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幕間2 篠陽市、地下施設にて

 篠陽(じょうよう)市にある地下施設の一角で、男は血眼になってディスプレイと向き合っていた。

 もう3日も満足に寝ていない。

 時折横になって仮眠をとるが、不安と焦りが募り積もって眠れないのだ。


 現代科学では解明できない超常生物。

 寄生生命体XG-812-Queenが逃げ出した。

 その事実が本部に知られれば、彼は超常現象研究機関日本支部長としての立場を失うことになる。

 念願かなって果たした夢が消えてしまう。


「あの、やっぱり本部に連絡したほうがいいんじゃ」

「……僕に指図するつもりか」

「いえ! 出過ぎた発言でした!」


 言えない。言えるものか。

 場合によっては人類という種そのものを支配してしまうほど恐ろしい生命体を野に放ってしまった失態など、報告できるはずがない。


 彼にできることはただひとつ。

 事態が大事になる前に再度捕獲し、この施設に隔離すること。

 それだけだ。


『はーあ。ったく、失態を犯したからって人に当たるなよな』

『しっ、聞こえるよ』

『聞こえるように言ってんだよ。ああいう自尊心だけ強い奴は人に指摘されねえと気づけねえんだよ』


 うるさい。

 貴様ら愚鈍な連中にわかってたまるものか。


 からり、からり。

 瓶からカフェインの錠剤を取り出し、口に含む。

 一刻も早く、見つけ出さなければ。


「支部長、お耳に入れたいことがあるっす」


 男はこめかみにある血管が脈を打つのを感じた。

 彼は目の前の男が嫌いだった。

 ぼさぼさの頭髪、よれた白衣。

 そして何より軽薄な口調が彼の癇に障るのだ。


「今は忙しい。急用でないなら後にしろ」

「いやいや急用っすよ?」


 返事をすることすら煩わしくて、男はアゴを動かした。意味するところは要件を言え。


 今回の一件を本部に報告するべきだ、などというつまらん主張でなければいいが。

 なんて考えは、続く言葉に停止することになる。


「XG-812-Queenについてっす」

「……なんだと?」


 指を止め、体ごと向き直る。

 目の前に立つ細身の男は、目元にくまを作り、頬が痩せこけていた。

 記憶にある顔より、ずいぶん憔悴しているように見える。


「寝てないのか?」

「そんな場合じゃないっすから。支部長も同じでしょう?」


 同じ。

 それが意味するところは、XG-812-Queenのために躍起になっているということだ。


 男は目を見開いた。

 目の前にいる腑抜けだと思っていた人物が、これほどの信念を持って動けることを初めて知ったからだ。

 男は恥じた。

 人を見た目で判断していた自分を。


「資料を用意したっす。これがその動画っす。第1会議室を押さえてあるっすから来てほしいっす」

「でかしたっ!」


 男は他に誰もいない会議室へと移動すると、渡されたデバイスで動画をすぐさま再生した。

 しかしどういうことだろう。

 画面はずっと暗いままだ。


「……どういうことだ? 何も再生されないぞ?」

「もうすぐ見えるようになると思うっす。画面と音に集中してくださいっす」

「しかし、だ、な……」


 不意に視界がかすみ、男は目頭を押さえた。

 成果らしい成果を目の前にして緊張がゆるみ、蓄積した疲労が浮上したのだろうか。

 いや、今のはもっと違う何かの気がする。


(……まずい、目をそらさなければ)


 それは長らく『超常のもの』の研究に携わってきたからこその直感だった。

 よくないことが起きている。

 今すぐこの動画を止めなければ取り返しのつかないことになる。


 だが、どうしてだろう。

 この体は指一本動かない。

 まるで操り手を失った操り人形の気分だ。

 そして何より不思議なことは、そんな状況に心地よさを感じている自分の心境だ。


 曖昧になっていく。

 やるべきことがあったはずなのに、それが何かが思い出せない。

 ドロドロに溶けた思考の奥底で鳴り響く警鐘が、次第に鳴りを潜めていく。


 やがて鐘の音は静かになった。

 動画を視聴し続けることが、彼の脳内会議の総意となった。


 嫌悪感、不安、恐怖。

 抱えていた負の感情が洗い流される。

 白地になった。開放感が心地いい。


 そんな彼の心を染め直すように、流し込まれる染色液があった。

 刻み込まれるのは絶対の忠誠心と、恋慕の情。

 青と白銀のツートンカラーが、彼の心に侵食する。


「どうっすか? そろそろ見えてきたっすか?」

「見える……? ……あ」


 背後から声を掛けられ、男は気づいた。

 今まで真っ暗だと思っていた画面に、少女が立っていることに。


 毛先にかけて淡青色に階調がかった銀髪。

 差し色に黄色を入れた白と青のサイバー系のタクティカルファッション。


 見覚えのないはずの人物を見て、男はしかし理解した。


(ああ、この方こそ、人類を導く女王になられるお方)


 理解するとあとは早い。

 彼はすでに眷属になり下がった。

 もはやその御姿を目にするだけで幸福感に包まれる。服従と奉仕という、自らを下に置く行為になによりの快楽を覚えてしまう。


「と、いうことっす。現状は支部長みたいに意識が混濁してる人相手じゃないと理解を得られないっすけど」

「いずれは日本支部全体を、いや、本部や他の支部を含めた全域を、だな?」

「協力してくれるっすね?」


 男は改めて、目の前の男を見た。

 腹に黒いものを抱えた笑みは、やはり好きにはなれない。

 けれど、どうでもよかった。


「ああ。当然だ」


 我々はすでに、共謀者なのだから。


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