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6話 【厄災】カ・リシリィ

 つまるところ、この骸骨騎士さんは弱気になっていたのだ。

 かつて戦友を失った厄災が復活した。

 その事実を前に、思い人の墓を守り切れない未来を考えていすくんでいたのだ。


 違うでしょう。

 あなたが彼女と交わした約束は、そうじゃない。


 守り通すと誓ったはず。

 だったら、守れなかったときのことを考えてるんじゃない!

 誓いを果たして、胸を張って歩ける未来を思い描きなさいよ!


 そんな空気を滲ませながら、わたしは彼とこの町を歩いていた。


『……霧が、濃くなってきたわね』


 視界が白む。

 水気を帯びた衣服が、ぴとりと肌に吸い付く。

 じっとりした感触が不快感をくすぐる。


 ――アオォォォォォン!


 獣の遠吠えが、ひっきりなしに聞こえている。

 この白霧。獣の声。

 腐乱ウルフが誰かと戦っているのかもしれない。


 一匹を相手するだけでも難しかった相手だ。

 もしも腐乱ウルフが群れを成し、しかも掛け声で意思疎通を図り連携して襲い掛かっているのなら、おそらくかなりの脅威になるだろう。


『……っ! 骸骨騎士さん、来るよ!』


 不意に視界が赤く染まる。

 ターゲティングされたのだ。

 地面を蹴る足音から方向を探る。

 前方から1匹。後方左右から2匹。挟撃の形だ。前方の1匹を射撃するのに夢中になれば、後方から迫る爪牙に引き裂かれるのは必死。


『骸骨さん、3方向から! 3……2……1……今!』


 わたしは膝を曲げるとその場に伏せた。

 頭上の空気を、鋭い何かが引き裂いていく。

 骸骨騎士さんの刀剣だ。

 横薙ぎに振り払われた3つの刃が、3方向からくる狼を各個撃破する。


 第一波は切り抜けた。

 けれど第二陣、三陣が間髪いれずに襲い来る。

 武器を構える余裕がない。


『く、キリがない! 視界が良ければ……』


 獣人の男を倒した時のように感覚が研ぎ澄まされれば、この濃霧の中でも相手の位置を探れるかもしれない。

 意識を集中させて――


『きゃっ、あ、ありがと……』


 危うく爪牙の餌食になりかけたところを、骸骨騎士さんにフォローしてもらい事なきを得る。


 ダメだ。敵の数が多すぎる。

 絶え間なく連携して襲い来るせいで、意識の束を集中させてもらえない。

 精神が世界に浸透する前に、意識の外からやってくる攻撃にやられてしまう。


 今回助かったのは、骸骨騎士さんがすかさずフォローに入ってくれたから。運が良かっただけに過ぎない。


 どうにかして、この状況を打破しないと――


「へ?」


 ぐいっと背後から引っ張られて、体が宙に浮く。

 その、横を、鈍色の光が追い越していった。


 ――ズドォォォン!


 目の前で、霧が爆ぜた。

 巻き起こった旋風が、腐乱ウルフの肉片をバラまきながら飛来する。


『うひゃぁ、すっごい!』


 立ち込めていた霧が一刀両断される。

 すごい火力だ!

 こんなに強いんだ。厄災がどれだけ強いか知らないけど、負けるわけないじゃん!


『うん。行こう。きっとあの城が厄災の根城だよ』


 骸骨騎士さんの肩に乗り、丘を越えて荒城を目指す。道中で襲い掛かってきた腐乱ウルフは、一匹残らず骸骨騎士さんの持つ刀剣に両断された。ドロップアイテムはきちんと回収させていただきました。ごちになります。


