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6話 ――"お前のせいじゃない"

 間違いではなかった、と言える。

 論理的にも、感情的にも。


 論理的とはすなわち森林火災を止めるために人手が必要という話であり、感情的とはすなわちルウラちゃんの悲しむ顔を見たくないという話である。


 一番納得いく選択のはずだった。

 後で振り返っても間違いじゃなかったと、胸を張って言える選択のはずだった。


 だが結果は――凶と出た。

 他の何より守りたかった子が、苦しんでいた。


「ギュルルァ! グギガッガガァ――ッ‼」

「くっはは! そうだ……魔物の本性を見せて見ろッ! お前らの潜在能力はそんなもんじゃねえ!」


 瘴気だ。

 見るだけで吐き気を催すようなどす黒い煙が、ルウラちゃんの全身から噴き出している。

 全身を炙られているかのように身を搔きむしり、断末魔のような雄叫びを上げている。


「お前……何をしたの」

「くっくっく。【禁忌(きんき)(やく)】は知ってるか? 簡単に言うと、魔物を強制的にレア種へ進化させる劇物だ」

「まさか、そんな危険なものをルウラちゃんに⁉」

「くっはは! 野生のレア種はレベルが高く討伐が難しいが、雑魚をベースにすれば進化後も雑魚! 効率よく希少素材を手に入れられるっつうわけだ」


 男が手を振り払う。

 しがみついていたルウラちゃんが振りほどかれ、二度三度地面を転がる。


「くくく、天翼種(リベルタ)さんよォ。そいつは狂暴な魔物だぜ? とっとと殺した方がいいんじゃねえか?」

「違うッ! ルウラちゃんは人を傷つけられるような子じゃないッ‼」


 転がったルウラちゃんのもとに駆け寄る。

 彼女の苦しみが少しでも和らげば、そう願って【ヒール】を掛け続けた。

 掛け続けた声が、不意に途切れる。


「……ぇ」


 首筋に、巻き付く植物があった。

 いや、巻き付くなんて表現は生易しい。

 花を摘み取るように、茎を手折るように、頚椎をへし折らんばかりの力が加えられる。


 混乱の中、灰暗いの瞳と目が合う。


 ルウラちゃんの根っこが、わたしに巻き付いていた。


「くっはは! だから言っただろ! そいつは凶悪な魔物だと! 所詮プレイヤーとエネミーはわかりあえねえんだよッ!」


 違う……。

 骸骨騎士さんとも、ルウラちゃんとも。

 心はきちんと通わせられた!


「聞こえねぇなぁ。言いたいことはその口で言ったらどうだ? その状態でしゃべれるならなぁ!」


 ……ごめん、ルウラちゃん!


