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3話 Ren

 鉱山都市アルテマを出てすぐに広がるザンガの草原には、敵性Mobのゴブリンが出現する。

 小ぶりながらも醜く恐ろしい鬼。

 初めて見た時の感想はしかし、今や反転していた。


「Ren。助けてー」

「それは今まさに羽交い絞めにされているゴブリンを? それともネルヴァさん次第で首をへし折られる状況のゴブリンを?」


 今その鬼は、ネルヴァさんに命を握られていた。

 抱くはわずかに憐憫の情。

 あわれゴブリン、小柄な鬼よ。


「もうそれでもいいよー」


 ちなみにユノさんは鉱山都市に置いてきた。

 騙されたと分かってぷんぷん状態のネルヴァさんに縛り上げられていた。

 ざまぁ味噌漬け鮭茶漬け。


 しかしまあ、そのおかげでこの戦いに割って入る人がいなくなってしまった。わたしが手を出さない限り、このゴブリンは永劫という牢獄の中で苦しみ続ける羽目になるだろう。


 これ以上は見てられない。

 わたしはインベントリからアサルトライフルを取り出すと、静かに射線を合わせた。ゴブリンのおでこに。


 照準(Lock)


「いま楽にしてあげるね」


 人差し指で引き金を引く。

 火薬の炸裂する音が鼓膜に尾を引いて、吸い寄せられるようにゴブリンの頭蓋に邁進する。


 発射(Fire)


「こうして勇者Renの活躍によって、(とら)われの姫ネルヴァは助け出されたのでした。めでたしめでたしー」

虎我(とらわれ)の姫……?」

「Ren、なんかイントネーションおかしくない?」


 おかしくないと思う。


「というわけで今回の配信はここまでー。みんな見に来てくれてありがとうねー」

「え、ちょネルヴァさん?」

「ほら、Renもあいさつしなよー」

「え、あ、はい。お相手は姫天下(ひあも)る木の姫籬(ひもろぎ)Ren(レン)でしたっ! アスタ・ラ・ビスタっ」


 配信切るの早いなー。

 あ、そっか。わかったぞ。

 多分寝てたところをユノさんに叩き起こされたね?

 また寝るつもりなのかな。


「Renも配信切ったー?」

「いいえ? わたしはもうちょっと配信続けるつもりです」

「切ってー。Renとふたり切りでお話がしたいなー」


・がたっ

・密談⁉

・いったい何が起こるんです?

・告白か⁉


 のんきかな? みんな。

 目の前にいる女性の目力が見えてないのかな?


 これは獲物を狩る虎の目だ。

 虎視眈々と機を待ち続ける捕食者の眼力だ。

 獲物が間合いに入るや否や牙と爪で仕留める、そんな強い意志を灯した瞳をしている。


「や、ほら。スパチャ読みするって約束してるんで……」

「もっちーが言っていたよ。『配信の内容が変わるなら、一回枠を取り直した方がいい』ってねー」

「ぐうの音も出ない正論」


 そりゃ同じ口から出た言葉だもん。

 反論のしようがない。


・おつかれー

・また来るねー

・次枠待機し続けるよー

・あすたらびすたー


 しかもコメント欄がバリバリネルヴァさんに影響受けてる……っ!

 安直に語尾をのばさないの!

 なぜか見捨てられた気分だよ。


「じゃあ、もう一回枠取り直しますね。アスタ・ラ・ビスタっ」


 手を振ってから、メニュー画面を操作して配信を切る。

 それからぺちんと頬を叩く。

 ひさびさの胃痛タイムだ。

 よっし、気合入れていくぞ!


 右の拳を目の高さに、左の拳を顎の高さに構えたわたしを、ネルヴァさんは冷ややかな視線で撃退した。


「で、話って何ですか。ネルヴァさん」


 構えを解いて問いかける。


「他人行儀はやめよー?」

「いや、わたし基準だとわりとフレンドリーな範囲なんですけど……」

「そう。じゃあ、出てきてよ」


 ネルヴァさんが言う。

 こめかみを、トントンと叩きながら。


「いるんでしょ? もっちー」


 息をのむ。

 この人、やっぱりわたしと常盤(ときわ)(もち)が同一の魂だと気づいている?


