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7話 We can't survive any longer living on running away.

祝・四半期1位!!

いつもありがとうございます!!

 ヒカリゴケがわずかに照らす暗闇の洞穴。

 先の見えない斜面をわたしとネルヴァさんは駆け上がる。


 ……来る。


 不意に脳裏に像が結ばれる。

 いる。暗闇の洞穴、その岩陰にヤツが潜んでいる。

 死神だ。命を刈り取るために生まれた亡者が、いまかいまかと手ぐすね引いている。


「Ready, steady――」


 走りながらアサルトライフルを構える。

 狙うは虚空の一点。虚無の先。

 脳内でカウントダウンが始まる。

 4……3……2……1……。


「Fire!」


 予想通りのタイミングであらわれた死神に、出会いがしらの一発をぶちかます。

 狙うは当然、彼の者の手に握られた大鎌である。


 本体を倒せずとも、あるいは武器破壊なら。

 そんな淡い希望も乗せて放った一撃。

 走りながらというのに、射線の一切ぶれない銃撃が鎌と柄の接合部に肉薄する。


 金属音が、湿った洞窟に反響する。

 くぐもった甲高い音が頭の奥で鳴り響く。


 ダメか。

 予想はしていたことだけど、死神の鎌自体も壊せないらしい。


 まあいい。

 これで課せられた使命は果たせた。


「ネルヴァさん!」

「任されたー。……【穿天(せんてん)(しょう)】」


 手に持った武器を攻撃され、死神に生まれたわずかな硬直。その間隙を縫ってネルヴァさんが掌底打ちを放つ。


 ノックバック。

 死神がのけぞった。

 駆け抜けるなら今しかない。

 だから地面を強く踏みしめた。

 目的はひとつ、最短距離を最高速度で走るため。


 だが、そうはならなかった。


 ぞくりと、全身から冷や汗が噴き出す。

 脳裏に結ばれたのは、予想と大きく異なる未来。

 のけぞった死神が空中で姿勢を立て直し、驚き目を見張るわたしとネルヴァさんの首を刈り取る結末だった。


「ネルヴァさん! こっちです!」

「Ren⁉」


 だから、前方に飛び出していたネルヴァさんの手を掴み引っ張り返す。

 わたし自身、前のめりになっていたこともあり踏ん張りがきかない。

 つんのめる、このままだと。

 最悪の状況で最大の隙をさらすことになる。


 だからとっさに、翼を地面に突き刺した。

 鈍い痛みを代償に得た足を使い、後方へと飛び跳ねる。


 暗闇の先で、ニタリと笑みを浮かべる顔があった。


「多分ですけど、あの死神、ノックバック耐性も持ってます」

「うん。いま見て気づいたよー」


 来た道を引き返す。

 駆け上がった斜面を今度は全速力で駆け降りる。

 上りよりずっとずっとスピードが出ているはずだった。

 だけど死神は、つかず離れずの距離を保って追いかけてくる。


「どういうことだと思うー?」

「楽しんでるんでしょう。狩りを」

「だよねー」

「でも、それってさ」


 示し合わせたわけじゃなかった。

 だけど自然と、言葉が重なった。


「「ムカツクじゃんね」」


 わたしは笑った。多分、隣を走るネルヴァさんも。


「じゃあ、やりますか」


 守勢から一転、攻勢へ転じよう。


「でも、どうしようねー」


 プレイヤーからのダメージを無効化できるらしいね、キミ。

 でもさ。


「……落としますか」

「何を?」

天蓋(てんがい)


 人工災害相手だったら、どうかな?


「それ、私たちも死ぬことないー?」

「さっき地底湖に引き込まれた時、横穴を見つけました。落盤を起こすと同時に水中に逃げ込みます」

「できるかなー」

「モチ。わたしたちならね」



 闇色の広がる空洞で、星明りのような光を見た。

 ひと目でそれが、弾丸を打ち込むべき箇所だと理解した。


照準(Lock)


