表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/88

8話 Engrave it!!

『……見て、朝日よ』


 厄災が討伐された荒城の大広間。

 屋根の一部が欠損するこの廃屋に、柔らかな陽光が差し込んだ。

 先ほどまで、暗雲立ち込める死んだ大地だったにもかかわらず、である。


 ポップアップしたWorld News。

 セーフティタウン【アカシア】の解放。

 そこから推測できる答えはひとつ。


『ねえ、骸骨騎士さん。この町の名前ってもしかして――』


 声を掛けながら、振り返る。

 この町が【アカシア】なのかと、問いかけるだけ。

 簡単なはずだった。言葉にすることなんて。

 だけど、わたしは唐突に声を失った。


『……骸骨騎士、さん?』


 そこに、燐光に包まれる彼の姿があったからだ。


 なんで、どうして。

 さっき確認した時は、まだHPは残っていた。

 最後の厄災の足掻きも、ダメージがあるタイプの技じゃなかった。


 それなのに、どうして彼の体は消えかかっているの。


『待って、ヒール……ヒール……! なんで、どうして……!』


 レベルアップで回復したMPを使い、回復魔法を連呼する。だけど、どれだけ必死になろうとも、彼の存在感はどんどん希薄になっていく。


『やだよ……、行かないで‼』


 何を間違えたんだろう。

 どこがよくなかったんだろう。

 どうして、こんなことになってしまったんだろう。


 ぐるぐるとまわる思考回路の奥底で、糸と糸が結びついたような気がした。


『……わたしの、せいなの?』


 絞り出した声は、震えていた。


『わたしが、厄災を封伐したから』


 彼が死んでなお剣を握り続けていた理由はなんだ。


 ――この国は、俺が絶対守り抜く。たとえどんな厄災が襲ってきても、何度滅びのふちに面しても、俺がこの国を滅ぼさせはしない。


 約束したからだ。

 彼が大事に思っている女性と、この国を守ると。


 かつては大切な仲間を守れなかった。

 彼は弱かった自分を呪った。

 仲間たちの遺言が呪縛となって彼をこの世に縛り付けた。


 だから、これまで剣を握り続けてきた。

 未練と妄執が、死してなお彼に安息を許さなかったのだ。


 しかし、今はもう無い。

 後顧の憂いも、彼を縛り付ける言葉も、何もない。

 だから、成仏しようとしているの?


「ごめんなさい、ごめんなさい……っ」


 ぽん、と。

 頭に手を乗せられた。

 物言わぬ巨大な屍が、私の前には立っている。


 その亡骸が、かすかに、微笑んだ気がした。


 違う、わたしは、こんな結末を望んだわけじゃ――


「テンラン」


 不意に、声がした。

 振り返ると、陽光差し込む広間の奥に、女が立っていた。

 見覚えのある女性だった。

 骸骨騎士さんに連れていかれたお墓で見た記憶。

 そこに出てきた女性だった。


「よく、戦い続けてくれました。かつては封印するしかできなかった【厄災】カ・リシリィの討伐……このような姿になってまで」


 骸骨騎士さんが、ひざを折る。

 信じられないものを見たとでも言うように、彼の体から力みが抜ける。完全な脱力状態だった。

 それでも、彼は剣を手放さなかったが。


「そして、天翼種(リベルタ)の姫君。彼とともに戦う道を選んでくれたこと、心から感謝いたします」

「……ちが、わた、わたしのせいで」

「いいえ。違いますよ。あなたの、おかげなのです」


 女性が、ゆっくりと歩み寄る。

 ひざを折り手を地につける骸骨騎士さんの腕に腕を絡ませると、彼女は頭を彼の骨に預けた。


「彼は長年、苦しみ続けてきました。あなたが彼の心の澱を、晴らしてくれたのです」


 そんなこと言われたって、納得できない。

 わたしがもっと、考えていられれば。

 別の未来だってあったかもしれないのに。


「……ねえ、骸骨騎士さん」


 わたしは顔を上げ、彼の顔を見た。

 眼球の無い窪みの瞳が、わたしを覗き込んでいる。


「あなたは、どうしたいの?」


 ここに来る前にも、聞いた質問だった。

 あのときは答えてもらえなかった。

 骸骨騎士さんが、自分の本心と向き合えていなかったから。


 だけど、もし。

 彼がここで答えを出してくれるなら。

 それが彼の本当にやりたいことだというのなら。

 たとえどんな願いであれ、わたしは受け入れよう。


 だから、教えて。

 あなたの、願いを。


――――――――――――――――――――

【Secret Quest】

ソードマスタースカルロードの願い(真)

――――――――――――――――――――

かつて人と恋したスカルロード。

彼の本当の願いは、愛した人とともに、

思い出の地【アカシア】へ還ることだった。


彼の願いを聞き届けるならば、

彼を縛る最後の思い――

あなたの未練を断ち切ろう。

――――――――――――――――――――

受諾しますか? 【Yes】/【No】

――――――――――――――――――――


「……うん。そっか」


 どうして、だろう。

 胸の奥が苦しい。

 喉がギュッと締まって、鼻の奥がツンと刺す。


「えへへ、安心してよ。わたしはキミより、ずっと強いから。平気、だからさ」


 自分の顔に張り付けた笑顔に、空寒さを覚える。


 ――"あなたは誰。あなたは何者"


 思い出せ。今の自分は誰だ。


 ――"()れは何者か"

『人を魅了する配信者(ストリーマー)

 ――"()れは何を望む"

『楽しいの分かち合い、笑顔の時間』


 だから、だから。

 悲しい顔してばっかりじゃ、しょうがないでしょう?


「大丈夫だよ。きっとまた、会えるから」


 だから、わたしは。

 【Secret Quest】を受諾した。


 ――ありがとう。


 声を持たない骸骨騎士さんが、そう、口を動かしたような気がした。

 それがわたしの見た、彼の最期の姿だった。


――――――――――――――――――――

シークレットクエストを達成しました

――――――――――――――――――――

報酬:千年コットン

――――――――――――――――――――

千年かけて結実する希少な綿花。

耐久性にも魔術耐性にも優れており、

布装備の素材にできる。

――――――――――――――――――――


 ポップアップしたウィンドウは、彼との別れが永遠であると物語っているようだった。跡には、彼が握っていた刀剣の残骸だけが残っている。

 胸の奥底から、熱い何かが込み上げる。


「Please Please... stop this world for me I'm about to cry.」


・"Ren……"

・"日本語でよくわからなかったけど、なんでか俺も泣きそう"

・"俺はもう泣いてる"

・"俺も"

・"実は俺も"


『おかしいよね。霧が晴れたのに、うちの配信が湿っぽくなっちゃった。おまえらが、泣いてるからだぞ』


・"Renも我慢しなくてええんやで"

・"存分に泣いてもろて"


『うん。そうするね。じゃあ、今日の配信はここまで。見に来てくれてありがと……ぐず、またね!』


 手を振ってから、メニュー操作で配信を止める。


 それから、大きく息をついた。


 わたしは荒城の広間に立っていた。

 他にプレイヤーは誰もいない。


 誰も、いなかったんだ。


死がふたりを分かつまで。

その言葉が意味するところは、

生者と死者はともに暮らせないことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