6話 死神からは逃れられない
死神の目を逃れるように水中を移動する。
岩陰に身を寄せ、ゆっくりと、音をたてないように水面から顔を出す。
「濡髪かーわーいーいー」
「誰のせいだと思ってるんですか」
・暗くてよくみえない……!
・俺くらいになればこの画面の明るさでもRenちゃんが見える
・輝度変えてやったから感謝しろ【濡髪Renちゃん.pic】
・謝謝茄子!
・有能
・スクショタイム!
・永 久 保 存
うちの視聴者のファンネーム、いっそ変態さんにしてしまおうか。いややっぱやめておこう。新規参入のハードルが高くなっちゃいそうだし、変態さんたちは喜びそうだし。わたしに気苦労しか残らない。
「ところでー、魅力的な提案があるんだけどー」
ひそひそ声でネルヴァさんが囁く。
耳打ちをするように口を寄せたので、わたしはこの死神から逃れる手があるのかと期待する。
かぷり、と。
耳を甘噛みされた。
「んひゃぁっ⁉ ななな! なにするんですか⁉」
変態! 変態‼ この、ド変態ッ‼
視聴者よりヤバい人がここにいた‼
「絶対、絶対! 絶対に訴えて――」
不意に、視界に影が落ちた。
目の前ではネルヴァさんが口に人差し指を立てている。
いや、遅いんよなぁ。
「あ、死神さん、ドーモで、す……」
目の前で死神さんが、死神の鎌を持って浮揚していた。あ、これまっず。
嫌な予感がして湖の中に潜り込む。
その寸前。
ぶぉんと、風を切る音が頭の上を通り抜ける音を聞いた。
んぎゃぁぁぁぁ! なんでわたしぃぃぃ⁉
・魅力特化の弊害
・案の定ヘイト買ってて草
・やっぱ魅力極振りってゴミだわ
・熱い手の平返しクルー
くぅ!
いくらヘイトを稼ぎやすい種族&ステ振りとはいえ、モンスターからヘイトむけられすぎでは⁉
くっそぉ!
絶対生き残ってやるかんな!
(照準)
アサルトライフルを取り出し銃口を向ける。
弾丸はもちろんイカヅチシード由来の麻痺弾。
まずは死神を痺れさせる。
話はそれからだ。
(発射……!)
アヤタカガさんが改良してくれた新たな弾丸は完全防水性。水中であろうと火薬は湿らず驀進する。
死神のこめかみを狙った一撃は、寸分たがわずに着弾した。
その隙をついて陸地に浮上する。
「ぷはっ、やったか⁉」
一緒に上陸したネルヴァさんがちょんちょんとわたしを小突く。「Ren。Ren」とわたしを呼んだあと、ちょいちょいと虚空を指さす。
いや、指さした先にあったのは虚空ではなかった。
「死神はー、状態異常完全耐性持ちだよー?」
「んあぁぁあぁぁぁぁ⁉ それ早く言ってよぉぉぉ⁉」
膝を抜く。
脱力による重心移動を駆使し、死神の攻撃を間一髪で回避する。
しかし間髪入れずに追い打ちは迫る。
だからそのまま前転して無敵フレームを作成。
死神の攻撃範囲の外への離脱を試みる。
でも、そこまでだった。
ローリング中、ぐるぐると回る世界。
わたしの両目は迫りくる第3撃目を捉えていた。
このままだと、【旋回】による無敵フレームの延長がちょうど切れるタイミングで死神の鎌はわたしの喉を掻き切るだろう。
あ、これ詰ん――
「【穿天掌】」
気が付けば目の前に、拳を突き上げた女がいた。
ネルヴァさんだ。
間に割って入った彼女が、死神の鎌を弾いていた。
「【箒星突】、【双牙】、【三爪】、【四天】、【五行】」
右から左から。
息をのむほど流麗な連撃が、槍の雨のように水平方向から降り注ぐ。
それもそのはず。
彼女は空手道場の一人娘で、全国ベスト8の実績を持つ実力者なのだから。
「【六花叢雲】ってね」
暗闇の洞穴に、雪の結晶のエフェクトが飛び散る。
「ねえみんな見た? わたしなんかよりよっぽど人間やめてる人がいるんだけど。霊体相手に素手でノックバック取ってる人がいるんだけど」
「落ち着いて聞いてねー? 今の連撃、ダメージはゼロだよー」
「へ?」
そんなバカな⁉
あれだけすごいコンボを決めてダメージが通らないなんてことがあるわけ……あるわけ……。
「死神ってねー? 物理攻撃、魔法攻撃、スリップダメージ。プレイヤーからのダメージが全部無効なんだー」
目の前の死神のHPバーは、マックスのまま微動だにしていなかった。
「んなもんどうしろっていうのぉぉぉぉ⁉」
・理不尽の権化
・12時間以上同じマップに滞在しない限り出ない
・ローグライク系で一定ターン経過後に出てくる超絶つよつよモンスターみたいなものか
・マクロ対策らしいよ
「待って、わたしもネルヴァさんも、さっきまでアルテマにいたじゃん! ザンガの地底湖に入って30分も経ってないけど⁉ なんで死神がいるの⁉」
・壁抜けチャレンジで地底湖に向けてぴょんぴょんしてるプレイヤーがおるじゃろ?
・12時間以上跳ね続けているプレイヤーも
・そして座標バグ自体は毎回発生している
・結果死神が地底湖の方に出現する羽目に……
バグ技使ってるやつらのせいじゃん⁉
「Ren、ここで魅力的な提案があるんだけどー」
「ハッ!」
「もうはむはむしないから耳を塞がないで」
悔しいけど、死神から逃げるためには耳に手を当てていられない……! こうなったら誰より早く駆け抜けるしかない!
ってええぇぇぇぇ⁉
瞬間移動したんだけど! この死神!
さっきまで後ろを追ってきてたじゃん!
急に前に現れるな!
「【穿天掌】、こっち」
「うわったったぁ⁉」
いつの間にかわたしと死神の間にネルヴァさんが割って入っていた。急に前に現れるな!
「とまあ? こんな感じでー、他のプレイヤーにヘイトを向けてるモンスターの不意を突けるスキルをー、私は持ってるんだよねー」
ネルヴァさんがこちらに視線を向ける。
なるほど、言いたいことは理解できたかな。
「わたしがヘイトを買い続けて、ネルヴァさんがパリィを仕掛け続けると」
「一蓮托生。その覚悟はあるかなー?」
「……」
あるけど、あるけど……!
「言っておきますけど! わたしの名前の由来は一蓮托生の蓮だけでもないですからね! 勘違いしないでくださいよねっ!」
「照れてるー」
「照れてませんっ!」
なんなんだこの人は!
Renに込めた思いをそうポイポイ読み解かないでほしい!
「もう! やりますよ、ネルヴァさん!」
まずはこの窮地を脱出する。
話はそれからだ。