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5話 ザンガの地底湖

 湿った洞窟を歩いていた。

 入口から差し込む光はとうの昔に豆粒大になり、光源としては当てにならない。

 かろうじて洞窟の輪郭を視認できているのは、岩壁に張り付いたコケ植物のおかげだ。


――――――――――――――――――――

ヒカリゴケ

――――――――――――――――――――

自ら発光する不思議なコケ。

冷暗所を好んで自生する。

――――――――――――――――――――


 光の加減は蓄光ステッカーのそれによく似た、ペールグリーン。柔らかな光が、うっすらと洞窟を照らしている。


「ねー、やだここー。実況向きじゃないんだよね、暗いからさ」


・いつも視界がご迷惑をかけて申し訳ない

・霧、豪雨、濃霧、暗闇←NEW!

・なおこの先にあるのは豪雪地帯……あっ

・ダークファンタジーだから仕方ないね


 仕方ないのだろうか。疑問である。


「あとさ、迷わないように右手を壁に当てて歩いてるんだけどさ、壁自体が湿ってるわけ。おかげで右手がべちょべちょなの」


・よく勘違いされるけど、右手探索でゴールに到達が約束されているのは巡回路が存在しない迷路だけ

・正確に言うと、任意の2地点を結ぶ経路がただ1本に確定される場合のみ

・DAGで表現できるタイプね


「え⁉ そうなの⁉ じゃあわたしはなんのためにこの湿った壁と触れ合ってたの⁉ というかうちの視聴者層数学につよつよじゃない?」


・なんでDAGが数学用語ってわかるんですかね……

・Renちゃん数学にも強い?

・Renちゃん何歳よw

・日本生まれ日本育ちって本当なの?

・実は海外の大学で飛び級してる?


 やば。確かに普通DAGってなにって話だよね。

 ここは、ごまかす。


「年齢はヒミツ! 海外渡航歴もヒミツ! なぜならそっちの方がミステリアスだから!」


・せ、せやな

・秘密だからミステリアス

・力こそパワーの亜種かな

・秘密を着飾れないタイプの女

・脳筋かな


 だれが脳筋だ。だれが。

 これでも大学出てるんですぅ!

 "俺"くんはだけど!


 知識とか経験とかはちゃんと参照できるから実質わたしも大学卒業してるんですぅ!


「ほら、わたしがヒミツを着こなしちゃったらみんなが直視できないくらい美しくなっちゃうから。加減してあげてるんだよね」


・やっぱり脳筋じゃないか

・知的に見せかけて知的じゃない宣言


「ねえもうやだぁ! なぁんでそうみんなしてイジメるの! やだやだぁ!」


 ――ぼちゃん!


「なに、今の音」


 不意に、耳朶を打つ音がした。

 方向は左前方、だと思う。

 洞窟だからだろうか。

 音が反響していて方向を確信できない。


 わたしは手早くメニュー画面を操作すると、インベントリからアサルトライフルを取り出した。アヤタカガさん作成Artemeres' Blessing。わたしの相棒。

 警戒態勢を強めて、息を殺してクリアリングを開始する。


・切り替えwww

・アホの子モードから急にシリアスに変わるな

・Renちゃん多重人格説


 コメントを一瞥し、それから右手を壁から離した。

 左前方に進むために、右手探索を続けるわけにはいかなくなったからだ。

 今現在の地点を脳内にしっかりと刻みつけ、静かに左側の壁に移動する。


 淡く発光するヒカリゴケの内壁。

 そこに、ぽっかりと広がる横穴を見つけた。

 身をひそめながら少しだけ顔を出し、空洞の先をうかがう。


 覗き込んだ先に、湖が見えた。

 湖面は霞でけむっている。


 風のない場所だった。

 しかしよくよく見て見ると、湖面に波紋が立っていることに気づく。

 怪しく思って震源地に焦点を絞ってみる。


「……気泡?」


 そこに、わずかに泡が立っていた。

 何かがいる。それは間違いない。

 問題は、それが何かである。


 空はわたしのフィールドだ。

 翻って、水中は得意じゃない。

 水中でArtemeres' Blessingが機能するかも問題だし、仮に動いたとして水の抵抗は空気のそれと比べて非常に大きい。

 わたしの攻撃力は大幅に減少すると考えていい。


 もし水中に潜んでいるのが魔物なら、水中戦を強要されるなら、苦戦は必至だろう。


 つまり、撮れ高である。


「いいよ、乗ってあげる。どこの誰だか知らないけどさ」


 片足を湖水に突っ込む。

 ひんやりとした感触が伝わってくる。

 湖面を揺らしながら、もう一方の足を出す。

 ぴしゃり、ぴしゃり。

 清らかな湖を静かにわたる。


 一歩、また一歩。

 いつ攻撃されるかと息をのんで近づいていく。

 だが、一向に攻撃される気配はない。


 というより、むしろ気配が薄れていってるような。


「……どこでも寝れるって話は聞いてましたけど、さすがに節操がなさすぎません? ネルヴァさん」


 水中で息をひそめているネルヴァさんがいた。

 なんか首を振りながらこっちに手を伸ばしている。

 仕方ない、すくいあげてあげるか。


「せーのぉぉぉぉ⁉ なんで引っ張るの――⁉」


 どぷんと音がして、わたしの体が水中に落ちる。

 やめて! 羽が濡れると飛べなくなっちゃう!

 出してぇぇぇぇ!


「んぐぐっ⁉」


 なんで口塞ぐの⁉

 こんな水中に潜んでいられるか!

 わたしは帰させてもらうぞ!

 だからその手を離しなさい!


 バタバタともがくわたしに対し、ネルヴァさんは唇に人差し指を当てた。それからちょんちょんと水面の方を指さす。

 つられて、わたしは顔を向けた。

 淡く光るコケが、湖面から優しく降り注ぐ。


 その中央に、それはいた。


 擦り切れた漆黒のローブ。

 白骨化した長い手足。

 その手に握られているのは、命を刈り取る形をした両手鎌。


・死神⁉

・死んだwww

・死神ってなに

・ランダム徘徊モンスター

・出会ったら最期

・ガチ攻略組が10秒と持たずに壊滅した相手

・ヤバすぎ


 数々のプレイヤーを絶望に叩き落としたというバランスブレイカーが、そこにいた。


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