表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/88

5話 ソードマスタースカルロードのお願い

 呪術師(ソーサラー)の男を失った悪鬼(メイヘム)の女に勝ちの目は無かった。

 骸骨騎士の有する6本の剣を前に、彼女の2本しかない腕では手数が足りていなかった。


 どれだけ攻撃をいなそうと、ダメージは着実に蓄積していく。

 しかし骸骨騎士のHPをいくら削ろうと、その度にわたしが回復させる。

 この循環を断ち切るにはわたしを先に倒すしかないが、悪鬼(メイヘム)の彼女に私がどこにいるかを知るすべはない。


 戦いの行方は決した。

 勝敗はもはや覆らない。

 だからこれは消化試合だった。


 もっとも、わたし自身は彼女に恨みなんてない。

 けれどそもそもわたしが戦う理由は、わたしを助けてくれた骸骨騎士に報いるため。

 彼が戦いをやめないならば、わたしは最後までそれに付き合おう。


 骸骨騎士の唐竹割に振り下ろされた大剣が、彼女の刃を砕き割った。勢いそのままに鉄塊が、少女を脳天からまっぷたつに引き裂いていく。


「さよなら」


 ポリゴン片となって砕ける女性に向けて、わたしは呟いた。


『さて、問題はここからなんだよね』


 わたしは翼を羽ばたかせて浮揚したまま、警戒を落とさずに骸骨騎士と向き合った。


・"どゆこと?"

・"骸骨騎士と戦ってたプレイヤーが死んだ今、次に誰が狙われると思う?"

・"あ"

・"もしかして、あれだけの死闘をともに戦った戦友と争わないといけないのか⁉"

・"運命の神はなんて残酷なんだ!"


 わたしはコメントを肯定した。

 先ほどまでの共同戦線は、共通の敵がいたからこそ成立していた暗黙の停戦協定が前提にあってのこと。

 その外敵を排除に成功した今、互いに手を取り合う理由はない。


『とはいえ、戦う理由もないんだけどね』


 もちろん、向こうから襲ってこなければという前提は付くけど。

 そしてそれを考えているのは、多分相手も同じ。


 骸骨騎士と視線が交わる。

 彼もまた、わたしの出方をうかがっているようだった。


『オーケー。武器はしまうよ。わたしはあなたと戦いたくない』


 わたしはアサルトライフルをインベントリにしまった。


 もしもここから「隙ありぃぃぃ!」と襲われたら笑い種だけど、なんとなくそうならない気がした。


『あなたは、どうしたい?』


 丸腰になったわたしに呼応するように、骸骨もまた剣を鞘に納めた。腰や背中に幾本もの刀剣が収められ、6本の手が全て無手になる。


 それから骸骨は半身を翻すと、片側3本の手を使ってわたしを手招きした。


『ついて来いって、言ってるの?』


 骸骨はこくりと頷いた。


 わたしは一瞬だけ思案した。

 考えたのは、罠の可能性。

 すぐに否定したけれど。

 殺すつもりなら、今この場で斬りかかられていた。


『うん。よろしくね。骸骨さん』


 せっかくなのでふよふよと彼の後ろから近づいて、その首にまたがった。首の骨だけで丸太くらいの太さがある骸骨に足をかける。


『イエーイ! 見て見てー! 肩車! たっかーい!』


 配信用カメラに向かってピースサインを送る。


・"(昇天)"

・"天国はここにあったんだ……!"

・"我らの光"

・"魂が浄化されるぅ"


 おお……コメントの流れ早いなぁ。

 ……って、同時接続2000人超えてる⁉

 うはー、すご。

 さては海の向こうにもわたしのインフルエンサーがいるな?

 うんうん。

 楽しい時間を共有できるのはいいことだよ。

 この調子でどんどんチャンネルを成長させていこう!


