7話 堕ちたミーシャ
撃ち出された弾丸が男の額に吸い込まれていく。
動かない男とは対照的に、弾丸の勢いは凄まじい。
音すら置き去りにして、空気の壁さえ貫いて、唸りを上げて駆けていく。
着弾。
男の上体がのけぞる瞬間を、この両目ははっきり捉えていた。
討ち取った。
確実に殺した。
そんな予感を、しかし結果は裏切った。
上体をもたげ、男が「くくく」と笑う。
まさか避けたとでもいうのか。
否、着弾の瞬間、確実に音が弾けた。
間違いなく弾丸は男の額に突き刺さったはずだ。
「正確すぎるヘッドショットってのも困りもんだなぁ? 天翼種さんよォ」
「鉢金か」
男が額を指で叩くと、固い音がした。
ずいぶん分厚い鉛板でも仕込んでるんだな。
「卑怯とは言わせねェぞ?」
「言わねえよ。鉛でも鋼でも好きに使え」
「あまり、調子に乗るなよ? スカルロードもいないお前に何ができるッ! 【影縫い】!」
男がこちらに手を掲げてスキルを叫んだ。
だから俺は足元に手をかざした。
発する言葉はひとつでいい。
「【ヒール】」
俺の手から放たれた光弾は、足元に広がる影を掻き消した。影というリソースを失ったバインド攻撃が、技と成る前に消失する。
「なっ⁉ 回復魔法の発光エフェクトで影を打ち消したのか⁉」
俺は答えない。
なぜなら奴が驚愕している瞬間には、既に次の一手に移っていたからだ。
カートリッジを切り替え、照準を絞る。
「追い打ちが遅い」
「くっ、ヘッドショットは無駄だと――」
男は言い切る前に頭部を動かしていた。
真一文字に突き進んだ弾丸が、男の後方に直立していた樹木にぶつかる。
弾痕がバチバチと紫電を弾く。
当たれば必殺だったんだがな。
当たらないなら仕方ない。
「くそッ、ミーシャ! 連携攻撃だ!」
「ユウくん、でも」
「何をためらっている! また殺されたいのか?」
「……わかった」
悪鬼の女が渋々といった様子でこちらに剣を向ける。
……邪魔だなぁ。
「邪魔をするな」
不思議な声が出た。
違和感を覚えて喉に手を当てる。
そこにはやはり、喉仏の無い喉があるだけだ。
変化があったのは、悪鬼の女の態度だった。
「はい。仰せのままに」
「「は?」」
そんな声がして、俺と獣人の声が重なる。
ちょっと待てと言いたいことがみっつある。
ひとつ、なぜ敵対関係にある俺の言葉を素直に承諾している。
ふたつ、どうして天翼種の声を悪鬼のお前が聞けている。
みっつ、お前そういう口調じゃなかっただろ。
わけがわからん。
けど不都合があるわけじゃない。
いったんは後回しだ。
Artemeres' Blessingのセレクタをフルオートに変更し、トリガーを引く。
「射撃!」
秒間20発の麻痺弾射撃。
反動によって照準の定まらない連射攻撃。
ランダム性の高いこの攻撃を読み切り全弾回避するのは不可能だ。
「ぐああぁぁぁぁっ⁉」
そしてただ一発だけでも当たれば構わない。
その瞬間に俺の勝利は確定する。
「照準」
カートリッジとセレクタを再度切り替え、銃口を男に向ける。額がダメでも替えは無数にある。
「くそがッ! なんなんだよ、なんなんだよお前ッ! どうしてボクの邪魔ばかりするんだッ!」
「お前が俺の前に立ちはだかるから」
「ふざけるな……! それだけの理由で殺すのか? お前には人の心がねェのか‼」
「人の、心ね」
男の額から、銃口を少しずつ下げていく。
正中線をなぞるように、照準を移動させる。
眉間、鼻の下、顎、喉仏。そして、みぞおち。
そこでぴたりと固定した。
「お前の在り方を『人の心』と呼ぶのなら、俺は悪鬼羅刹で構わない」
炸裂音が耳をつんざく。
撃ち出された弾丸が、鼓膜を叩いたのだ。
麻痺状態の男に回避する手立てはない。
だが、弾丸は届かなかった。
前触れなく虚空から現れた鉄塊に、行く手を阻まれたからだ。
「インベントリから鉄塊を呼び寄せて盾にしたか」
小癪な真似を。
そっちがその気なら、合いが効かない方法で詰ませてやるよ。
麻痺による硬直をいいことに、ひたひたと間合いを詰める。背中から撃ち抜いてやる。
「ミーシャ! フォローだ、助けてくれ」
満足に動かない体で、男が悪鬼の女にすがる。
「頼む……」
その言葉を受けて、悪鬼は男に歩み寄った。ゆっくりとした足取りだったが、元が近い場所にいたために俺より先に男のところにたどり着く。
彼女が剣の柄を握り直す。俺と対峙する。
そしてその白刃の太刀を、振り下ろした。
振り返った先、獣人の男に向かって。
「が……っ、なん、で」
「女王の意思のままに、だよ。ごめんねユウくん」
「何を、言って……」
俺は目の前で起こった状況が理解できなかった。
仲間割れ? でもどうして?
何が起こった。
「そこに、いらっしゃるのですよね。女王様」
「……は?」
天翼種を見えないはずの悪鬼が、しっかりと俺の目を見ていた。
自然、Artemeres' Blessingを握る力が強くなる。
構えた銃口が震える。狙いが定まらない。
恐れているのか? この女を。
理解の範疇を超えた存在を。
「ミーシャと申します。以後お見知りおきを」
そう口にする女は、嬉しそうな笑みを浮かべていた。