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9話 結実するメッセージ

 俺は秘密の園シークレット・ガーデンに引き返していた。

 もちろん、ミーシャはザンガの草原に待たせたままである。

 ついでに言うと、俺はRenみたいに配信の切り忘れをしない。尾行が無いのも確認した。Renも見習えよな。


「アルラウンの森、ですか」

「そうそう。害悪プレイヤーに焼かれたから再興しようと思うんだけど、樹木の種類とかわかる?」

「はい! だって、アルラウンの森出身ですから!」

「え?」


 え?


「アルラウンの森って、アルラウネの集落ですよね?」


 店員ちゃんがこくこくと首を振る。


「人も住んでるの?」


 店員ちゃんはふるふると首を振る。


 うぇい。ちょっと待ってもらっていい?


「店員ちゃんって、人間、だよね?」

「あ、はは……それは、その」


 店員ちゃんは、気まずそうに頬をかいて視線を下にそらした。


「アークアルラウネ、です」



 精神世界でRenが「ネタバレするな!」って怒ってるけど聞こえないフリをしておこう。町を出て、配信を再開して、ミーシャとの通信網を構築する。


「ねぇRenちゃん。あたしは何をすればいいの?」

「種植えとMPポーションの倉庫」


 俺のインベントリは弾丸と素材でバカみたいに容量食ってるから、回復アイテムに割くスペースが最低限しかないんだよね。

 あとついでに金が無い。

 いやさっきまではあったんだけど、秘密の園シークレット・ガーデンでバカ買いしたらあっという間に底をついた。

 すまん、Ren。また金策頑張ってくれ。


 というわけで。


「【ヒール】、【ヒール】、【ヒール】」


 植物の種を植えては【ヒール】を唱えてを繰り返す。んひぃ、広いぃ。作業ゲー楽しいなぁ。は?


「Ren? おぬし、何をしておるのじゃ」

「族長様、無事だったんですね。見ての通り、植樹中です」

「おぬし、急に大人びたか?」

「わたしぃ、むずかしい日本語わからなぁい」


 こんなんじゃなかった気がするな。

 まあいいや。


「ほらほら、族長様も見てないで。一緒に取り戻しましょう。アルラウンの森を」

「しかしじゃな……」

「大丈夫ですって! アルラウネがここで過ごした時間ってのは、この地がきちんと記憶してますから!」

「何を言うておる?」

「いいからいいから! はい! これをあっちから順番に植えていってくださいね!」


 インベントリからアルラウンの森に存在する植物の種を取り出し、族長様に渡す。

 族長様は少しの間何かを考えているようだった。


「皆の衆! 今一度ここにアルラウンの森を取り戻す! 余力のある者は種植えに尽力せよ!」


 しかし思案は短い時間のことで、すぐに一族総出で種植えに動き出した。


「Renよ。すまぬの。おぬしのくれた水鳳仙(みずふうせん)()のおかげで誰一人としてかけることは無かったのじゃが、みなアルラウンの森がなくなったことに気を病んでおっての。この度の申し出、心より感謝するぞ」

「……いえ、元はと言えば俺のせいですし」

「それでもじゃ」


 しかし、そうか。

 誰も死なずに済んでいたのか。


 ――"Ren、お前が持ち込んだ水鳳仙花のおかげで無事だったらしいぞ"


 心に問いかけてみるが、答えは返ってこない。

 まだ落ち込んでいるのかもしれない。


 ――"わたしの感情モジュールを、切り離してくれたらいいのに"


 いや、普通に聞いてたらしい。

 落ち込んでいるというよりか、ふてくされてる感じか。


 ――"やめとけ。取り返しが効くことは取り返す。そうしていかないと、心はどんどん弱くなるぞ"

 ――"それは、先輩(・・)の経験則?"

 ――"……さてな"


 それっきり、Renから話しかけてくることは無かった。俺も、これ以上答えるつもりはなかった。



「これで、ラストォ! 【ヒール】ッ!」


 ゲーム開始2日目の半日以上を費やした。

 長く苦しい道のりだった。

 だが、ようやく最低限の復興を果たせた。

 この、アルラウンの森の!


 達成感が溢れて、そのまま仰向けに倒れた。

 柔らかな大地が俺を受け止めてくれる。


(すげぇきれいな星空)


 都会からは見られない。

 墨色の川に銀砂を散りばめたように、満天の星々が輝いている。

 手をのばせば届きそうなほど、まばゆく。


「やったねー! Renちゃぁぁぁん!」

「ごぶっ⁉ おまっ!」


 油断していたところにボディプレスを受ける。

 ミーシャだった。

 こいつ……!