『おっと。どったの骸骨さん。もしかして目的地に着いたの?』


 骸骨さんはゆっくりと止まると、首筋に自らの手の平を近づけた。隙間をできる限りなくそうとぴったりくっつけてる骨の手が、骸骨さんのおちゃめな一面を見せているようでかわいらしい。

 そのかわいらしい骸骨騎士さんの手の平に飛び移ると、骸骨さんはゆっくりとわたしを地面に下ろしてくれた。


 それから、大きな石門に手を触れると、カタカタとそのアゴを打ち付けて何かの儀式を行っている。


(う、ん? 一応聞くけど、生贄にされてるとかじゃないよね?)


 骸骨さんを疑ってるわけではない。

 疑ってるわけではないけど、不安にもなる。


 はたして、扉が開いた先にあったのは――

 純白のドレスをまとった、花嫁らしき人間の白骨遺体だった。


『もしかして、キミのお嫁さん?』


 骸骨騎士に問いかける。

 彼は静かにうなずいた。


『そっか。キミは、ヒトと恋をしていたんだね』


 目の前にいる花嫁姿の白骨遺体に、獣人(ビースト)のようなしっぽや悪鬼(メイヘム)のような角は無い。

 どこからどう見ても、人間の遺体だった。


 骸骨さんは白骨遺体を、まるで宝石に触れるように丁寧に持ち上げると、わたしに差し出した。


『え、いや、受け取れないよ?』


 普通に困る。そんなの渡されても。


 死闘を共にして心を通わせられたと思ったけど、やっぱりちょっと難しいみたい。


――――――――――――――――――――

【Quest】ソードマスタースカルロードのお願い

――――――――――――――――――――

かつて人と恋したスカルロード。

彼の願いは、愛した人に人間の町で

眠りについてもらうことだった。


彼女の遺体をセーフティタウンに運び、

墓地を作ってあげよう。

――――――――――――――――――――

受諾しますか? 【Yes】/【No】

――――――――――――――――――――


 ポップアップしたのはクエストウィンドウ。

 説明文を見る限り、彼は彼女を人の町で眠らせてあげたいらしい。


 多分、条件付きのレアクエスト。

 喜んで受けたい気持ちはある、けど。


『あなたは、本当にそれでいいの?』


 これだけ大事にしまいこんでいたのは、白骨化するほど長い年月を経てなおこの棺桶にきれいな花が咲いているのは、きちんと整備されているのは、


『本当は、ずっとそばにいたいんじゃないの?』


 今もなお、好きだからなんじゃないの?


