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9話 防具制作を依頼しよう

 荒廃都市アカシアのイベントを達成したわたしは、一度始まりの町、鉱山都市アルテマへと帰還していた。


 ソードマスタースカルロード……骸骨騎士さんのクエスト報酬である千年コットンで、生産職のフレンドであるアヤタカガさんに防具を作ってもらうためである。


「おーい、アヤタカガさんやーい」

「姫ちゃん! あんたまたとんでもないことしでかしてくれたな⁉」


 アヤタカガさんの工房に乗り込むと、彼女は作業の手を止めてこちらに詰め寄ってきた。あ、あれ?


「なぜPKしたことがバレて……⁉」

「ちげえよ‼ 厄災を討伐したほうだよッ! いや、PKしてんのも驚きだけどもな⁉」


「いや、これにはマリアナ海溝より深い事情があるんです……」

「ほう? ぜひ聞かせてもらいたいものだな」

「相手が先にね、M(モンスター)PKを仕掛けてきたの。だからモンスターと協力して返り討ちにしたの。わたし何も悪くなくない?」


 あのときのことを振り返ってみる。

 うん。やっぱりあの時はああするほかに無かった。

 わたし悪くない。


「ちっげぇよ‼ PKの言い訳じゃねえよ聞いてるのは! 厄・災・討・伐‼ いやモンスターと共闘したって部分も気になるけども⁉ このゲーム、モンスターと共同戦線張れるの⁉」

「できた」

「軽い……」


 アヤタカガさんはおとがいに手を当てて唸った。「初情報だよな? なんでこんな平然としてるんだ?」ぼそぼそ呟いてるけどまる聞こえですからね?


「そういえば、アヤタカガさん朝早いんですね」


 時刻を確認すると午前7時過ぎ。

 この時間帯からプレイしてるなんてよっぽどゲーマーなんですね。


「あ? ちげえよ。寝てねえだけ。そろそろ寝ようかと思った矢先、どっかの誰かが厄災を討伐したってWorld Newsが出て来て、眠気が吹き飛んだ」

「あらら。災難でしたね」

「おい、しれっと無関係者面すんな」


 あはは、やっぱりわたしかー。


「で、今日は何の用だ? ボス戦で消耗した弾丸の補充か?」

「あ、うん。もちろんそっちもお願いするよ」

「も?」

「うん。ちょっとこれ見てくれる?」


 わたしはメニューを操作すると、インベントリからクエスト報酬の千年コットンをアヤタカガさんの作業台に取り出した。


――――――――――――――――――――

千年コットン

――――――――――――――――――――

千年かけて結実する希少な綿花。

耐久性にも魔術耐性にも優れており、

布装備の素材にできる。

――――――――――――――――――――


 どうよこれ!

 どう見ても防具に使ってくださいと言わんばかりの性能!


「おま、うっそだろ⁉ このゲームの布装備って特殊効果が付与しやすい代わりに防御方面味噌っかすなのが普通なんだぞ⁉ それをなんだこの素材……、アルテミアス鋼防具以上の性能じゃねえか……!」

「あれ? 作る前から制作後の性能わかるの?」


 この前の話だと、素材の差を確認するために銑鉄と玉鋼で同じ武器を作って検証したって聞いたけど。


「ああ。姫ちゃんにArtemeres' Blessingを作っただろ? それがきっかけで【工匠の見立て】っつうスキルがアンロックしたんだ」


 おお、そっか。

 思い返せば戦闘系スキルは戦闘中に実績を達成することで習得できるものが多かった。

 同じように、生産スキルは難しい生産をこなすことで習得できるってことですね!


「な、なあ姫ちゃん! これもうちに仕立てを任せてくれねえか⁉ ぜってぇ最高の防具にする! 約束するよ‼」

「もちろん!」

「……え?」

「え?」


 え?

 むしろアヤタカガさん以外誰に頼めと?


「いいのか? 先に言っとくけど、この綿花はしばらく代替品が現れないくらいの超レア素材だぞ?」

「うん? うん」

「……正直、生産レベルならアタシより高いやつらもいっぱいいる。そいつらに任せた方がいい装備ができる確率は高いぞ?」

「それで?」

「それでって……」


 わかんないかなぁ。

 それとも、わたしの口から言わせようとしてる?

 ……仕方ないなぁ。


「わたしはアヤタカガさんの作品が好きだし、アヤタカガさんの作った装備以外でパンドラシアオンラインを遊ぶつもりは無いよ」

「姫ちゃん……!」


 アヤタカガさんと視線を交わすこと数秒。

 わたしたちは恥じらいを先に見せたほうが負けのミニゲームを行っていた。

 勝ったのはわたしで、さきに赤面したのはアヤタカガさんの方だった。


「へへっ。わかったよ。ぜってぇ、アタシに任せてよかったって思える一品を作って見せるからな」

「うん! すっごく楽しみにしてる!」



 それで、配信疲れもあったし、アヤタカガさんとちょっとした談笑をすることになった。


 いや、談笑をしていた。さっきまではね。

 いまわたしは、羞恥刑に処せられている。


「へえ。そんなことがあったんだなぁ」

「あの、アヤタカガ、さん? 本人の前で切り抜き見るのって、罰ゲームじゃないですか?」

「いいじゃねえか! 作業のおともにするぐらいさ」


 アヤタカガさんはわたしの配信の切り抜きを見ていた。PKしたところもそうだけど、いま視聴しているのは厄災戦の切り抜き。


 ちなみに、アヤタカガさんは手を止めずにわたしの新衣装のモデリングを並行作業中である。


 彼女は根っからのマルチタスクだった。

 脳のリソースを使い切らないと余計なことを考えてしまって作業が落ち着かないらしい。


 なんか闇が深そうだったからあまり深入りはしていない。けど切り抜きを本人の前で見るかね。


「……姫ちゃんさ、この話聞いてるとき泣きそうになってるよな?」

「そうですねー」

「作り物の感情、じゃあねえんだよな?」

「ですです。この時は本当に泣いちゃうかと思いましたよ?」

「ついさっきの出来事、だよな?」


 んー、何が聞きたいのかな?

 なんて、わざわざ言わせるほど野暮じゃないけどね。


「メソッド演技、か」

「ありゃ? 詳しいですね」

「ゲーマーだからなぁ」


 ゲーマーってすごい。本気でそう思った。


「自己暗示はあぶねえぞ」


 そう。メソッド演技というのはつまり、思い描いた人物と自分を同一視する技法のことである。

 "俺"くんが"わたし"に切り替わった。

 これもある種のメソッド演技なのである。


「大丈夫ですよ。証拠にほら、悲しいと思う前の"わたし"に人格を切り替えれてるでしょ?」


 悲しかった。それは確かだ。

 だから"わたし"は、自分を定義しなおした。


「それは、大丈夫なのか? 元の自分は思い出せるか?」

「さあ? でもま、これができなかったらもっと悲惨なことになってるのは明白ですし」


 いまはなんの利害関係もない人が悪口を平気で零す時代だ。そんな時代で、わたしたち配信者は自衛手段を持たずには生きていけない。


「……姫ちゃんも結構大変な人生歩んでんだな」

「そうですかね? 有名になって、叩かれるようになって、それでも心を折らずに生きてる人の大半が多かれ少なかれ仮面(ペルソナ)をつけてると思いますけど」


 わたしはそれが人より得意だっただけ。

 どれだけつらいことがあっても、部屋の明かりのスイッチを切り替える感覚で、心から感情というモジュールを容易に切り離せる。


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