りに厳しいよね。
わたしも悩んだばっかりだからわからなくもないけど。
・魅力と与ダメに相関関係ある?
「微妙。弱い相関関係はみられるかもだけど、多分単純な比例関係じゃなさそうかな。魅力に応じてDPS上がってるのは確か」
・相関関係が直線ってことを理解してるの草
・二次関数とかだと、データの取り方によってはほとんど0になったりするからね
・確率統計において散布図を描くのは大事
・ワイ文系。おまえらが何言ってるかわからん。
「文系でも知ってて――あ、あれ?」
おかしい。
パラサイトシードによる与ダメージが少しずつ減っていっている。
こんなこと初めてだ。
「定数ダメージ耐性⁉ 新手のスキル⁉」
それとももっと別の何か?
例えば、そう。
周囲の環境……とか。
「あ」
辺りを見渡す。
そして思い出す。
この地に踏み入った時に表示された警告を。
地形状態:極寒
「ヨトゥン凍土で植物って無力じゃん⁉」
やっべぇ、どうするよこれ⁉