2話 キャラクリ
『パンドラシアへようこそ。既存のセーブデータがありません。新規作成しますか?』
翌朝、サービス開始と同時にゲームに接続すると俺は白亜の塔に立っていた。そして目の前には、輪郭が青白く発光する半透明の霊体がいた。
「誰?」
『お初にお目にかかります。プレイヤーサポートAIのシエンと申します』
おお……会話が成立してる。
もはやバーチャル体は魂が無くても自律行動する時代なのか……。いやAI自体が魂? VTuberの存在意義が問われる事態だ。うむむ。
「シエンさんシエンさん」
『プレイヤーサポートAIのシエンと申します』
「奇麗な女の子の顔に練乳が掛かりました。さてそれはどれくらいお得でしょうか」
『申し訳ございません。質問の意図がわかりません』
人・類・大・勝・利!
AIがチューリングテストを突破しようなんて1万光年早いんだよ!
VTuberの未来は明るい。
「じゃなくて、新規作成お願いします」
『承知いたしました。お名前をお教えください』
しまった。スタートダッシュするつもりで最速ログインしたのにくだらない会話に時間を使ってしまった。
さて、名前ね、名前。
ゲームが始まってから考えてたんじゃ遅いってことを知ってるから、昨日の夜から考えてある。
「Renで。Renでレン」
理由は中性的な響きだから。
自他ともに馴染めるんじゃないかなって。
『Ren様ですね。続いて種族をお教え願います』
シエンさんがそう言うと、目の前にウィンドウがポップアップした。どうやら種族ごとに見た目やステータスの成長率に違いがあるらしい。
のは、まあいいんだけど。
悪鬼、猫又、獣人、魚人、リビングアーマー、エトセトラ。
色物枠多くない?
「お、これいいじゃん。天翼種」
俺が目を引き付けられたのは、背中に白い翼が生えた種族だった。上昇しやすいステータスは魅力か。
何それめっちゃイイじゃん!
配信映えするんじゃぁ。
『種族を決定いたしました。続いて容姿を決定してください』
今度は目の前に姿見が現れて、自分の容姿が確認できるようになった。
目の前には天翼種の少女がいる。
少女がいる。美は付かない。
(……いや、十分レベル高いとは思うんだけどな)
自分の容姿のレベルが高すぎるから霞んで見える。
編集もできるみたいだけど、そんなことしていたらスタートダッシュに乗り遅れる。
かといって無編集でキャラクリを終わったところで他のプレイヤーに埋没するだけだし……。
うーん、どうにかならんものか。
「シエンさん、スキャンデータをそのまま使うってできる?」
『可能ですが、個人情報が特定される危険性があります。本当によろしいですか?』
あー、そうなるのか。
身バレと画面映え。どちらを取るべきか。
「画面映えは……命より重い……ッ!」
『申し訳ございません。質問の意図がわかりません』
「いま俺重大な決断したとこだったよね?」
シリアスブレイクすな。
「プライバシーの観点は大丈夫。……どうせほとんど家から出ないし」
『承知いたしました。ご職業は?』
「急に煽るじゃん……ああ、ゲームの職業のことか」
AIに無職なのをバカにされたのかと思った。
あ、ちなみに仕事は辞めました。
だって上司の性欲が怖いもん。
引継ぎとかは、まあいうて俺が新人ってこともあるしどうにでもなるやろ。がんばれ。
さて、なんの話だっけ。
ああ、職業か。
「んー、癒術師で」
剣とか槍を持って突き進むスタイルも楽しそうだけど、いずれ視聴者参加型の企画をすることまで考えたら回復職の方が楽しそう。
『承知いたしました。作成したキャラクターをサーバーに保存中です。通信を切断しないでください。新規作成に成功しました。
それではRen様。パンドラシアの世界をお楽しみください』
言い終わるや否や。
視界は目を開けてられないほどの光で埋め尽くされていた。
反射的に腕を顔の前に掲げようとして、今度はオープニングムービーが始まった。
パンドラシアオンラインはVRMMORPGだから、ストーリーもきちんと存在する。
簡単に言うと、厄災を封じた匣が何者かによって開かれてしまった。
それから世界中で災いが起こるようになり、プレイヤーはこれを解決する危険を冒す者――すなわち冒険者となって世界中を旅することになる。
プレイヤーが冒険者になる動機は様々だ。
天翼種の場合は地上から伸びた黒い光に天界が襲撃され、負傷して地上に落ちてしまうところから。
つまり、
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【Mission】天界へ帰還する
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そんな最終目的が表示され、オープニングムービーは終了。物語の始まりは鉱山都市アルテマから。
……開いた目の視線の先に、人を捜している様子の女性が立っていた。
それを見た俺はふるふると首を振り、目をこすり、まぶたを閉じる。
落ち着け落ち着け。
そんなリスポーンキルみたいなことを彼女がしてるわけないだろ。
気のせいに決まってる。
だから改めてゆっくり目を開けばいい。
「……あいつ何してるんだ」
ユノだった。
幸いこちらに気づいた様子はない。
と思った瞬間、目が合った。
2、3秒ほど見つめあっただろうか。
ユノは小さく首を振ると再びよそに視線を向けた。
(あ、あぶ、あぶな)
電子のデータだってのに心音が聞こえてくる気がする。いや普通に現実の体の脈拍が上がってるとかある? 怖ぇよ。
あの様子だとしばらくここでウロウロしてそうだし、早いうちに移動してしまおう。
配信1時間のノルマも、今ならユノに見つかることはないんじゃないか?
よし、じゃあ、フィールドだ。
フィールドに向かうぞ!