9話 「この超範囲放電現象から逃げられるものなら逃げてみなよッ! トカゲ野郎ッ!」
巨大リザードマンが発した咆哮が、わたしたちの三半規管を強打する。暴力的な爆音波が鼓膜を穿つ。
考えるより先に両手が耳を塞ごうとして、考えてから止めた。
動きを止めようとするわたしたちに向かって、その巨大なリザードマンが左手に握る大剣をまっすぐ振り下ろしていたからだ。
だからとっさに、ユノさんをひっつかんで、勢いそのままに跳躍した。
地面から足が離れると同時に、背後から強い衝撃波が叩きつけられる。
剣圧によって生じる爆風と、それが巻き上げた周囲の汚泥だ。
翼をはためかせる猶予なんてなかった。
ばらまかれた泥が翼にまとわりついたからだ。
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状態異常:バインド(翼)
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「ぐっ」
飛空手段を奪われ、そのまま無様に沼地を転がってしまう。
「Renちゃん!」
「平気です。それより、いまはあいつを」
「初めての共同作業ってやつだね」
「のんきか」
それでもどうにか受け身を取り、体勢を立て直す。
ユノさんを抱え下ろし、かわりにアサルトライフルを構えて照準を合わせる。
狙いすますは、リザードマンの眉間が射線にぴたりと重なる一瞬。
引き金にかけた人差し指を呼び寄せる。
「発射……っ⁉」
最初に抱いたのは強烈な違和感。
そこに、炸薬が破裂する感覚が無かった。
肩に掛かる反動がまるで存在しない。
理由はすぐに分かった。
(火薬が湿気った⁉)
長時間雨に打たれたのが原因だったのか、はたまた泥沼を転がったのが原因だったのか、いまとなってはわからない。
だけど、内部でショウセキヨモギの花粉が炸裂しなければ弾丸は飛び出さない。
・Renちゃん危ないッ!
――あ、まず。
リザードマンが、振りかぶった大剣をこっちに振り下ろして……
「Renちゃん! 【ブロウショット】」
「うわっぷっ⁉」
突如横から吹き付けた風に体が吹き飛ばされる。
輪転する視界。
わたしのスレスレを白銀の太刀が亜音速で通り過ぎていく。
「ごめん! 大丈夫⁉」
遅まきながら、状況を理解する。
避けられないと判断したユノさんが、フレンドリーファイアを意図的に仕掛け、被弾後の無敵フレームで生きながらえさせてくれたのだと。
「助かりました。今のは、風魔法?」
「うん、わたしの属性だよ」
「なるほど。だったら」
ユノさんと一緒に、リザードマンから距離を取りつつ作戦を話す。
「OK。タイミングはRenちゃんに任せるね」
「では、3カウントで」
3。
インベントリからアイテムを取り出した。
2。
敵を目視し、投擲の構えを取る。
1。
ユノさんと呼吸をひとつに合わせる。
「今ですッ!」
わたしの手元から、ひとつの種子が真一文字に飛び出した。パラサイトシードだ。
(まずは湿地という機動力のディスアドバンテージをリセットする!)
もっとも、わたし独力の投擲力では当たるまい。
射出速度が足りていない。圧倒的に欠けている。
沼地のリザードマンなら、見てからでも回避が間に合ってしまうだろう。
なら、後追いで推進力を加えてやればいい。
「【ブロウショット】ッ!」
ユノさんの手の平から放たれた風弾が、わたしの放ったパラサイトシードに直撃する。
空気の塊にさらされた寄生の種子が、きりもみ回転しながらリザードマンに飛来する。
これまでの戦闘でリザードマンの速度は見切った。
【ブロウショット】で加速したこの弾丸を避けるには、あまりに時間が足りていない。
届くという確信。
それを裏切り、リザードマンの残像が尾を引いて、パラサイトシードは虚空を穿つ。
「……んなぁっ⁉」
「前よりずっと早くっ⁉」
・開発元ふざけんなぁ!
・なんで図体デカくなってんのに敏捷性まで上がってんだよ!
・Renちゃん危ないッ!
「ぐぅっ!」
大剣を振りかぶったリザードマンが狙いすましたのはわたしの方だった。
魅力極振りのデメリット。
ヘイトを稼ぎやすいという性質が原因だ。
迫りくる鉄塊が、わたしのHPを大きく削りとる。
だけど、すんでのところで全損は逃れた。
サンキュね、アヤタカガさん。
防具を更新してなかったら、今の一撃でやられてたや。
「Renちゃん!」
「……大丈夫。死ななきゃ安いよ。それより、どうやって倒すかなぁ」
・倒せるのか?
・まだ倒す気なのか……
・勝てるvision無いよ、逃げよう
・沼地でリザードマンから逃げられると思うな
・せめて足止めさえできれば……!