 光に向かって一文字。

 引き金を引いて弾丸を打ち込む。

 まず一発。


発射(Fire)!」


 見上げた先に広がる星空を、懇切丁寧に打ち抜いていく。死神に捕まらないように、走り回りながら。


「【穿天(せんてん)(しょう)】」


 それでも捕まりそうになった時は、ネルヴァさんが助けてくれる。彼女が稼いでくれた時間。無駄にはできない。


 何発の弾丸を打ち込んだだろう。

 不意に、視界が一層真紅に燃え上がる。


 ……ギアの上がる音を聞いた。


 幻聴だ。実際にはモーターなんて、この空洞のどこにも無い。だからそんな音が聞こえるはずがない。

 だが、わたしの耳は嫌な金属音を確かに聞いた。


 それが何の音だったのか。

 考える前に理解する。


 そこに、死神がいた。

 余裕の笑みを消した、決死の顔の死神が。

 その両手で握った大鎌をもたげて、振り下ろそうとしていた。


(――はやい⁉)


 明らかにこれまでとは違う一撃。

 攻撃速度もさることながら、空を裂く音が重い。


 間に合わない。


 予感と実感は、並行して訪れた。

 ネルヴァさんが迎撃にくるより早く、その鋭い鎌がわたしに突き刺さる。


 熱い。

 貫かれた箇所が放つ激しい熱量が、喉から込み上げてくる。


「……【ヒール】」


 傷口に右手を当てて、回復魔法を放つ。

 間一髪、ゲージギリギリのところでHPの減少が踏みとどまる。


 だが、今なお死神の鎌はわたしにつきささったままだ。かろうじて持ちこたえた残りわずかな体力を、余すところなく刈り取ろうと画策している。


「終わり、かな」


 わたしは笑った。

 負けを悟ったから――ではない。

 断じてそんな理由なんかじゃない。


「わたしたちの、勝ちだよ」


 見つめた先にある死神の瞳。

 それが不意にわたしから離れた。

 左右に揺れた視線の止まった先。

 そこはネルヴァさんがいる場所だった。


 チェックメイトだ。

 ネルヴァさんが次の一撃を放てばそれで終わり。

 打ち込んだ弾丸を楔として、この洞窟の天蓋は崩落するだろう。


 もはや仕留めるべきはわたしではない。

 ネルヴァさんの方なのだ。


 わたしが死神ならそうするように、死神に埋め込まれたAIもまた同じ結論を導き出す。

 わたしのもとを離れ、ネルヴァさんの方に向かおうと動き出す。


「逃げないでよ……あなたの相手は、わたしでしょう?」


 だから、わたしは捕まえた。

 わたしに突き刺さったままの大鎌を。


 死神は、そんなわたしから鎌を引き抜こうとやっきになっている。

 HPゲージが目に見えて減少していく。


「あっはは。逃がさないよ」


 インベントリを操作し、わたしは小さなのアイテムを呼び出した。

 その小さな粒をわたしは傷口に埋め込んだ。

 その粒の名は――。


――――――――――――――――――――

パラサイトシード

――――――――――――――――――――

生物に寄生して成長する樹木の種子。

寄生対象のHPを吸い取る効果がある。

――――――――――――――――――――


 これまで数々の強敵を屠ってきたヤドリギの種。

 それを今度は、わたしを苗床として発芽させる。


「せーのっ! 【ヒール】」


 激痛が走り、顔をしかめる。

 傷口を開くように樹木が根を下ろす。


 突き刺さった死神の鎌を飲み込んで。


「……どうよ。これでもう、使い物にならないでしょ。この、鎌はさ」


 瀕死のわたしを代償に、死神から武器を奪う。

 そのうえ、大きくなった樹木は死神の手首まで飲み込んでくれた。

 この神出鬼没の死神を、この場に繋ぎとめられる。

 上出来じゃないか。


「Ren!」

「やって、ネルヴァさん!」

「でも……」

「早く! わたしのHPが持たない!」


 訪れた千載一遇の好機。

 逃す手はない。


「先で、待ってる」


 だからわたしは、親指を立てた。

 古代ローマで、満足できる、納得できる行動をしたものだけに許されたジェスチャー。サムズアップ。


 ネルヴァさんは瞑目すると、おもむろに振り返った。淡く光る洞窟内で、拳を固める彼女の影が浮かび上がる。


「【(しゅう)星突(せいづき)】」


 ――星空が、落ちる。


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