1話 少女が出会った、一匹の優しい魔物の物語
この章は3章と違ってハッピーエンドだから安心してほしい。
火の粉が舞い散り、炭化と灰化のすすむ森林の最奥に、ひとりたたずむ影があった。
純白の翼を背中に生やした、銀髪青眼の少女だ。
少女は燃え盛る樹海の中で、骸を抱きかかえて泣き崩れていた。
少女は抱えた遺骸に向かって何かを叫んでいる。
だがしかし、その死体は彼女が触れている箇所からポリゴン片へと崩れていく。
やがてその生物だったモノは、肉体を余すところなく燐光に変えて周囲の空間に溶け還った。
ただひとつ、置き土産のように花冠だけを残して。
「どうして」
少女の凛とした空気が、灼熱の大地に響き渡る。
たった4文字の問いかけに対する返答は、少女が背にした大樹の陰からやってきた。
「俺たちはプレイヤーで、そいつはモンスターだった。目と目があったら殺し合う。それがこのパンドラシアのルールだろ?」
「違うッ! この子は違ったんだッ!」
遺物の花飾りをギュッと握り、少女が慟哭を上げる。
もう戻らない、過ぎ去った時間は返ってこない。
胸の内にぽっかりとあいた穴に、どくどくと寂寥感が注ぎ込まれる。
そんなことしたって、孤独は埋まりやしないのに。
「……戦え」
おもむろに立ち上がった少女が、底冷えする声を発する。
「戦え」
握られた花冠が虚空に収納され、代わりにアサルトライフルが顕現する。その銃口が、明確な殺意と共に大樹の陰に潜む男に向けられる。
「戦えッ! お前だけは絶対に――!」
少女が引き抜いた引き金を皮切りに、撃ち出された弾丸は音速を超えて男の眉間に吸い寄せられる。
討ち取ったという確信。
極限に到達した集中力が粘性を持たせた時間の中で、少女は思う。
(こうなることがわかっていたら、おまえを生み出しはしなかった)
これは少女が出会った、一匹の優しい魔物の物語。
*
ユノさんとのコラボ配信を終えたわたしは、一度鉱山都市アルテマに引き返していた。
リザードマンジェネラル戦で故障したメインウェポン、Artemeres' Blessingの整備のためだ。
「ほいよ、直ったぜ。撃針を撃ち出すスプリングが壊れてたな。強い衝撃でも加えたか?」
わたしの武器や防具の生みの親、生産職のアヤタカガさんからアサルトライフルを受け取る。
なんか細部のデザインがリファインされてる気がする。さすがプロ……。
「あー、リザードマンジェネラルの剣圧で吹き飛ばされた時ですかね」
てっきり銃弾の方に問題が起きたのかと思ったけれど、そういうわけじゃなかったらしい。
「なるほどな。ま、設計を煮詰めて強度を増しといたからもう大丈夫だ」
「おお! さすがアヤタカガさん!」
「いや、そもそも今回のはアタシの設計が甘かったのが問題だし――」
「ちょっと試射会に行ってきます‼」
「聞けよッ!」
いやです。
卑屈なアヤタカガさんは見たくありません!
先手必勝電撃戦術三十六計逃げるに如かず。
ワールドマップからセーフティタウン、荒城都市アカシアを選択して転移!