「ミーシャ、よかったのか?」

「んー? なにがー?」

「や、お前攻略組だったんだろ? こんなに長時間レベリングサボったら、もう追いつけないんじゃないか?」


 森の再興中にも、なんどかWorld Newsが届いた。

 【厄災】討伐や新たなセーフティタウン開放の話もその中には含まれていた。

 そしておそらく、ミーシャはもともとそっち側の人間だ。


「んー、あたしは別に。ユウくんが頑張ってたから一緒にやってただけだし。気質的にはエンジョイ勢なんだよね、本当は」

「エンジョイ勢……?」


 スカルロード相手にバチバチやりあってるのを見た限り、尋常じゃないプレイヤースキルだった気がするけど。どう考えても攻略組のそれだったけど。


「効率重視のプレイって言っても、ユウくんのやり方はちょっとついていけないなって思うところもあったし、アルラウネさんたちを放っておくのもバツが悪いし、それに――」


 ついていけないって思ってたの?

 もうわかんない。


「Renちゃんと一緒にいられたし! えへへ」

「はいはい」

「あはんっ! 塩対応! でもそういうRenちゃんを独り占めできるのが嬉しいっ」


 大丈夫かな、この子。

 放送を見て好きになったってことはRenに惹かれたはずで、俺とは違うはずなんだけど。

 気づいていないのか、それとも俺の人物像(テクスチャ)模倣(トレース)の精度が低いのか。

 後者だとしたらまずいかもなぁ。


「さて、と。最後の仕事をやりますかね」


 上に乗っかるミーシャの首根っこをつかんで横に下ろす。それから立ち上がると、ひとつの植物の種を取り出した。


――――――――――――――――――――

エクシード

――――――――――――――――――――

発芽したときに周囲の環境を学習する種子。

溶岩地帯で育てば火花を散らし、

湿地で育てば蜜を多分に含むようになる。


【交配】

パラサイトシード × メモリーフラワー

――――――――――――――――――――


 それから、あの子にあげた花冠も。


「ルウラ。思い出せるよ、きっと」


 Renは適当に花を選んだつもりだったらしいけど、俺は花冠を作る際にどの花を選んだかを知っている。


 メモリーフラワー。

 花開いている間に起きた出来事を記録する性質のある草花。エクシードの素材にも用いるこの花を、あいつは無意識のうちに選択していた。


 だったら、それが外部メモリーになってくれるはず。

 そう信じて、花冠を地面に置き、その中心にエクシードを植えた。


「戻ってこいよ、【ヒール】」


 まず最初に、顔をのぞかせたのは根っこだった。

 芽よりも先に、根っこ。

 それが意思を持っているかのように動き出し、這い出るように顔を地表に持ち上げた。


「キュ」


 そこに、魔物がいた。

 アルラウネだった。


――――――――――――――――――――

天華乱墜(てんからんつい)】発動

――――――――――――――――――――

Renの魅力に応じてルウラの能力大幅上昇中。

――――――――――――――――――――


 ポップアップしたのは、そんなウィンドウ。

 その一文に、目が釘付けになる。


 そして、ブツンと。

 ()の意識が体から切り離される。


「……ルウラちゃん?」


 理由は簡単。

 Renが、俺から体の所有権を奪い取ったからだ。


 どうして引きこもっていたRenが、不意に顔をのぞかせたのか。それも簡単な話だ。


「ルウラちゃんなの?」


 俺もRenも、目の前のアルラウネに名前を付けていない。

 だがゲームシステムは、間違いなく目の前のアルラウネをルウラと認識している。


「キュ! キュキュ!」


 ルウラがRenにじゃれている。

 その様子は、間違いなくあのルウラだった。


 ――"Renの願い通り、思い出してくれたんだぜ?"

 ――"わたしの、願い?"


 戦闘中、Renは何度となく叫んでいた。


『ルウラちゃん、わたしだよ。思い出して』

『わたしは知ってるよ。ルウラちゃんが優しいことも、本当はこんなことしたくないってことも、全部。だから、ね? もう、やめよう?』

『思い出してッ』


 その強い思いが、やはり結実したのだ。


 ――"掛けてやる言葉が、あるだろ?"

 ――"うん……うんっ! そうだね!"


 瞳からあふれた雫を拭い、Renが口を開く。


「おかえり! ルウラちゃん!」


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