 城に至るまでの道のりは容易だった。

 正攻法で挑んでいたら、どれだけ苦労したかわからないけれど。


『よいしょと。開けるよ? 準備はできてるよね』


 骸骨騎士さんは、刀剣を構えることでわたしの問いへの返事とした。だからわたしは頷いて、その重厚な扉に手をかけた。

 ギィギィと耳障りな音がする。

 扉の隙間から、淀んだ空気があふれ出す。


 開け放たれた扉の先にあったのは大広間。

 黒く淀んだ、おそらくもとは赤色の絨毯が敷かれた空間に、その異形はいた。


 頭胸部と、袋状の腹部からなる節足動物だ。

 頭部にはおびただしい数の眼球がびっしりと詰め込まれていて、それぞれが独立した眼球運動を行っている。

 発達した(あぎと)には鋭利な牙が生えていて、全身は短い毛で覆われている。


 だけど、わたしが恐ろしいと思ったのはその生物の容姿についてではない。体長10メートルを優に超える、その巨体さ故だ。


――――――――――――――――――――

【厄災】カ・リシリィ

――――――――――――――――――――

パンドラの(はこ)から解き放たれた厄災。

腹部から出す糸は強い粘性を持っており、

網のように広げて獲物を捕らえる。

長い手足で素早く移動する。

――――――――――――――――――――


 この地に降りた厄災がそこにいた。


 ズン、と地面が唸りを上げる。

 突風が真横を吹き抜けたと思ったら、骸骨騎士さんが先制で特攻を仕掛けていた。

 鈍色の光が尾を引いて、【厄災】カ・リシリィに襲い掛かる。


 埃が巻き上がり、骸骨騎士さんと厄災の姿が眩む。


 代わりに、ちらりとコメント欄が視界に映る。


・"やったか⁉"


 ばっ、おまッ!

 それはフラグ――!


 ――ガシャン。


 わたしの背後で金属を石に叩きつけたような音がした。

 振り返ると、石で出来た柱に倭刀が突き刺さっている。


 その刀には見覚えがあった。

 だから今度は目の前で巻き起こる白煙の先、刀を振り下ろした後の骸骨さんの姿を探す。


 煙が晴れた時、骸骨騎士さんの手に倭刀は握られていなかった。いなされたのだ。あれだけの威力を持つ斬撃が、いとも容易く。

 その上、悪いしらせはそれだけではすまなかった。


『骸骨騎士さん!』


 【厄災】カ・リシリィが投擲した糸だろうか。

 白色の紐が骸骨騎士さんの手足すべてに巻き付いていた。

 身動きの取れない骸骨騎士さんに、厄災が鋭い牙を突き立てようと動き出す!


『させないッ!』


 Artemeres' Blessingを構え、眉間に一発。

 音速を超える速度で打ち出された弾頭が、厄災に襲来する。

 打ち出された弾丸は半秒と待たずに厄災の頭蓋をぶち抜く。

 そんな未来を予想した。けど。


・"は?"

・"硬ッ⁉"

・"弾丸を弾くってどうなってんの"

・"金属板でも仕込んでんのか⁉"


 寸分違わず着弾した弾丸は、厄災の装甲を前に散る。

 無数の眼球が、同時にぎょろりとこちらを向く。

 無言の威圧だった。

 足がすくむ。


『ッ! 骸骨騎士さん! 【ヒール】!』


 わたしを牽制したのち、厄災はいよいよ骸骨騎士さんに牙を突き立てた。彼の骨がミシミシと音を立てて軋んでいる。

 だからとっさに回復魔法をかけて、その間に彼の手足を縛る白い糸を的確に打ち抜く。


 一本の自由になった腕で、骸骨騎士さんはすかさず厄災に切りかかった。

 厄災はすぐさま後退し、その斬撃から難を逃れる。

 その隙を縫って骸骨騎士さんは糸を切り裂き、バインド状態からの脱出に成功する。


(強い)


 骸骨騎士さんの斬撃を見てから避ける敏捷性。

 トッププレイヤーが何時間もかけて削った骸骨騎士さんの体力をゴリゴリ削る攻撃力。

 Artemeres' Blessingをものともしない防御力。

 粘性の糸を使った幅広い戦略性。


『なるほどね。これが厄災か』


 笑える。勝てるイメージが全くわかない。

 絶望的な状況だ。


 つまり。


 ――撮れ高!


『やろうか。【厄災】カ・リシリィ。ただし、覚えておきなさい』


 ざっざと、つま先を地面に叩きつけ、Artemeres' Blessingを構え直す。

 第1ラウンドは負けを認めるよ。

 だけど、最終的に勝つのはどっちかな?


『わたしを破壊するに至らないすべてのことが、わたしをさらに強くする』


ちなみに最後のセリフは哲学者ニーチェの言葉です。

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