 内心で謝罪し、銃把から手を離し、かわりに銃身を掴んだ。それから棍棒を振る感覚で、わたしに伸ばされた植物を叩く。


「こほっ、けほっ」

「ほぉら。それがお前の本性だ。絆だのなんだの言いながら、自分の命と比べればたやすく魔物を攻撃する」


 ルウラちゃんから距離を取り、気づいたことがある。溢れる瘴気の量が減ってきている。彼女の表皮が、水晶質のものに変化していっている。


「ルウラちゃん、わたしだよ。思い出して」


 彼女の声から、苦しさが薄れていく。

 瞳から光が失せて、奈落の闇が灯されていく。

 異形であることを受け入れようとしているのだ。


「わたしは知ってるよ。ルウラちゃんが優しいことも、本当はこんなことしたくないってことも、全部。だから、ね? もう、やめよう?」

「無駄だ。禁忌(きんき)(やく)は不可逆反応。二度ともとには戻らねぇ」


 わたしは信じる。

 ルウラちゃんがルウラちゃんのままであることを。

 生来の気質は、偽りの破壊衝動なんかで消えやしないと。


 そんな折、ビュウと木枯らしが舞い、ひとりのアルラウネがあらわれた。族長様だ。


「Ren! 限界じゃ! もはや火の手を抑えられん! この村はほどなく焼失する‼ 今のうちに逃げるのじゃッ!」

「でも、ルウラちゃんが!」

「ルウラ……? まさか、そのクリスタルアルラウネがあの稚児じゃと言うのか?」


 族長様が、ルウラちゃんの方を見て目を見開いた。


「Ren! 危ないッ!」


 強い衝撃を受けたと思ったら、世界が傾きだしていた。族長様がわたしを突き飛ばしたんだと理解するのに、時間はかからなかった。


「この、たわけ者め。ごふっ」

「族長様! 血がっ!」


 地面から伸びた、透き通るような根っこが、族長様の肺を串刺しにしていた。族長様の口と、貫かれた胸部から、藍色の液体がこぼれる。血だ。

 ヒール。MPを削り、族長様の回復に専心する。


「いい……よく聞け、Renよ。あれはもう、お主の知るアルラウネではない。暴威を振り撒く災害だ。殺せ。それが無理なら見殺しにするのじゃ」

「違う、違うよ。どうして、そんなことを言うの」


 たとえ姿かたちが変わっても、ルウラちゃんはルウラちゃんなのだ。殺すことも、見殺しにすることも、わたしにできるはずがない。


「Ren! 近づいてはならん!」


 族長様の声がする。怒声交じりの忠告が聞こえる。

 だけど聞けない。認めるわけにはいかない。


「ルウラちゃん、わたしだよ」


 もはや全身が水晶になってしまった彼女の前に立つ。その瞳はもはや闇色と表現するのがふさわしい。向き合うだけで、底知れない恐怖が迫る。


「思い出してッ」


 ルウラちゃんが根をのばす。

 わたしの周囲三方向にクリスタルの蔓が突き出して、蛇がとぐろを巻くように、じりじりとわたしを追い詰める。

 視界が水晶に覆われる。

 霧と相まって何も見えなくなる。


 時間の猶予は無かった。

 わたしが絞め殺されるまでの寸秒間。

 その間にルウラちゃんが心を取り戻してくれるか否か。

 趨勢(すうせい)の決着はそこにあった。


 だから祈った。祈り続けた。

 迫り来る死から決して眼をそらさなかった。


 はたして、わたしは死ななかった。

 わたしの目と鼻の先で、ぴたりと水晶が止まったのだ。


「ルウラちゃん! 思い出してくれたのね――」


 死ななかった理由は、単純明快。

 ……わたしを覆っていた水晶の根が、ポリゴン片へと崩れていったからだ。

 そしてそれは、該当オブジェクトの死を意味している。


 開けた視界。眼前。

 わたしとルウラちゃんの間に、女が立っていた。

 族長様ではない。アルラウネさんでもない。


「女王に歯向かうなど万死に値する。悔い改めて」


 ……悪鬼(メイヘム)の女が、そこに立っていた。


「なん、で」


 おぼつかない足取りで、ルウラちゃんのもとへ歩み寄る。必死にヒールを掛ける。でも、無意味だ。全損したHPは、蘇生魔法でなければ回復しない。


 火の粉が舞い散り、炭化と灰化の進む森林の最奥。

 アルラウネたちがひっそりと暮らす集落、だった場所。燃え盛る森林で、わたしは、見送ることしかできなかった。

 どうあがいても、死を迎えたオブジェクトは、ポリゴン片に砕けて周囲に溶けていく。


 最後に残ったのは、花冠だけだった。

 わたしが、ルウラちゃんにあげた、思い出の品。


「どうして」


 そのどうしてが、誰の何を非難する問いなのか。

 自分自身、よくわからない。


 だけど、答えを返す存在がひとりだけいた。

 その声はわたしの背後、大樹の陰からやってきた。


「俺たちはプレイヤーで、そいつはモンスターだった。目と目があったら殺し合う。それがこのパンドラシアのルールだろ?」


 あざ笑うように、皮肉を告げるように、獣人(ビースト)のイヤミったらしい声がする。


「違うッ! この子は違ったんだッ!」


 だからわたしは、強く否定した。


 争いを好まない、優しい子だった。

 わたしの好奇心でこの呪われた台地に産み落とされただけの、子供だった。

 それをわたしが、巻き込んだ。


 苦しかったはずだ、つらかったはずだ。

 わたしのせいだ。わたしのせいなんだ。

 わたしがもっと、考えて行動していたら……


 ――"お前のせいじゃない"


 どくん、と。

 心の奥から声がする。

 真っ暗闇の精神世界から、強く鋭い声がする。


 ――"あいつを生み出したのは俺だ。お前は悪くない"


 違う、違うよ"俺"くん。

 配信を切り忘れたのも、あとをつけるふたりに気づけなかったのも、水鳳仙(みずふうせん)()の準備が足りなかったのも、非情になり切れなかったのも、全部わたしが――


 ――"お前は悪くない。だから、いまは眠れ"


 ブツンと嫌な音がして、わたし(・・・)の意識は、途切れた。



 意識が浮上する。

 舞い散る火の粉が肺を焼く。

 胸の内で灼熱の炎が螺旋を描いている。


「……戦え」


 Artemeres' Blessingを手中に収める。

 なんなら初めて握るグリップなのに、往年の相棒であるかのようにしっくりと手になじむ。

 妙な懐かしさを感じる。


「戦え」


 俺が眠っている間に、Renはずっと戦っていたんだ。

 苦しみながら、もがきながら。

 あいつを苦しめたお前だけは、絶対に許さない。


「戦えッ!」


 引き金を引く。

 雷管は火花を散らした。


やっぱ俺くんなんだよなぁ!

みんなは気づいたかな!?

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