8話 お友達からはじめましょう
ユノさんににじり寄るリザードマンが静止した一瞬を狙って、銃器の引き金を引き抜いた。
音速を超える弾丸の生み出すソニックウェーブが、その爬虫類の頭蓋を垂直に叩き割る。
パッと飛び散るHPバー。
生物だったエネミーがポリゴン片へと転化する。
そして、味方が死んだことで動揺するリザードマンを追加で撃ち抜いた。
2匹、3匹、着実にその個体数を減らしていく。
「ギュラリュルゥゥゥゥウウアアアッ‼」
眼下で、一匹の魔物が天を仰ぐのが見えた。
その先には翼を広げる天翼種がいる。
つまり、わたしだ。
視界が真っ赤に燃え上がる。
敵性Mobからターゲティングされたことを示す演出だった。
気づいたところで、彼らに抗う手立てなどないのだけれど。
「這いずりなさい、トカゲ風情が」
所詮、彼らなど地を這う魔物に過ぎない。
頭上とは対空手段を持たないすべての生物に共通する絶対の死角。
わたしはおもむろに照準を絞り、追撃する。
「照準……発射!」
雷管が散らした火花が、薬莢の中で炸薬を弾けさせる。加速した弾丸がリザードマンへと襲い掛かる。
だが、今度の獲物は死ななかった。
右手に装備した盾を頭上に掲げることで、狙撃を防いだのである。
盾の隙間から覗かせる表情が、したり顔を浮かべる。
得意げになるのは構わないけどさ。
「上ばっか見てると、足すくわれるよ」
わたしが声を零すのと、彼の表情が凍り付くのはほとんど同時だった。迸る剣閃のエフェクトが、リザードマンの体を上下に真っ二つにしていたからだ。
・ゆののんきちゃぁぁぁぁ!
・がはは! 盾防御できないリザードマンなんて風の前の塵同然よ!
・勝ったな。風呂行ってくる。
・頭上のスナイパー、水平方向のスイーパー……リザードマンに勝ち目無くて草
・いけぇぇぇぇぇ!
ほころびの生まれたリザードマン包囲網が崩れるのは時間の問題だった。
ユノさんの斬撃を防ごうとする輩は空から撃ち抜いて、わたしの狙撃を警戒する獲物は彼女の武器の錆びとなっていく。
「これで、ラストォォォォ!」
群れの最後の一体を、わたしの弾丸とユノさんの斬撃が同時に襲う。半狂乱に陥ったリザードマンがとった行動は、盾を頭上に、剣をユノさんの斬撃に合わせるというものだった。
彼らに取れる最善手だったといえるだろう。
だが、それでこの状況を攻略するつもりならあまりに考えが浅い。
――パァン。
わたしの放った弾丸が撃ち抜いたのは、頭上に掲げられた盾ではなく、彼が構えた剣の切っ先だった。
・は?
・こんな上空から、あんな細い剣を撃ち抜いた?
・エイム力やばwww
・リザードマンの行動を先読みしたの?