「……足止め、ね」
コメント欄から視線を戻し、リザードマンと向き直る。その爬虫類は悠然とこちらに近づいてくる。
「Renちゃん、どうする?」
「ひとつ、試したいことが。でもそれをするには翼のバインド状態が……あっ」
思いつき、インベントリから水鳳仙花を取り出す。
それを手に持ったまま、頭の後ろで柏手を打つ。
パァンと破裂音が炸裂する。
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バインド:解除
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よし。
これで計画の本題に入ることができる。
「あいつを倒します。だから、力を貸してください、ユノさん」
「よし来た! 見せてあげようよ、私たちが最強のタッグだって証明を!」
・熱い……!
・少年漫画かな?
・何が始まるんです?
「まあ見ててって。行くよ、ユノさん」
「うん! へ? え、ちょ、ええぇぇぇ⁉ なんで空⁉」
「必要だからです、勝つために」
わたしはユノさんの胴体に手を回すと、翼を広げた。風切り羽を響かせて空に舞い立つ。
「あ、ちなみになんですけど、範囲攻撃の【ストーム】って使えますよね?」
「え? うん、一応」
「良かったです。なら、タイミングを合わせて放ってください」
巨大なリザードマンよりさらに上空。
誰の手も届かない自由の頂。
この場所がわたしの独擅場だ。
覚えておきなさい。
この位置関係がそのまま、わたしとあなたの上下関係だということを。
「イカヅチシード、投下ッ!」
インベントリ操作で飛び出した雷精の花の種子が1スタック、丸ごと無秩序にリザードマンへ襲来する。
「ユノさん!」
「うん! 吹き荒べッ! 【ストーム】ッ‼」
わたしたちの眼下で旋風が巻き上がる。
ユノさんの風範囲攻撃が炸裂したのだ。
彼女の魔法が放たれるのを見たリザードマンが、範囲外への逃亡を図る。
「ダメッ! 範囲外に逃げられ――」
「いいや、まだだよ」
バチィンッ。
強烈な閃光がこの目を眩ませた。
つんざく炸音が鼓膜を叩く。
バチィンッ。バチィンッ! バチィンッ‼
星火燎原。
はじまりはちっぽけなスパークが散らした火花だった。だがその火種は、【ストーム】の力を借りて周囲のイカヅチシードを巻き込み、連鎖爆撃を引き起こす。
巨大なプラズマ場が、ユノさんの放った【ストーム】を核に現出するッ!
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【轟雷の寵愛】発動
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雷属性の攻撃の威力が上昇します。
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「この超範囲放電現象から逃げられるものなら逃げてみなよッ! トカゲ野郎ッ!」
「ギュラリュルゥゥゥゥウウアアアッ‼」
遥か下方で悲鳴が上がる。
肉の焦げる匂いがして、傷口から飛び出した血液が電流に焼かれて赤い煙を巻き上げる。
・効いてる……効いてるぞ……!
・いける、いけるぞッ!
・いけぇぇぇぇぇ‼
・やっちゃええぇぇぇぇ‼
「まだだよ! ユノさん!」
「ええ!」
放り投げたるは3つのパラサイトシード。
一度寄生したが最後、生命力を吸いつくすまで枯れない樹木の種子が自由落下を開始する。
「【ブロウショット】ッ!」
放たれたのは3度の風弾。
推進力を加えられた樹木の種子が、プラズマ空間を切り裂いてリザードマンに突き刺さる!
「これで、チェックメイト! 【ヒール】ッ!」
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【空亡】発動
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空中にいる間、与ダメージが増加します。
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【牙城自縛】発動
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リザードマンジェネラルのDEXに下降補正中。
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わずかな回復と引き換えに、大型リザードマンの体中から巨大な樹木がそびえる。
その一本一本が命を刈り取る悪魔の巨木だ。
「ギュラリュルゥゥゥゥウウアアアッ‼」
ぞくりと背筋が凍り付く。
見つめ合ったリザードマンジェネラルの瞳に、底冷えする狂気が宿っていたからだ。
――死なばもろとも、くたばり散らせ。
闇色の炎を灯す瞳は、何よりも雄弁にリザードマンの思考を語っていた。
だから――
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【旋回】発動
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ドッジロールの無敵時間が微増します。
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わたしはその場で旋回を決めた。
時を同じくして、わたしの体を白銀の物体がすり抜けていく。
・何が起こった⁉
・わからん、高速で何かが通り抜けたのはわかったけど
・待って、リザードマンの剣どこ行った?
・左手に握られて……無い⁉
・もしかして、今飛んで行ったのってリザードマンの剣⁉
「無駄なあがきだよ。さあ――」
驚愕に目を見開くリザードマン。
彼のHPバーは瞬く間に削られていく。
「ひざまづきなさい」
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【Level UP;21】
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そして最後には、彼の体が砕け散った。
美しくもはかない、死を表現したポリゴン片へと。
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