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5話 そこに何の違いもありゃしねぇだろうが!

 配信切り忘れるとか、配信者が一番やっちゃいけないことでしょうに! いったい何年配信者(ストリーマー)やってんだ! Renとしては2日だよ!

 よし! なら仕方ない!


「すみません。わたしの招いた災禍の種です。わたし自ら解決してきます」


 Artemeres' Blessingを手に取り、問題の地点に向かおうとした時だった。


・あ、動いた

・Renちゃんが気づいたのに気づいたな⁉

・100パーセントゴースティングしてるじゃん

・マジでクズだな


「やば、ごめんみんな。一回配信切るね!」


・しゃーなし

・俺の唯一の楽しみが……

・あのふたり、絶対許さねえ


 名残惜しいけど、ばいばい。

 ちょっと先にこの人たちを対処しないと。


「族長! 大変です!」


 銃声のような音を立てて開かれた扉。

 その先に、ひとりのアルラウネが立っていた。

 黒目をキュっと絞り、息せき切った様子である。


「なにさね。今は客人と話している最中だよ」

「しかし! 里に火の手が……!」

「なんだって⁉」


 聞くや否や、わたしは族長の家を飛び出した。

 外に飛び出ると同時に、真っ赤に燃える木が目に映る。


「くっ!」

「あ! Renや! 待ちな!」

「待てない。止まればその間に消える命がある!」


 わたしは翼を広げると、初速と加速を極限まで短時間で済ませて最高速へとギアを上げた。

 燃え上がる樹木の上に到達した後はインベントリから水鳳仙(みずふうせん)()を取り出し炎上箇所に放り込む。


「はぁ……よし、なんとか抑えて……」

「Ren! まだだ! あちこちで火の手が上がっておる!」

「そんな……!」


 木枯らしと共にあらわれた族長様が、指をさす。

 そちらに視線を向けると、確かに霧が赤く染まっているのがわかる。


「アルラウネさんのなかに鎮火が可能な方は⁉」

「おらんでもないが、そもそもが限界集落じゃ! この勢いで火の手が増せば人手が足らん!」


 呼吸が浅くなる。

 臓腑の奥から、じわじわと薄暗い感情が滲んでくる。

 後悔だ。強力で粘着質な後悔の念がせり上げてくる。


「これを! 強い衝撃を加えると散水する花です!」


 込み上げる感情を飲み込み、わたしは持てる限りの水鳳仙花を族長様に託す。鎮火するにはあまりに心許ない数しかないが、無いよりはマシなはず。


「Ren嬢はどうする気じゃ!」

「わたしは、本体を直接叩きます!」

「直接叩くと言っても、どうやって――」


 地上に降りたわたしは、身じろぎひとつせずにまぶたを閉じた。真っ暗闇が広がって、少しずつ外界の音が遠のいていく。

 意識が精神世界に、ドロリと溶けていく。


 やがてわたしは深い水底にいた。

 意識の底、最深部だ。

 極限まで集中力を高めた状態。

 一切のノイズをそぎ落とした状態で、ゆっくりと目を開く。


 広がっていたのは、テクスチャの張られていないメッシュ状の3D空間だった。霧のエフェクトも無ければ、オブジェクトによって視界を遮られることもない。


「見つけた」


 その先に、わたしはふたり組のペアを見た。

 イヌ科の耳を生やした獣人(ビースト)の男と、悪鬼(メイヘム)の女のカップル。

 今朝、荒城都市アカシアでわたしを囮にしようとしてきて返り討ちにしたカップルがそこにいた。

 男の方は防具を新調したらしく、頭にバンダナを巻いている。


「Ready, steady――」


 ぐっと力をこめる。

 加速方向を前方に限定するために、前傾姿勢に。

 まだ足りない。

 両の手で地を掴み、四足の獣の構えを取る。


「GO‼」


 自分自身が弾丸になったかのように、わたしはその場を飛び出した。

 風切り羽が勢いよく鳴り響き、周りの景色を置き去り低空で飛行する。

 木々をぬって突き進み、ふたり組のもとへ。


「ユウくん!」


 あと一羽ばたきで到達する。

 その寸でのところで悪鬼(メイヘム)の女がわって入る。

 女は剣を構えてこちらに向けていた。

 悪鬼(メイヘム)天翼種(リベルタ)を目視できないはずだから、巻き上がる木の葉からこちらの位置を予測しているのだろう。

 間合いに入った瞬間に斬りかかろうとしているのが見て取れた。


 だからわたしは地を蹴って、一瞬だけの加速を加えて間合いに飛び込んだ。


 想定を一拍上回る突撃。

 瞠目する悪鬼(メイヘム)相手に、わたしは拳を振り抜いた。

 骨に伝わる固い感触は、彼女の頬骨だろうか。


「吹き、飛べ」


 拳の速度、プラスで移動速度。

 スピードブーストを乗せた直撃が、悪鬼(メイヘム)の女を吹き飛ばす。

 ブレーキを掛けるように地面に立てた足が、木の葉を巻き上げる。


「ミーシャ! くそ! 何てことをするんだ!」

「それはこっちのセリフかな。ゴースティングに、放火。マナーがなってないんじゃない?」

「くっはは、何か証拠でもあるのかよ! 俺たちがお前の配信を見ていたなんて証拠がよォ!」


 ちらりと足元に目を向ける。

 ごろりと転がる火打石が確認できる。


(……この霧は水滴じゃないって、アルラウネさんが言ってたっけ)


 どうやって火をつけて回っているのか不思議だったけど、ふたを開けてみれば単純な仕掛けだった。

 だからこそ、ふつふつと心の中で何かが沸騰する。


「アルラウネの集落に火を放ってどうなるか考えなかったの⁉」

「楽して経験値が手に入る。そうだろう?」

「それは……!」


 何が違う?

