5話 【水鳳仙花】
賭けの内容には不満がある。
具体的には勝敗に関する報酬である。
さすがに黄泉の国の永住権はいらない。
(そもそも、わたしからすれば売名できるってだけで大きなメリットだからね)
この時点で貰いすぎなのだ。
それ以上が付随するような賭けなら、いくらわたしでも気兼ねする。
そもそもユノさんは1日って言ったら24時間だろうと構わず配信する。
そんなにやってたらどこで気づかれるかわからない。
「期限は1時間。勝敗はわたしが告白するかどうか。ユノさんが勝てば黄泉の民を受け入れますが、そうでなければ――」
「友達から始めましょうってわけね?」
そっちに舵切っちゃうのか。
その発想は無かった。
ユノさんの思考回路がわたしにはわからない。
「ごめん、わたしたち友達にはなれないかも」
「恋人になりたいってこと?」
「わかんないけどこの人多分キョリの詰め方下手」
・草
・Renちゃん気に入られたなー
・Renちゃんかわいいからね
・俺も冷たくあしらわれたい
・初見です!
・ゆののんの放送から
コメント欄をちらりと覗くと、すでにユノさんの放送からこっちにやってきた視聴者がいた。
まだ名乗ってないんだが?
キミたちサーチ力高すぎない?
荒れてるんじゃないかと気になったけど、パッと見た感じ、現状はとても穏やかだ。
「もういいです。わたしが勝利したときは、他人に戻る。これで行きましょう」
「ということは今は友達――」
「未満他人以上ですね」
「く……っ、手ごわい。わかった。それでいいわ」
「じゃあ、開始で」
先手必勝。
わたしは翼を広げて空に立つ。
「え⁉ ちょ、ちょっと待って⁉ どこ行くの⁉ 一緒に配信する約束は⁉」
「一緒の場所にいるだけがコラボとは限りませんよ?」
「え? ……ぁ、あぁ⁉」
うん。
誰も1時間、一緒の場所にいるとは言ってない。
「鬼ごっこしましょう。それも楽しみ方のひとつでしょう?」
見つけてみなよ、夜見坂ユノさん。
自由を冠する天翼種を見つけることができるならね。
*
「というわけで新アイテムの検証します」
・え⁉
・コラボ配信どこ行ったwww
・鬼ごっこやれよwww
・Renちゃんが自由奔放すぎる
「いやそもそもわたしがここに来たのはこっちが主目的ですし……ほら見て! パラサイトシードとメモリーフラワーの交配で手に入った新種です!」
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エクシード
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発芽したときに周囲の環境を学習する種子。
溶岩地帯で育てば火花を散らし、
湿地で育てば蜜を多分に含むようになる。
【交配】
パラサイトシード × メモリーフラワー
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・待って情報量が多い
・このゲーム交配なんてあったのか
・Renちゃん基本長時間配信なのに裏でも結構な時間遊んでるよな
・exceed(超越する)とseed(種)を掛けた造語かな?
「どうなんですかね? 最初に日本語で起動しちゃったから英語表記わからないんですよね。英語プレイの海外ニキ、この配信を見てたら検証お願いね」
・パラサイトシードをRenちゃん以外持ってない件
・交配の仕方が未出の件
・メモリーフラワーが見つかってない件
・何ひとつ検証できる要素なくて草
・見つけるところから検証しないといけないな(白目
「鉱山都市アルテマとザンガの草原で全部手に入りますよ! それでですねぇ、早朝の英語配信を見てくれた方ならわかるかもしれないんですけど、【厄災】クラスが相手だとArtemeres' Blessingが通用しなかったんですよね」
・通用しなかった(勝った)
・起き抜けにボス戦してたからそこから見た
「通用しなかったんですよね。大事なことなので2回言いました。で、思ったんですよ。わたしもからめ手が欲しいなって。そう、例えば麻痺弾とかね。麻痺した相手にパラサイトシードを植え付けて持久戦に持ち込む。どうこの戦法! 天才じゃない⁉」
・すごく……ゲスいです
・俺は好きwww
・発想が悪魔のそれで草
「というわけでね、アヤタカガさんにこの新衣装作ってもらってる合間に帯電する植物を作れないかなって試行錯誤した先にできたのがこのエクシードです。効果は何と、育った環境に応じて変化する代物! だったらこの落雷地方で育ったら――?」
・Renちゃんの笑顔、こう、ぞくぞくする。
・わかる、ここすこポイント高い
・悪魔じみた行動力
さっきからひとを悪魔呼ばわりしてる人、失礼じゃないかな⁉
言及はしないけど、名前は覚えたからね!
ふう。
さて、豪雨でぬかるんだ大地にエクシードを植えます。後は簡単、回復魔法を唱えるだけ。
「いっくよー? 【ヒール】ッ!」
柔らかな光に包まれた種子が、芽を出し、成長し、大地に根を生やす。
小ぶりな植物だった。
構造としてはカリフラワーによく似ていて、真ん中にある球形の花のつぼみを覆うように葉っぱで包まれている。
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水鳳仙花
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豪雨地帯に自生する花。
つぼみの中に大量の水分を含んでおり、
衝撃が加わると水風船のように破裂する。
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「違うなぁ」
豪雨は豪雨だけど、わたしは落雷を望んでたんだよね。もう少し奥に進んだら落雷も激しくなったりするのかな? うーんでもなあ。いくらアヤタカガさんが装備を強化してくれたとはいえ、過信して進みすぎて死亡ってのが一番恥ずかしい。
どうしよっかなぁ。
留まるか、先へ進むか。
悩んでいると後ろから聞き覚えのある声がした。
「やーっと見つけたァ!」
「あ、やば、見つかっちゃった」
「ねえ、どうして逃げるの?」
あんたが追いかけてくるからだよ。
「ユノさんユノさん! これ、わたしからのプレゼント!」
「え? えへへぇ、これはいわゆる、仲直りの証ってやつですね? え、ちょっと待って? ねえなんでそんな勢い良く振りかぶってるの?」
大丈夫大丈夫。
ユノさんほど運動音痴じゃないから、すっぽ抜けるなんて愚は起こさないから。
「ちょ、ええええぇぇぇぇええっぇえ⁉」
思い切り水鳳仙花を投げつける。
その前方には、慌てて両手を前に突き出すユノさんの姿!
水鳳仙花に込められた運動量が、ストッパーを兼ねる手の平を前に、激力を生み出す!
水鳳仙花自体に強い衝撃を加える‼
――パァン!
「うぇぷ⁉」
はじけた水分がユノのアバターに飛び掛かる!
ストライーック!
「今のうち! 逃げるよ、みんな!」
びしょ濡れなのは豪雨のせいで元からだし許してほしい。