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2話 Synthe/Live

 写真立ての飾られた机を見て、ああ、これは夢だなと俺は思った。

 配信グループのメンバーと撮影した画像はすべてクラウドサービス上に分散して保存していて、現像した写真は一枚たりとも手元に残していないのだから。


 Synthe(シンセ)/Live(ライブ)

 かつて所属していた事務所で、メンバーと並んで撮った1枚。

 隣に並ぶのは夜見坂(よみさか)ユノ、ではない。

 彼女はいわゆる2期生で、その写真は1期生のメンバーと撮ったものだった。


 どうして今になってこの写真が夢に出てくるんだろう。疑問に思い手に取ってみると、目を開けていられないほどまばゆい光が襲い掛かった。反射的に目を閉じる。




「もっちーさ、なんで配信者になったのー?」


 目を開くと、俺は写真の中にいた。


 呼気をひとつ。

 意識のスイッチを切り替える。


 ――"お前は誰だ。お前は何者だ"


 俺は常盤(ときわ)(もち)

 Synthe(シンセ)/Live(ライブ)所属の配信者(ストリーマー)だ。


「医者になれるほど頭がよくなかったから」

「んーと?」


 的外れな回答に、素っ頓狂な顔を晒す女性――加賀美(かがみ)ネルヴァ。

 彼女は俺の同期だった。俺が辞めるまでは。


「人ってさ、死ぬんだよ。でも、人の命を救う天命を背負った人もいるんだ。俺も、そういう人になりたかった」


 まぶたを閉じれば、いつだって鮮明に思い出せる光景がある。年の齢は11。家族の死と直面したあの晩秋の一夜。


「でも、医者になれるほど頭はよくない。警察官や消防士になれるほどの運動神経もない。そんな時にさ、出会ったんだ」


 Vライバーという存在と。


「知ってるか? 『このコンテンツは万病に効く』、らしいぜ」

「もっちーも冗談言うんだー」

「冗談じゃないけどな」


 絶望は人を死に至らしめる病である。

 俺も、そうだった。


 生きる意味も死ぬ理由もわからない。

 荒廃した精神世界で独り在る。

 そんなときだった、画面の向こうで輝く魂を見たのは。


「死ぬには惜しい」


 あの日、俺は配信に魅せられた。


「誰かにそう思わせることができたらさ、その時は、胸張って死ねると思わねえ?」



 拝啓、"俺"くんへ。

 わたしは今、絶体絶命のピンチに陥っています。

 助けてください。


 ちょっと、なんでこんな時に限って寝てるの⁉

 無理、無理だって!

 わたしにこのふたりを相手するのは!


「こんゆのー。Synthe(シンセ)/Live(ライブ)所属のVライバー、夜見坂(よみさか)ユノですっ!」

「どーも。同じくSynthe(シンセ)/Live(ライブ)所属のVライバー、加賀美(かがみ)ネルヴァ。よろしくー」


 パンドラシアオンライン、始まりの町、鉱山都市アルテマ。その中央広場は今、人でごった返していた。

 立ち並んだ人々の目的は明白。

 有名Vライバーの配信を直で目撃するためだ。


 ひとりは夜見坂(よみさか)ユノさん。

 "俺"くんを何故か慕ってるかつてのメンバー。

 そしてもう一人は、"俺"くんの同期。

 半目でけだるげな表情とサナギモチーフの衣装が特徴的な加賀美(かがみ)ネルヴァさんだった。


 キツイって!

 ユノさんだけでも厄介なのに、なんだかんだ一番コラボ回数が多かったネルヴァさんまで来るってどうなってんの⁉


「加賀美さんは急遽かけつけてくれました!」

「ん。もっちーが言ってたからね。『懸念があるとすれば、俺がいなくなった後の常盤荘(ときわそう)だ』。不埒な輩から常盤荘(ときわそう)を守るのは同期の使命だしー」


 ユノさん! あんたの仕業か!

 過眠症のネルヴァさんが出張ってくるとはどういう了見かと思ったら、猪口才な!


「あの、ネルヴァさん。それユノさんと黄泉(よみ)(たみ)が勝手に言ってるだけですので……」


 あ、ちなみにわたしも配信中。


「あ、どうも。一般通過のオタクです。気軽にRenって呼んでください」


・わーい

・待ってました俺の唯一の楽しみ!

・どうも、一般通過のオタクのオタクです

・自己紹介が雑w

・初見

・苗字なんて読むのー?


 さすがにコラボ配信をすると初見さんが多い。

 いや、初見さんが来てくれるなら構わない。

 むしろウェルカムだ。


 問題は、この中に常盤荘(ときわそう)出身の視聴者がどれだけいるかという話である。


 "俺"くんを知っている人が多くなればなるほど看破されるリスクは上がる。"俺"くんをよく知るVライバーふたりに、常盤(ときわ)(もち)を知りうる視聴者。

 言葉にするなら四面楚歌である。


「Ren。常盤荘(ときわそう)の名を継ごうとしてるって聞いたよー。本当?」

「嘘です」

「証明できるー?」

「わたし、鏡餅推しなんです」


 鏡餅。それはネルヴァさんと"俺"くんのユニット名である。そのファンだと公言した意図は「敵対するつもりはありません」だけど、果たしてどう出るやら。


「ユノ。こんないい子が陰謀を企てるはずがない」


 うわぁ、チョロい。

 なんだこの牙城、簡単に崩れるぞ。


「待った! 被告人は姫籬(ひもろぎ)姓を名乗っています! 神籬(ひもろぎ)とはすなわち神が宿る木のこと。先輩の常盤(ときわ)は常緑樹の(さかき)に由来するもの。神の木である常盤先輩を意識した名前であることは明白です!」


 うえぇぇぇぇっ⁉

 ユノさんがめっちゃ真実に迫ってる!


「異議あり! わたしの字は神ではなく姫を宿す名前です。常盤(ときわ)(もち)さんの名を借りるなど恐れ多い! そんなわたしが何故『荘』の一字を継承しようなどと思うでしょうか! いや思わない!」

「異議を認めるよー」


 通っちゃったよ。緩いなこの人。

 微妙に字面を変えててよかった。


「ぐっ、本当にああ言えばこう言う……!」

「だって言わなきゃ不都合じゃん」

「ふっ! 掛かったね! その言い回しをするのは……、あれ?」


 んー?

 どうしたのかな? ユノさん。

 まさかわたしが"俺"くんみたいに「Forever for you」と言うとでも?


 甘い! 甘すぎるよ!

 ローヤルゼリーより甘い!

 食べたことないけど!

 食べたことないんだっけ?

 あれ?


「……もしかして、本当に他人?」


 おっと?

 なんか考えてる間にユノさんがドツボにはまってる。

 何かよくわからんけどネルヴァさんナイスゥ。

 さすが"俺"くんと一番コラボ回数が多いVライバー。

 わたしとも息ぴったりってわけだ。


「まあまあ、茶番はこのくらいにしてー」


 気が付くと、ネルヴァさんから肩に腕を回されて、がっしりと掴まれていた。

 あれ、え、ちょっと、あの、え?


「Renとはもうちょっと話したいなー。いいよね?」

「……は、はい」


 なんか有無を言わせぬ凄味があった。

 普段は気の抜けた様子の半目が、いまは抜き身のナイフのような鋭さを放っている。


(ユノさんの疑いの目を潜り抜けたと思ったら、今度はネルヴァさん相手に怪しまれてーら)


 拝啓、"俺"くんへ。

 もう正体がバレてるかもしれません。

 助けてください。


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