表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/88

4話 地獄への片道切符

 ユノさん(・・)に【ヒール】を何度か重ね掛けして体力を回復させて、それから手持ちのポーションをいくつか渡す。

 それから近くに果樹の種を植えて再び【ヒール】。

 19レベル分のステータスポイントを全部注ぎ込んだ魅力値によってできた大樹の陰で雨宿り中である。


「いやぁ、死ぬところでした」

「あなたは死んでるでしょうに」

「あれ? もしかして私を知ってます?」


 うん、すごくよく知ってる。

 デビュー当時から知ってる。

 なんなら配信裏の事情まで知っている。


 とはいえ、そんな一般人しか知りえない情報と関係者しか知らない情報を混同する愚は犯さないけど。


夜見坂(よみさか)ユノさん。神奈川県在住のVライバー。あいさつはこんゆの。推しマークはドクロ。誕生日は10月31日で身長156cm。好きな食べ物はサーモンで苦手な食べ物はブロッコリー」

「え、すごく詳しい。もしかして黄泉(よみ)(たみ)なの?」


 ちなみに黄泉の民はユノさんのファンネーム。

 彼女は黄泉の国からやってきた死者で、生き返るために必要な信仰心を集めるべく配信者をやっている。

 容姿の方にもその特徴が表れていて、人骨モチーフのアクセサリーだったり、左目から人魂のような青い炎を出せたりする。


「ねえ……なんでそこで黙るの? ユノのこと好きじゃないんだ? 他に好きな人ができたの? ユノのこと嫌い?」


 そして、メンヘラである。


「ごめんね、理由を教えて? 私のプロフィール覚えてくれるくらい関心を向けてくれたんだよね? どうして黄泉の民になってくれないの?」


 さて、困ったなぁ、と。

 切に思う。


("俺"くんだったら雑に扱う手も許されるんだけど、"わたし"は初対面だからなぁ。ユノさんのリスナーからヘイトは買いたくないし……)


「それは」

「それは……?」


 多分、今。

 このゲームを始めてから一番頭を使っている。

 よし、しのぎ切るぞ、絶対に。


「憧れのユノさんを前にしてると思ったら緊張して、言葉が出なくって」

「へ?」

「初配信の頃から見てます」

「ほ、本当に?」

「100勝RTA配信でユノさんが仮眠をとった時も画面の前で待機し続けてました」

「それはゴメン!」


 ごめん。わたしも嘘だから。

 36時間もかかった配信だよ?

 当時は"俺"くんも配信者だったし、スケジュール的にリアタイで見れなかった部分はある。


「てことはやっぱりユノのこと好きなんだ!」

「……すぅー」

「ねえなんでそこで黙るの。ユノのこと嫌い? 嫌いなの? ユノは疑うこと知らないからさ、今の話聞いてむふふって喜んじゃったんだよ? それなのにどうして答えてくれないの」


・草

・ゆののんの扱いに慣れてるwww

・これは黄泉の民


 こらこら、そこ、黄泉の民認定しない。

 たとえ彼女がこのあと口にする言葉を一言一句違えず予測できたとしても、わたしは別に黄泉の民じゃないんだから。


「勝負しませんか、天翼種(リベルタ)さん」


 やっぱり。

 彼女は思い通りに事が運ばなかったとき、勝負事で白黒はっきりさせるきらいがある。


「今日1日一緒に配信して、ユノのことを好きって言わせられたら私の勝ち。そのときは晴れて黄泉の民に就籍してくれるよね」

「ペナルティがきつい……」

「ペナルティって言った! ペナルティって言ったぁ!」

「いやだなぁ。ペナルティって言ったんじゃないですよ。イルミナティって言ったんです」

「この文脈で⁉ 絶対ウソじゃん‼ 絶対にユノを好きって言わせてみせるからね……! それはそうと、あなたが勝ったら、うん。黄泉の民の永久在住券をあげるってのはどう?」

「地獄への片道切符……」

「ねえその地獄って黄泉の国って意味だよね?」


 言葉通りの意味ですが何か。


「で、どうする? 受けてくれるよね?」


 彼女は、夜見坂ユノさんは、目をランランと輝かせて問いかけた。

 まるでこちらが勝負に乗るのを確信しているかのように。


 カチリ、と。

 深層心理にだけ"俺"くんを配置する。

 表層意識にはおくびも出さない。

 ただ心の奥底に"俺"くんの思考を召喚する。


 目的は単純。彼女の意図を紐解くため。

 彼女が目を輝かせる理由は、すぐにわかった。


(ああ……気を遣われることが増えたから)


 この1年。

 彼女の躍進には目を見張るものがあった。


 登録者の数だけ重くなる肩書は、それだけで初対面の相手を威圧させる。

 ちょうどわたしが、最初彼女との距離感を測りかねていたように。


 バズる覚悟。

 今の彼女は否応なくそれを押し付ける立場だった。


 事実、彼女が新しい配信者とコラボする回数は目に見えて減った。今思えばそれは、彼女なりの配慮だったんだと思う。


(そんな中、比較的フランクに接してくる配信者を見つけたから、昔みたいに新しい人と接する機会を目の前にしたから)


 だから、彼女は期待しているのだ。

 わたしが勝負に乗ることを。


(どうしよっかなぁ。"わたし"は別に、"俺"くんほど勝負ごとに頓着しないんだよなぁ)


 ユノさんの提案を、受ける理由がないんだよね。


 ――"受けてやってくれ"


 心の内で、声がした。

 シミュレートしたままだった、"俺"くんの人物像(テクスチャ)から聞こえた声だった。


(はぁ……しょうがないなぁ。貸し1だからね)


 ――"恩に着る"

 そう、"俺"くんが礼をするのを聞きながら、わたしはユノさんと向き合った。


 まあ、お約束だからね、配信者の。


「いいですよ。ただし、賭けの内容は変更させてもらいますけどね」


 売り言葉に買い言葉ってのはさ。


ユノ……ヘラの別名

ゼウス……ヘラの弟にして夫。木星を冠する。木で、神。どっかで聞いた気がしなくもない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