2話 はぐれアルラウネのお願い
さわやかな風が吹き抜けるザンガの草原。
パンドラシアに来たプレイヤーの多くが最初に立ち入るフィールドの一角で、わたしは空から小鬼をあおっていた。
「ウォーウオ! 小鬼も鬼ならブチかませェ! 小さなプライド見せてみろォ! え? 無理? でしょうね」
ゴブリンは憤慨し、棍棒をブンブン振り回した。
届きもしないのにかわいそうに。
そういうのを空振りっていうんだよ。
わたしがゴブリン相手にこんな行動に出ていたのには理由がある。それは、荒城都市アカシアで仲間になった植物モンスターアルラウネ、ルウラのレベル上げをするためである。
つまり作戦はこうだ。
魅力の高いわたしが囮役となり、その間にルウラがダメージを与えて敵を倒す。
作戦に抜かりなし!
「よっしゃぁぁぁ! ルウラちゃん! そこだ! やっちゃええええぇぇぇ!」
「キュ……」
「え、っと……あれー?」
計画は完ぺきだった。
誤算があったのは、ルウラちゃんがゴブリンに攻撃することを嫌がったこと。
泣き出しそうな顔をして、それからようやく意を決したかのように飛び出した。ゴブリンの正面から。
(まずいっ、そっちからだと棍棒が直撃しちゃう)
ルウラちゃんはすでに、ゴブリンの間合いの半歩先まで迫っている。次の一歩で近間に飛び込み、形無しのスイングによって大きなダメージを負うだろう。
だからとっさに、虚空からアサルトライフルを呼び出して――、
ゴブリン目掛けて引き金を引いた。
甘えた照準で撃ち放たれた弾丸が、ゴブリンの眉間ではなく耳を引き裂く。
つんざく悲鳴がフィールドに乱反射して、ゴブリンがのたうち回る。
「キュ、キュキュ!」
その、ゴブリンのもとに駆け寄る魔物がいた。
アルラウネのルウラちゃんだ。
ルウラちゃんはとどめを刺すでもなく、流血エフェクトを散らす患部を必死に抑えている。
息をのんだ。
健気な姿勢が、わたしの心を動かした。
「【ヒール】」
左手で首の裏をさすりながら、ゴブリンに向かって回復魔法を飛ばす。欠損していたHPバーがみるみるうちに回復し、それに伴い耳からあふれる流血エフェクトも引いていく。
「うせなさい。命が惜しければね」
視界を埋め尽くす赤が、色を失っていく。
クリアな世界が広がっていく。
ゴブリンがヘイトを消失させたのだ。
彼の瞳に宿っていた憎悪の炎が、次第に狂乱の渦に変化していく。
彼が逃げ出したのは間もないことだった。
敵性Mobはいなくなった。
後にはわたしとルウラちゃんだけが残っている。
「キュ……」
ルウラちゃんはしおれた植物のように肩を落としていた。声にも覇気がなく、呆然と下を向いている。
「ごめんね。無理させちゃって」
だからわたしはかがみこんで、彼女の肩に手を乗せた。びくんと身を強張らせたルウラちゃんが、恐る恐るといった様子で顔を上げる。
緊張した面持ちの彼女に、わたしは優しく微笑んだ。
「ルウラちゃんはとっても優しい子なんだね。種族の垣根を越えて、仲良くなりたいって思ったんだよね」
ルウラちゃんが、口をわなわなさせた。
瞳に雫が溜まっていく。
だからわたしは、彼女を優しく抱きしめた。
「それはルウラちゃんの魅力だから、こんどは争わないで済む生き方を探そう? ね?」
ルウラちゃんは根っこでわたしをギュッと掴むと、しきりに首を縦に振った。
「ルウラちゃん! ほら! お花だよ!」
わたしは彼女を抱っこしたまま、ザンガの草原に生えているお花のそばに近寄った。
ムルチコーレという、黄金色の小さな花をたくさん咲かせる草花だ。
ルウラちゃんはくしくしと根っこで涙をぬぐうと、顔をそちらに向けた。それからムルチコーレに向けて手を伸ばす。
抱きかかえる彼女を花に近づけてあげると、彼女の手が茎を掴んだ。一輪の花が、彼女の手の中におさめられる。
それからルウラちゃんは、わたしに花と笑顔を向けた。
「え? わたしに?」
「キュ!」
くっ、かわいいかよ……!
「ありがとう! よーし、お姉ちゃんも本気出しちゃうもんね!」
インベントリを開いて、草花素材をいくつも選択する。秘密の園に立ち寄った時に衝動買いしてから日の目を見ることが無かった花々だ。
時は来たれり、覚醒の期は満ちた!
さあ、今こそ唸れ!
「クラフト! 花冠!」
インベントリから飛び出した大小さまざまな花たちが、ひとつの円環をつないでいく。
まばゆい光を放つ環状の花束が、新たな道具として実態を得る。
――――――――――――――――――――
上質な花冠
――――――――――――――――――――
質のいい花だけを使った花冠。
プレゼントによく使われる。
作:Ren
――――――――――――――――――――
「ルウラちゃん。きっとキミに似合うと思う」
出来上がった花冠を、そっとルウラちゃんの頭にのせる。ルウラちゃんはしばし頭に置かれた花をぽんぽんと触って確認していたけれど、ほどなくしてその顔をほころばせた。
「キュー! キュキュキュー!」
「あははっ! やっと笑ってくれた!」
「キュ?」
自分が笑うと嬉しいの? とでも聞きたげな様子のルウラちゃんに、わたしは首肯で返事した。
それから、彼女の目を見て問いかける。
「ね、次はなにしよっか。ルウラちゃんはやりたいことってある?」
深い意味は無かった。
おしゃべりAIに話しかけるくらいの感覚で投げかけた質問だった。
このゲームのAIポンコツだし、まともな解答なんて得られないだろうな、なんて思いながら。
だけど、予想は裏切られた。
次の瞬間、わたしの目の前にウィンドウがポップアップしたのだ。
ルウラちゃんの願いを記した、クエストウィンドウが。
――――――――――――――――――――
【Quest】はぐれアルラウネのお願い
――――――――――――――――――――
争いを好まない種族アルラウネ。
パンドラシアのどこかには、
彼女たちが暮らす秘密の集落があるという。
親とはぐれてしまったアルラウネを、
彼女たちの集落まで送り届けてあげよう。
――――――――――――――――――――
受諾しますか? 【Yes】/【No】
――――――――――――――――――――
……すぅ。せーのっ。
なんか正規の手順じゃなさそうなクエスト来た!