8話 Engrave it!!
『……見て、朝日よ』
厄災が討伐された荒城の大広間。
屋根の一部が欠損するこの廃屋に、柔らかな陽光が差し込んだ。
先ほどまで、暗雲立ち込める死んだ大地だったにもかかわらず、である。
ポップアップしたWorld News。
セーフティタウン【アカシア】の解放。
そこから推測できる答えはひとつ。
『ねえ、骸骨騎士さん。この町の名前ってもしかして――』
声を掛けながら、振り返る。
この町が【アカシア】なのかと、問いかけるだけ。
簡単なはずだった。言葉にすることなんて。
だけど、わたしは唐突に声を失った。
『……骸骨騎士、さん?』
そこに、燐光に包まれる彼の姿があったからだ。
なんで、どうして。
さっき確認した時は、まだHPは残っていた。
最後の厄災の足掻きも、ダメージがあるタイプの技じゃなかった。
それなのに、どうして彼の体は消えかかっているの。
『待って、ヒール……ヒール……! なんで、どうして……!』
レベルアップで回復したMPを使い、回復魔法を連呼する。だけど、どれだけ必死になろうとも、彼の存在感はどんどん希薄になっていく。
『やだよ……、行かないで‼』
何を間違えたんだろう。
どこがよくなかったんだろう。
どうして、こんなことになってしまったんだろう。
ぐるぐるとまわる思考回路の奥底で、糸と糸が結びついたような気がした。
『……わたしの、せいなの?』
絞り出した声は、震えていた。
『わたしが、厄災を封伐したから』
彼が死んでなお剣を握り続けていた理由はなんだ。
――この国は、俺が絶対守り抜く。たとえどんな厄災が襲ってきても、何度滅びのふちに面しても、俺がこの国を滅ぼさせはしない。
約束したからだ。
彼が大事に思っている女性と、この国を守ると。
かつては大切な仲間を守れなかった。
彼は弱かった自分を呪った。
仲間たちの遺言が呪縛となって彼をこの世に縛り付けた。
だから、これまで剣を握り続けてきた。
未練と妄執が、死してなお彼に安息を許さなかったのだ。
しかし、今はもう無い。
後顧の憂いも、彼を縛り付ける言葉も、何もない。
だから、成仏しようとしているの?
「ごめんなさい、ごめんなさい……っ」
ぽん、と。
頭に手を乗せられた。
物言わぬ巨大な屍が、私の前には立っている。
その亡骸が、かすかに、微笑んだ気がした。
違う、わたしは、こんな結末を望んだわけじゃ――
「テンラン」
不意に、声がした。
振り返ると、陽光差し込む広間の奥に、女が立っていた。
見覚えのある女性だった。
骸骨騎士さんに連れていかれたお墓で見た記憶。
そこに出てきた女性だった。
「よく、戦い続けてくれました。かつては封印するしかできなかった【厄災】カ・リシリィの討伐……このような姿になってまで」
骸骨騎士さんが、ひざを折る。
信じられないものを見たとでも言うように、彼の体から力みが抜ける。完全な脱力状態だった。
それでも、彼は剣を手放さなかったが。
「そして、天翼種の姫君。彼とともに戦う道を選んでくれたこと、心から感謝いたします」
「……ちが、わた、わたしのせいで」
「いいえ。違いますよ。あなたの、おかげなのです」
女性が、ゆっくりと歩み寄る。
ひざを折り手を地につける骸骨騎士さんの腕に腕を絡ませると、彼女は頭を彼の骨に預けた。
「彼は長年、苦しみ続けてきました。あなたが彼の心の澱を、晴らしてくれたのです」
そんなこと言われたって、納得できない。
わたしがもっと、考えていられれば。
別の未来だってあったかもしれないのに。
「……ねえ、骸骨騎士さん」
わたしは顔を上げ、彼の顔を見た。
眼球の無い窪みの瞳が、わたしを覗き込んでいる。
「あなたは、どうしたいの?」
ここに来る前にも、聞いた質問だった。
あのときは答えてもらえなかった。
骸骨騎士さんが、自分の本心と向き合えていなかったから。
だけど、もし。
彼がここで答えを出してくれるなら。
それが彼の本当にやりたいことだというのなら。
たとえどんな願いであれ、わたしは受け入れよう。
だから、教えて。
あなたの、願いを。
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【Secret Quest】
ソードマスタースカルロードの願い(真)
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かつて人と恋したスカルロード。
彼の本当の願いは、愛した人とともに、
思い出の地【アカシア】へ還ることだった。
彼の願いを聞き届けるならば、
彼を縛る最後の思い――
あなたの未練を断ち切ろう。
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受諾しますか? 【Yes】/【No】
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「……うん。そっか」
どうして、だろう。
胸の奥が苦しい。
喉がギュッと締まって、鼻の奥がツンと刺す。
「えへへ、安心してよ。わたしはキミより、ずっと強いから。平気、だからさ」
自分の顔に張り付けた笑顔に、空寒さを覚える。
――"あなたは誰。あなたは何者"
思い出せ。今の自分は誰だ。
――"其れは何者か"
『人を魅了する配信者』
――"其れは何を望む"
『楽しいの分かち合い、笑顔の時間』
だから、だから。
悲しい顔してばっかりじゃ、しょうがないでしょう?
「大丈夫だよ。きっとまた、会えるから」
だから、わたしは。
【Secret Quest】を受諾した。
――ありがとう。
声を持たない骸骨騎士さんが、そう、口を動かしたような気がした。
それがわたしの見た、彼の最期の姿だった。
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シークレットクエストを達成しました
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報酬:千年コットン
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千年かけて結実する希少な綿花。
耐久性にも魔術耐性にも優れており、
布装備の素材にできる。
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ポップアップしたウィンドウは、彼との別れが永遠であると物語っているようだった。跡には、彼が握っていた刀剣の残骸だけが残っている。
胸の奥底から、熱い何かが込み上げる。
「Please Please... stop this world for me I'm about to cry.」
・"Ren……"
・"日本語でよくわからなかったけど、なんでか俺も泣きそう"
・"俺はもう泣いてる"
・"俺も"
・"実は俺も"
『おかしいよね。霧が晴れたのに、うちの配信が湿っぽくなっちゃった。おまえらが、泣いてるからだぞ』
・"Renも我慢しなくてええんやで"
・"存分に泣いてもろて"
『うん。そうするね。じゃあ、今日の配信はここまで。見に来てくれてありがと……ぐず、またね!』
手を振ってから、メニュー操作で配信を止める。
それから、大きく息をついた。
わたしは荒城の広間に立っていた。
他にプレイヤーは誰もいない。
誰も、いなかったんだ。
死がふたりを分かつまで。
その言葉が意味するところは、
生者と死者はともに暮らせないことだった。