 いや、まだわからない。

 単に鎌をかけられているだけかもしれない。


 不安を見せるな。焦りを悟られるな。


 ――ぱちん、ぱちん。


 心に付属する感情モジュールを切り離す。

 これで、平常状態のわたしの完成だ。


「ネルヴァさん寝不足なんですか? わたしと常盤さんは――」

「別人とは言わせない。他の人が気づけなくても、私は知っているよー。もっちーが精神モジュールを換装して疑似人格を作っていることも、その癖も」

「そうなの?」

「とぼけなくていいのにー」


 ちょっと"俺"くん?

 聞いてないけど?

 いつネルヴァさんにそんな話したわけ?

 記憶にまったくないんだけど?


 ブラフ? にしては核心に迫りすぎている。

 やっぱり、確信している……?


「もっちーは言ったよね。『常盤(ときわ)(もち)は故人の名前だ。丁重に扱ってくれ』って」


 その記憶は、きちんと残っている。

 あれは引退するかどうかを真剣に考えて、同期のネルヴァさんに相談を持ち掛けた時のことだ。

 彼女は言っていた。


『もっちーが辞めたら、常盤語録はどうなるの?』


 常盤語録。

 それは彼女が折に触れて使う「もっちーが言っていたよー」から始まる迷言(めいげん)シリーズのことである。

 大半は「言ってねえよ」な言葉だが、その虚実入り混じった言い回しは彼女の武器だった。視聴者からの需要があった。


 ……気づかなかったわけじゃない。


 それが彼女なりの引きとめだったことも。

 "俺"くんの意思を尊重した言い回しだったことも。


「だから、さ。使わないように、してたんだよー? 口にしたら、もっちーがいなくなったのを、認めちゃうような、気がして」


 つー、と。

 ネルヴァさんの頬を伝う雫があった。


 "俺"くんの引退を機に、彼女が語録を使わなくなったのは知っていた。

 だけど、その真意までは気づいてなかった。


 てっきり、過去と決別するためかと思っていた。

 逆だったのだ。打ち捨ててなんていなかったんだ。


「もっちーが言っていたよー。『未練という字は未だ精錬されずと書く。断ち切ったつもりでも、鈍刀(なまくら)で過去は断ち切れない』ってね」

「未練の練が精錬の錬じゃないって気づかなかった事件は忘れてあげて」

「ちなみにこの切り抜きは私がサブアカで投稿した」

「あんたか!」


 人の黒歴史を嬉々として拡散するな。


「恥ずかしがらなくてよくなーい? だから、あなたも名乗ってるんでしょ? ――未だに、Renってさ」


 ……少し、口をとがらせる。

 それが、ネルヴァさんに対する答えである。


 ネルヴァさんはそれで満足したのか、口元を緩めた。


「わたしから言えるのは、ひとつですね」


 ゴブリンを討伐したまま構えっぱなしだったArtemeres' Blessingを天に掲げる。

 それからわたしはおもむろに振り返ると、後方にある茂みに銃口を構えた。


「盗み聞きはよくないですよ、ユノさん」

「みぎゃ――っ」


 パァンと心地よい音がした。

 次の瞬間、茂みから零れたポリゴン片が空中に溶けていく。

 グッバイストーカー。また会う日まで。


「おかえり、もっちー」

「人違いじゃないですかね。わたしがRenを名乗った理由は、他にもあるんで」


 Artemeres' Blessingをインベントリにしまい、翼を広げる。

 だいぶ時間食っちゃった。

 次に進まないと。


「ああ、でも」


 羽ばたく前に、言っておくことがある。


「会えてうれしかったですよ。たとえこういう形でも」


 言い切ると同時に、わたしは空へと飛び立つ。


――――――――――――――――――――

【フレンド申請】加賀美(かがみ)ネルヴァ

――――――――――――――――――――

【ひとこと】

答え言ってるようなものだよー

――――――――――――――――――――

承認しますか? 【Yes】/【No】

――――――――――――――――――――


 去り際に投げつけられたフレンド申請を、わたしは振り返らずに許諾した。


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