・待って何が起きてるのかわからん
・Renちゃんを理解しようとするだけ無駄だとわかった
前触れもなく加えられた衝撃に、リザードマンの左手から剣が零れ落ちる。
もはやユノさんの斬撃を防ぐ手立てはない。
一閃。
銀色のエフェクトが弧を描き、リザードマンのHPを全損させる。
リザードマン殲滅戦、完了。
*
「天翼種さぁん‼ 怖かったよぉ!」
泥に足を突っ込むのが嫌だったので岩場に降り立ったわたしに、ユノさんが飛び掛かってきた。
ついさっきまで泥沼にダイブしていたユノさんが、である。
当然避ける。
「……なんで避けるの? 助けに来てくれたじゃん? それって私を大事に思ってくれたからこそでしょ? もうどうしようもないなって状況で天翼種さんが来てくれて私がどれだけうれしかったかわかる?」
「わたし泥パック嫌いなんですよね」
「私は汚れてないよ⁉」
「汚れてるんですよ……」
届けわたしのノーセンキュー。
響けわたしのハンドサイン。
「天翼種さん、助けに来てくれてありがとうね! わたしは天翼種さんが大好きだよ? 天翼種さんは私のことどう思ってる?」
「天翼種さんって他人行儀に呼ばれるくらいの仲だとは思ってますね」
「下の名前で呼んでほしいってこと?」
「どうしようこの人強い」
・草
・護りたいこの泣き顔
・【ゆののんに弄ばれる泣き顔Renちゃん.mov】
・切り抜きナイス
ちくせう、こいつら楽しんでやがる。
だれか、どこかにわたしの味方はいないのか。
……いた。
いや、あった、というべきか。
「……Ren」
「へ?」
「姫籬Ren。それが、わたしの名前です」
さて、もう一度、ユノさんと交わした賭けの内容を振り返ってみよう。
彼女が勝てば、わたしは彼女のファンを名乗る。
わたしが勝てば他人に戻る。
「名前を教えてくれた⁉ それって好きってことだよね⁉」
「……すぅー」
「なんでそこで黙るの?」
もうひとつ、忘れちゃいけないことがある。
とても大事な取り決めだ。
「時間切れですよ。1時間はとっくにオーバーしてる」
「え……? あ、ああぁぁぁあぁぁ⁉」
「この勝負はわたしの勝ち。これでわたしたちは他人同士です。だから――」
はじまりは、"俺"くんに頼まれて渋々だった。
だけど、ユノさんはそんなことお構いなしに、天翼種としてのわたしを追いかけてくれた。
だから、だから。
「だからこれから始めましょう。友達から」
"俺"くんの都合とは関係なしに、"わたし"として。
ユノさんとちゃんと向き合いたい。
「ユノさん……なんでここにきて黙るんです?」
「お、ァ、おぉ。ごめんね一回深呼吸させて?」
ユノさん胸に手を当てて瞳を閉じる。
肩が上下に揺れて、瞳が開かれる。
それから何かメニューを操作していると思ったら、不意にわたしのほうにウィンドウがポップアップした。
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【フレンド申請】夜見坂ユノ
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【ひとこと】
好きです! 付き合ってください!
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承認しますか? 【Yes】/【No】
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わたしは間髪いれずにNoを選んだ。
「なぁんでいいえ押すの⁉ ユノのこと嫌い? 嫌いなの⁉」
「お付き合いするほどの仲じゃないよね、わたしたち」
「うぐっ」
ということで、わたしから再度申請する。
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【フレンド申請】Ren
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【ひとこと】
お友達からはじめましょう。
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ユノさんはしばらく犬歯をむき出しにしていたけれど、やがて諦めてウィンドウをタップした。
ぴろりんという音がして、ふたたびわたしの方にウィンドウがポップアップする。
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夜見坂ユノが
フレンド申請を承認しました。
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「今度Renちゃんの家遊びに行っていい?」
うわ、すごいぐいぐいくる。
「やっぱ友達やめていい?」
「恋人になりたいってこと?」
「や、友達でいいです」
ま、いっか。
これくらいの関係性っていうのも。
空を見上げて、わたしは軽く微笑んだ。
天からは雨が降りしきっていたけど、私たちの足場は固まったみたいだった。
よろしくの意を込めて手を差し出す。
ユノさんがわたしの手を取る、その瞬間。
「きゃぁっ⁉」
「いたっ」
不意に大地が大きく揺れて、足がもつれる。
固い岩場に尻もちをつき、何事だと顔を上げる。
そこに、大きな瞳が浮かんでいた。
歴戦を制した傷痕の残る鱗の肌。
縦にスリットの入った獰猛な眼。
そしてわたしたちの何倍も大きな体躯。
「本当に、デカくするのが好きだよね……」
体長10メートルはあろうかという巨大なリザードマンが、遥か高みからわたしたちを見下ろしていた。