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1話 【交配キット】

「……大金が、振り込まれている」


 小休憩からパンドラシアの世界に帰還したわたしは、唐突に解消された資金不足に混乱していた。


 ログアウトする前は3桁しかなかったゲーム内通貨が、数十分の間に6桁に迫る額になっている。


「ドユコト?」


 心当たりがあるとすれば、ログアウト前に鉱山都市アルテマの露店に開いた無人市である。とはいえ、並べたのは腐乱ウルフのドロップアイテムだけ。強気な金額設定で売りに出したとはいえ、売上額が釣り合わない。


「というか、現在進行形で増えてるのは何故……あ」


 もしかして、と。

 わたしは急いで露店に向かった。


 わたしが開いた露店に、たくさんの手紙が置かれていた。


「……無人市は窃盗のリスクがありますって説明はあったけど、そんなん考慮しとらんよ」


 呟きながら、露店を閉店。

 周囲を見渡し、他に無人市をやっている店を探す。

 見つけたあとはインベントリから顔料になる【黄色のバラ】を取引に出してみる。


 初期価格は100ゴールド。

 だけど、スピンコントロール(上下の三角形が並んだボタン)を操作すると、負値価格を設定できることが確認できる。


「疑似投げ銭……」


 要するに、手紙をお金を払って押し付けてきたわけである。


「まったく、オタクくんたちは」


 思わず笑みがこぼれた。



 というわけで、今のわたしは小金持ち。


 やってきたのは秘密の園シークレット・ガーデン

 パンドラシアオンラインの始まりの町である鉱山都市アルテマにひっそりと存在する隠しマップである。

 そこに、わたしは空からお邪魔しますしていた。


 目的はふたつ。

 ひとつはアヤタカガさんから頼まれた、ショウセキヨモギや顔料、天然樹脂を仕入れるため。

 そしてもうひとつは、店員ちゃんに会いたかったからである。


「やっほー! 来たよー!」

「Renさん……!」


 店員ちゃんが、両手をあげてぴょんぴょんしてる。

 なんだこの小動物……! 可愛すぎる……!


「いらっしゃいませ! お待ち、しておりました! 本日は、どのようなご用件で?」

「うん。ちょっと臨時収入があったから、何か面白い植物とか無いかなって。あ、まずショウセキヨモギとバラを各種、それから樹脂もお願いしていい?」


 とてとてと店内を回って、注文した商品をかき集めて戻ってくる店員ちゃん。可愛すぎる、テイクアウトでお願いします。

 いや、どうせ『質問の意味が分かりません』って言われるだけだから言わないけどさ。

 このゲームのAI会話能力ぽんこつだし。


「うん。これでアヤタカガさんのお使い分は完了かな……ん?」


 金銭取引をしてインベントリに買い出しを頼まれた品がきちんと入っていることを確認すると、木製レジカウンターの向こうで店員ちゃんがぴょこぴょことアホ毛を揺らしているのが見えた。


「どうしたの?」

「あ、あの! 面白い……かどうかはわからないんですけど、おすすめの商品があるんです!」


 ほう、店員ちゃんのおすすめ商品とな。

 ぜひ聞かせてもらいたいものだな!


「じゃ、じゃじゃーん。【交配キット】、です」


 思わず天を仰ぎかけた。

 じゃじゃーんと口にした店員ちゃんが、恥じらいで顔を真っ赤に染めたからだ。

 でもそこは鋼の精神で自制する。


「交配キット?」

「は、はい。交雑品種(こうざつひんしゅ)って、ご存じですか?」

「あー……デコポンが清見(きよみ)とポンカンをかけ合わせてできたもの的な?」

「お詳しいんですね!」

「生まれが年中みかんのとれる町なもので」


 ちなみにデコポンも清見もポンカンもみかんの名前である。というか、AIにこの話が通じるほうがびっくりである。


「ですです! それとおなじようにですね、二種類の植物を受粉させることで、親の性質をランダムに受け継いだ子供が生まれるんです! すごいと思いません⁉ Renさんも一緒に植物マスター目指しませんか⁉」


 そりゃもちろん!

 普段口数の少ない店員ちゃんにここまで熱いセールストークしてもらったら買わないわけにはいかないでしょ!



「……で、なーんでアタシの工房に来るかね」

「だってほら、頼まれてた品を納めないとですし」

「本音は」

「アヤタカガさんってそういうのも詳しそうじゃないですか」

「よーし素直に言えてえらいぞー」

「えへへー、褒められちゃった。いだだ、アヤタカガさん、わたしの頭が割れちゃう……」


 と、いうわけで。

 交配キットといくつかの植物の種を購入したわたしはアヤタカガさんが間借りしてる工房の片隅を間借りしに来ていた。

 もうわけわかんない。


「はぁ。まあいいや。で? どんな植物を作るんだ?」


 アヤタカガさんがヘッドロックを開放してくれた。

 生産系の話だからか、少し声が弾んでいる。


「相手を痺れさせる系?」

「トリカブトみたいな麻痺毒を持ってる植物か」

「正確に言うなら、帯電してるタイプの植物? デンキウナギとかデンキナマズの植物版? アヤタカガさん、そういう植物知らない?」

「さすがに知らねえ……というか、植物なんて大体接地してんだから構造的にはアースが近いだろ」


 接地? アース?

 と首をかしげると丁寧に説明してくれた。


「電子レンジのプラグにニョロっと出てる線があるだろ? あれは漏電対策で地面に電気を流す仕様なんだ」


 なるほど。わからん。


「……避雷針みたいなもんだ」

「おお! なるほど!」

「なんでこっちの説明で伝わんだよ……」


 帯電する植物は存在しないってことね? 把握。


「姫ちゃんはパラサイトシードがあんだろ。何故に麻痺弾?」

「厄災レベル相手だと(たね)()きする隙が無くて」

麻痺撒(まひま)きして隙を作ろうってか」


 (That's)ライ(Right)


 というのは、ユノ語録なので口にしないでおこう。

 代わりに指パッチンしてそういうことなのよと同意しておく。


「そっかー。バチバチしてる植物は作れないのかー」


 肩を落とす。

 それができれば戦略の幅は広がるのに。


「いや、諦めるにはまだ早いぜ?」

「へ?」


 いや、地面に埋まってるから電流が地面に逃げるって言ってたのはアヤタカガさんじゃん?


「姫ちゃんが持ってきたショウセキヨモギだって現実には存在しない植物だろ? 交配次第では……どうなるかな?」

「ッ⁉」


 そうか、そうだ!

 この世界の植物は、現実の世界より効能が幅広い。

 現実に存在しないタイプの植物も存在する!


「可能性は、ゼロじゃない!」


 なら、挑むしかないじゃない!


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