世界が輪転して、空気の匂いが変わる。
寂しい香りがするこの町は、骸骨騎士さんと一緒に厄災を封伐した町である。
いまは魔物が発生しない安全圏として確立されているのだけれど、立ち寄るプレイヤーは多くない。
始まりの町アルテマの方が施設が充実しているから、わざわざアカシアを拠点にする人は少数なのだ。
まあ、裏を返せば地価が安いってことだ。
そのうち自分の拠点を作りたいプレイヤーが流入して賑わいある町になるよ、多分ね。
この町が復興していくのが今から楽しみだ。
「おっと、せっかく来たんだから寄っていこっかな。骸骨騎士さんたちのお墓に」
石橋を超えて、高低差のある街路を突き進むと、その中にひときわ錆びれた霊園がある。
そしてその霊園の奥には、さらに奥へと繋がる秘密の通路があって、その先には石棺が安置されている。
花嫁さんの眠るお墓だ。
石碑の周囲には、形状様々な6本の剣が突き立てられている。直剣、曲刀、大剣、青龍刀、細剣、倭刀。かつて骸骨騎士さんが使っていた6つの刀剣だ。
モンスターである彼自身はポリゴン片へと還ってしまったから、彼のゆかりの品はこれしかない。
わたしは鉱山都市アルテマの隠し店舗、秘密の園で仕入れた花を添えた。
花の名前はアセビ。
小さなつぼみが連なった、かわいらしい花である。
合掌、そして黙想。
ふたりの冥福を祈る。
「あ」
立ち上がり、フィールドへ向かおうとした時だった。わたしの脳内に閃光が走る。
(この明らかにイベント用マップでエクシードを育てたらどうなるんだろう?)
その知的欲求は抑えがたい衝動だった。
周囲の環境次第で千変万化に成長する植物の種。
この特別な場所で育てたらどうなるんだろう!
気になる! もの、すっごく、気になる!
(いやいや、落ち着けわたし。ここは故人の眠る墓。安寧の地。眠りを妨げるような行為はよくない)
わたしはこれで良識あるゲーマーなのだ。
そんな墓荒らし同然の真似、できるわけがない!
「ということで"俺"くん、まかせた」
「は?」
カチリ、と意識が切り替わる。
寝起きがいい朝のように、思考は非常にクリアだ。
記憶の引継ぎもしっかりできている。
「テメェ!」
深層心理で俺の片割れ、姫籬Renに文句を垂れる。
俺だって良識あるプレイヤーだっつうの!
そういうマナー悪いことしたくないよ⁉
――"夜見坂ユノさんの対応。貸し1だったよね?"
「ぐっ」
それを言われると、つらい。
かつて所属していた配信グループのメンバーとゲーム内で偶然出会ったとき、俺はRenに彼女の勝負に乗ってくれと頼んだのだ。
嫌なことを押し付けたと言ってもいい。
「はぁ……わかったよ」
俺はインベントリを操作すると、ひとつの種子を取り出した。
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エクシード
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発芽したときに周囲の環境を学習する種子。
溶岩地帯で育てば火花を散らし、
湿地で育てば蜜を多分に含むようになる。
【交配】
パラサイトシード × メモリーフラワー
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千紅万紫に花開く植物の種を埋葬し、膨らんだ土に右手をかざす。
「【ハイネスヒール】」
瞬間、MPがぐんっと減少した。
レベル20で習得した中級の回復魔法は、ただの【ヒール】と比べてMP消費が激しいのだ。
その代わり、効果は強い。
MPと回復量でコスパを比較するならハイネスヒールの方が少しだけ上なのだ。
もぞもぞ、と。
柔らかい土が隆起する。
発芽の瞬間だ。
どんな植物が生まれるんだろう。
そんなワクワク感に包まれる。
「……は?」
まず、最初に土から顔をのぞかせたのが根っこだった。いやわけがわからん。
なんで葉っぱの部分から出てこないの?
この時点ですでに謎だが、続く動作がさらに俺を混乱させる。
「待て待て待て! 動いてるんだが⁉」
ニョロニョロと、植物の根っこが意思を持っているかのように動き出す。
いや、確実に意思を持っている。
地表に出した根っこで地面を掴み、土を盛り上げて顔を出す。比喩表現ではなく、本当に、顔を。
「キュ?」
そこに、魔物がいた。
んなもん考慮してな――
「なにこれ⁉ かわいい! キミ! 名前は⁉」
ブツン、と。
意識が体から切り離される。
理由は簡単。
Renが俺から体の所有権を奪い取ったからだ。
「よし、じゃあわたしが決めてあげる! 今日からキミはルウラ! よろしくね! アルラウネさん!」
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【天華乱墜】発動
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Renの魅力に応じてルウラの能力大幅上昇中。
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こいつ、ほんとやりたい放題やってんなぁ。