7話 リザードマン殲滅戦
「うわ、すっごい、ドロップアイテムのアルテミアス鋼がまだバチバチ言ってる」
変則戦法でサンダーゲイルゴーレムを倒した後、わたしはドロップアイテムを回収するべくその残骸に歩み寄っていた。
近づいてから気づいたことだけど、ゴーレムが落としたアルテミアス鋼は今なお強く電荷を帯びているようで、豪雨の中で火花のような電気を散らしている。
・今なら帯電植物を作れるのでは?
「天才か?」
コメントにいたく感銘を受けたわたしは、慌ててインベントリからエクシードを取り出した。それを泥に包んでアルテミアス鋼に投げつけると、続けざまに回復魔法を飛ばす。
「【ヒール】ッ!」
――バチィンッ‼
回復魔法の光が着弾すると同時に、アルテミアス鋼からスパークが飛び散った。
目を焼かんばかりの強烈な閃光とともに、新たな命が生まれ落ちる。
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イカヅチシード
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種子の内部に強力な電荷を内包する種子。
殻を破ることで放電現象が発生する。
育てると雷精の花になる。
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「きたぁぁぁぁぁ!」
・おおおおおおお!
・おめでとぉぉぉぉ!
・麻痺弾完成⁉
・すげぇぇぇぇぇ‼
・俺も痺れさせられたい
「あとはですね、これが増やせるタイプの種子かどうかですね」
・増やせないタイプの種子とかあるの?
「ですです。例えばエクシードは成長すると別の植物に変化しちゃうんで、毎回パラサイトシードとメモリーフラワーで交配しないとダメなんですよ。あと、温州みかんみたいにそもそも種が存在しない種類も種を増やせないです」
と、いうわけで。
イカヅチシードを埋めて育てましょう。
「【ヒール】!」
――――――――――――――――――――
雷精の花
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空気中のイオンを取り込み
発光する不思議な花。
クラフトするとイカヅチシードになる。
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「完璧すぎる」
雷精の花を採取しクラフトに突っ込む。
イカヅチシードが4つになった。
まさに無限ループ!
*
「……あれ?」
イカヅチシードを埋めて、雷精の花を採取してはクラフトする。
その動作を繰り返し、インベントリに10スタックほどの余裕を作ってから気づいたことがある。
「ユノさん来ないですね」
捨てられたかな? いやまあそうなるように仕向けていたからいいんだけど、気にはなる。
・ゆののん今ピンチ
「ん?」
ふと、ハトが目に留まった。
くるっぽの方のハトではない。
他の配信者の状況をコメントする、伝書鳩のほうである。
・道中の沼地でリザードマンの縄張りに突っ込んだみたいで追われてる。Renちゃんが渡した回復薬も底をついて死にそう。
「……なにしてんの」
呆れた声を零しつつ、時刻を確認する。
勝負開始から50分が経過している。
つまり、あと10分でわたしの勝利が確定する。
そして、モンスターに殺されたなら、セーフティタウンへ強制転移させられる。仮にユノさんが荒城都市アカシアで復活したとしても、10分ではここにたどり着かない。
白黒ついた。
もはやユノさんに勝ちの目はない。
そんなの、冗談じゃない。
「本当に、仕方ないなぁ」
わたしは重い腰を上げると、来た方角に向き直る。
ユノさんがわたしを追いかけてきたとすれば、道を引き返すうちに合流できるはずだ。
*
沼地を走る影があった。
鱗に覆われた肌を持つ、二足歩行する爬虫類――リザードマンだ。
彼らは軍をなして狩猟を行う。
集団で獲物を追い立て、疲弊した獲物を狩る。
特に湿地における彼らの敏捷性は目を見張るものがあり、その脅威性は一段高まることが知られている。
「はぁ……はぁ……」
そんな厄介な敵の縄張りに踏み込んでしまったことを、夜見坂ユノは強く後悔していた。
事を急いて仕損じた。
あのとき沼地を突っ切るのではなく、迂回路を探すべきだった。どうしてそうしなかった。後を絶たない後悔が、胸の内に堆積する。
「きゃァッ⁉」
沼地に足をすくわれた。
重心が体の外に飛び出して、世界が斜めに倒れていく。違う、倒れているのは彼女自身の体だ。主観時間が何倍にも引き延ばされ、世界はスローモーにうつろいでいく。だがしかし、伸びきった体は意識とは裏腹に動かない。
全身が泥沼に叩きつけられる。
慌てて起き上がろうとして、頼りない足場を手でつかんで、上体を起こして、気づいた。
囲まれている。
四方八方を問わず。
何匹ものリザードマンが左手に構えた剣の切っ先を、ひとつの例外なく夜見坂ユノに向けている。
すぐそこに死が這い寄っている。
死ねない。死ぬわけにはいかない。
ここで死んだら、その時点であの天翼種さんとの勝負が決定してしまう。
水を差された戦いのように、白けた結果で終わってしまう。
(……先輩、あなただったら、どうしますか?)
夜見坂ユノは、心の内で問いかけた。
誰が答えてくれるわけでもない。
そして、打開策を考えている間にも時間は刻一刻と過ぎていく。包囲網を敷くリザードマンたちが、じりじりと距離を詰めてくる。あと数歩。それが彼らの間合いであり、攻撃を仕掛けてくるタイミングであり、時間の猶予はわずかも無かった。
カチリ。
脳内でスイッチが切り替わる。
現状の打破は不可能だ。
ならせめて、散り際のリアクションくらい派手にしよう。
そう、諦めに思考が塗りつぶされた、その時だ。
――パァン。
目の前で、リザードマンの頭が弾けた。
否、目の前のリザードマンだけではない。
取り囲む全ての外敵が、相手の居場所もわからないまま頭を撃ち抜かれていく。
「ギュラリュルゥゥゥゥウウアアアッ‼」
最初に気づいたのは、一頭のリザードマンだった。
天高く掲げられた剣。
その剣の先で、狙撃の主は飛んでいた。
「照準……発射!」