 ゴブリンを狩るのと、ゴーレムを狩るのと。

 アルラウンの森を焼くことに、何の違いがある。


「同じだろうが! テメエも! 偽善者ぶってんじゃねえよ!」


 頬に熱い衝撃が走った。

 殴られたんだと分かった。


「お前がアカシアでスカルロードを横取りしてくれたおかげでこっちはレベリング計画が狂ったんだよ。その埋め合わせをこれで勘弁してやるってんだ。ありがたく思えよ」

「……ふざ、けるな」

「あ?」


 確かに、彼女たちは分類上魔物なのかもしれない。


「魔物と戦うことを嫌がる子がいた。人を苦しめたくないと言っているお姉さんがいた。民から信頼されている長がいた!」

「だから、なに?」

「人もアルラウネも、違わないでしょうがッ‼」


 人だからとか、魔物だからとか、どうでもいい。


「わたしは戦う。守りたいと思う相手を守るために」

「そうかよ……だったらテメエも死ね! 【影縫い】ッ!」


 男が声を発するのと、わたしの影がせり上がるのは同時だった。漆黒の粘液が四肢にまとわりつき、わたしの体を金縛りにする。


――――――――――――――――――――

状態異常:バインド

――――――――――――――――――――


 呪術師(ソーサラー)のバインドスキル、【影縫い】だ。


「ミーシャ! 前方5メートルだ!」

「まかせてユウくん!」


 その隙をついて、悪鬼(メイヘム)の女が迫る。

 襲い来る白銀の刃を、避けるすべはない。


「っ」

「ミーシャ?」

「なんでもない!」


 わたしにできたことは、彼女を睨むだけだった。

 それが功を奏したのだろうか。

 間合いのずいぶん外で彼女は横に飛び、じりじりとわたしを警戒している。


「ミーシャ! 何してる!」

「わかんない、けど! なんかダメな気がする!」

「何を言って……」


――――――――――――――――――――

バインド:解除

――――――――――――――――――――


 何を深読みしたのかは知らないけど、助かった。

 おかげで【影縫い】のバインドが解消された。


「クソッ! ミーシャ! 態勢を立て直すぞ!」

「う、うん!」


 ふたりはわたしから逃げるように森の奥へと駆け込んだ。木々の向こうから声がする。


「荒城では後れを取ったが、森ではその銃器も射線が通らないだろ。加えてこの霧と、生い茂る緑。上空からの狙撃も不可能だ。諦めな、今回アンタに勝ち目はねえ」

「浅いのよ」

「……は?」


 木々が邪魔で射線が通らない。

 それはそうだ。認めるよ。あなたが正しい。

 けど。


「上空からの狙撃が不可能なんて、誰が決めたの」

「何を、言って」


 空はわたしのフィールドだ。


「制空権を得た天翼種(リベルタ)に、敗北はない」


 雷管を叩く。炸薬が唸る。


「ぐあっ⁉」

「ユウくん!」

「そんな、どうして」


 対象はしっかり見えていた。

 目では見えていないけれど、脳内にははっきりと像が結ばれていた。

 だけど、脳天を狙った一撃はわずかにそれて肩を撃ち抜くにとどまった。

 直前で男が顔を逸らしたのと、枝葉の抵抗が弾丸の進行方向を歪めたのが原因だった。


「外した、なら、もう一発」


 意識がもう一段深いところへ潜っていく。

 眼下に小さな点を描くだけだった人のオブジェクトが、視界の中央にズームされる。


 羽ばたくたびに体が揺れる。

 空気抵抗が微細な揺らぎを持ち込みいれる。

 その揺れを、脳内に増設されたコンピューターがオートで補正してくれる。


照準(Lock)


 引き金に指をかける。

 これで幕引きにしてくれる。

 呼吸とともに、指を手前に引こうとして、やめた。


「キュ! キュキュ!」


 男に駆け寄る、アルラウネの稚児が見えたからだ。


「……ルウラちゃん」


 ルウラちゃんは男にかけよると、傷口を必死に押さえつけていた。


 だから、わたしは、おもむろに地上に降りた。


「ルウラちゃんやめて。そいつは、この村を襲った張本人なんだよ?」

「ぐ、あ……あぁ、っ」

「キュ! キュゥ!」


 男は苦悶の叫びをあげる。

 ルウラちゃんは、その悲鳴に応えようと躍起になっている。

 不意に、ルウラちゃんがこちらを向いた。

 泣き出しそうな目で見ていた。


「……っ」


 助けて、と。

 声が聞こえた気がした。


「だけど、でも」


 そいつはこの村を襲った奴だから。

 そんな言葉は、続かなかった。


 ――この人たちも、人は、人、か。


 ルウラちゃんが、正しいのかもしれないと思ったから。


「【ヒール】」


 だから、情けをかけた。

 一度だけ、ただ一度だけ。

 地獄に落ちた悪人に、蜘蛛の糸を垂らすように。


「……この村の火を鎮めるわ。力を貸して」

「あ、……あぁ」


 HPゲージを確認し、【ヒール】で足りない分をポーションで補った男が、手を握ったり開いたりして体の無事を確認した。


「甘ぇよ」

「……キュ」


 とっさの出来事に、わたしは反応できなかった。


「ルウラ、ちゃん?」


――――――――――――――――――――

天華乱墜(てんからんつい)】解除

――――――――――――――――――――

ルウラが味方ユニットから外れました。

――――――――――――――――――――


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