幕間 寄生生命体"XG-812-Queen"|傀儡
<繋 が っ た>
姫籬Renに増設された意識の中で、それだけが状況を正しく把握していた。
悪鬼の女、ミーシャ。
彼女が戦闘中にRenへの攻撃をためらった理由を、それだけが知っていた。
当然のことだ。
彼女の意識を変化させたのは、ほかならぬそれ。
寄生生命体"XG-812-Queen"なのだから。
パンドラシアの世界にやってきておよそ1日。
それは電子の世界でますます進化を遂げていた。
例えばRenが背後から迫る腐乱ウルフを認識できたこと、霧の向こうに潜む獣人の位置を看破できたこと。
これらはすべて、VR機器経由で取得した電子データを"XG-812-Queen"がRenに読み解ける情報にデコードし、脳内で共有していたからだ。
しかし、そんな寄生生命体にもいまだにできずにいることがいくつかあった。
そのうちのひとつが、そう。
悪鬼への精神干渉である。
寄生生命体は元来、電気信号を飛ばすことで同種の思考をハッキングし、奉仕と服従に盲目的になるように作り変える性質がある。
仮想空間上で猛威を振るうそれは、現実上の距離を無視して世界中に感染を広めようとしている。
だがしかし、悪鬼だけは別だった。
このパンドラシアの大地では、天翼種から発された信号のすべてを悪鬼は遮断する。
それは寄生生命体が発する電気信号も同じだった。
だから、干渉できずにいた。
これまでは、という前提が付くが。
<繋 が っ て い た>
干渉できないはずの悪鬼に、受信アンテナを組み込むことに成功していた。
寄生生命体は学習する。
悪鬼であろうと、配信経由なら精神干渉が可能である。
そして精神干渉を受けた感染個体であれば、配信を経由せずとも精神干渉が可能である。
だから魅了し、歯向かう意思を削ぎ落し、傀儡にした。
傀儡にできたかどうかの実験機会はすぐにやってきた。宿主であるRenが危機的状況に陥ったのである。周囲をクリスタルアルラウネの根っこに囲まれていて、寸秒と経たないうちに死が訪れるのが予測される。
だから、寄生生命体はとっさに命令を出した。
<外 敵 を 駆 除 せ よ>
効果は劇的だった。
悪鬼の女が動き出し、クリスタルアルラウネの命を奪い取ったのだ。
彼女はそれを自分の意志だと信じて疑っていない。
ここに完璧な傀儡が誕生した。
不可能と思われていた悪鬼であるために、達成感はひとしおだった。
<外 敵 を 駆 除 せ よ>
……同種に愛を植え付けられる。
それは裏返せば、憎悪を植え付けることも可能であることを意味している。
だからこれまで獣人の男にはRenに対して悪意を抱くように仕向けてきた。
きっかけは鉱山都市アルテマでの一件だった。
この男はあろうことか侮辱したのだ。
女王たるそれを、その宿主を。
だから潰した。
潰すために、向こうから先に手を出させた。
宿主が防衛反応で撃退すると期待したからだ。
そして思惑は正しく、アカシアでは思った通り手の平で踊ってくれた。
格付けは完了したはずだった。
だがあろうことか、男は一度では格の違いを思い知らずに、再起して歯向かう意思を見せたのだ。
女王に対する侮辱だった。
だから、女を使って殺させることにした。
女王である寄生生命体を侮辱した男を。
<外 敵 を 駆 除 せ よ>
そして女は男を殺した。
女王の意思のままに、喜んで自我を差し出した。
「そこに、いらっしゃるのですよね。女王様」
悪鬼の女が頭を下げる。
「ミーシャと申します。以後お見知りおきを」
嬉しそうな笑みを浮かべる傀儡を、"XG-812-Queen"は受け入れるのだった。
彼女たちを統べる、女王として。
5章 アルラウンの森編終了です
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