『ねえ、骸骨さん。あなたは、どうしたいの?』


 その骸骨に、瞳は無い。

 生前眼球が存在していたであろう頭蓋には、ただただ窪みがあるだけだ。

 けれども、だけれども。

 わたしには彼の瞳が、揺らいでいるように見えた。


 葛藤している、間違いなく。

 意識と無意識の間にある、やりたいことの齟齬に、骸骨騎士さんの意思は揺らいでいる。

 あとひとつ、何かひとつ。

 きっかけさえあれば、骸骨騎士さんの本音を引き出せるのは間違いないんだ。


 だけど、あともう一歩が届かない。


『そんなに悲しい顔、しないでよ』


 わたしに何ができるのだろうか。

 何か私にできることはないのだろうか。


 どこか壁を感じる一方的な対話に、形容しがたいもどかしさを覚えた。


 そのとき、ふわりと優しい息吹が身を包んだ。

 軟風の吹く方に視線を向ける。

 そこにいたのは、女の白骨遺体だった。

 だがその遺骨には、先ほどまでと明らかに異なる点がある。


 光だ。

 遺体の表面に淡い燐光が灯っている。

 その星火はしかし、徐々に光量を強めていき、次第に目を開いていられないほどまばゆい光へと変化した。

 思わず目を閉じる。




 ……雨の匂いがした。


「知っていますか、テンラン」


 ふと、声がして振り返る。

 振り向いた先に、男と女がいた。

 男は鞘に納めてなお業物とわかる刀剣を背負っていて、女は黒い服を着て、男の隣で傘をさしている。


 ふたりはどこかの墓地にいた。

 名もない墓の前に立ちつくしていた。


 会ったことは無い、はずだ。

 だけどどこか見覚えがある男女だった。

 既視感の正体はすぐに見つかった。


 彼らは骸骨騎士と、その花嫁だ。


「あなたが振るった剣のおかげで助かった命があることを。あなたに感謝している人間は、あなたを恨む人間よりずっと多いことを。あなたは、よく戦ってくれました」

「……違う。違うんだ。よくやってなんか、俺」


 男の頬を、雫が伝っていた。


「俺、頑張ったんだ。厄災からみんなを守るために、だけど、だけど……! みんな、俺を守って、『お前は生きろ』って、俺を庇って。俺が未熟だったから」

「そんなことは――」

「俺が弱かったからッ!」


 男が強く拳を握る。

 雨に混ざって、赤色が流れていく。


 少しの間、雨の音だけが聞こえていた。

 ふたりは微動だにせず立ち尽くしていた。


「そうですね。あなたが強ければ、違う未来も、あったかもしれません」


 言い放ったのは、女の方だった。

 死体のように呆然と立ち尽くしていた男の指先が、ぴくりと動く。


「あなたが感じている苦しみは、託された思いは、呪いと同じです。あなたの心に巣食った罪の意識は、生涯あなたを蝕み続けるでしょう」


 だから、と。

 女は続ける。言葉の続きを紡ぎだす。


「だから、強く生きてください」

「……ぇ?」

「過ちを過ぎたことにしてはいけません。一生苦しんで、もがいて、それでも必死に生きるんです」

「俺には、そんなこと」

「できますよ」


 ぴとり、と。

 女が男に身を寄せた。


「弱さを知るあなただからこそ、きっと誰よりたくましく生きていける。だから――きゃっ⁉」


 女がかわいらしい悲鳴を上げた。


「約束する」


 男が不意に、抱きしめたからだ。


「この国は、俺が絶対守り抜く。たとえどんな厄災が襲ってきても、何度滅びのふちに面しても、俺がこの国を滅ぼさせはしない」


 その横顔に、もはや迷いの色は無かった。

 返事をする女の声も、晴れやかな声色だった。


「――」


 声が、雨に飲まれていく。

 音が遠のいていく。


(っ、景色が、焼けて……!)


 目の前の光景にノイズが走る。

 古びた海図のように、世界が日焼けして滲む。


「待っ――」


 手を伸ばした。

 瞬間、世界が切り裂かれて、わたしはまたもといた場所に戻っていた。

 雨に打たれていたはずの体はどこも濡れてなどいない。夢か幻の類だったのは明白だった。


『そっか……そういう、ことなんだね』


 滅びた町。屍の花嫁。

 再び解き放たれた厄災。

 死してなお、剣を握る骸骨の騎士。


 その意味が分からないわけじゃない。


『だったら、答えは決まっているよ』


 ポップアップしたままだったウィンドウ。

 クエスト、ソードマスタースカルロードのお願い。

 わたしはそれを、拒否した。


『ほら、いくよ! なにぼけっとしてるの!』


 わたしは骸骨の騎士さんの手を引いた。

 骸骨騎士さんは少し困惑気味だ。

 何をうじうじしてるかなぁ、この子は。


『行くよ、失った過去を取り返しに。剣を取って。わたしが一緒に戦うから』


 成すべきことは簡単だ。

 この大地を蝕む厄災を封伐するのだ。

 わたしと、キミの力を合わせてね。


わたしは少女とアンデッドのコンビが好きなんですけど、これを読んでるあなたはどうですか?


・「自分も好き」「作者、アンタ“わか”ってんな」という方はブクマ&高評価を

・「判断材料が足りないな、もっとサンプルを寄越せ」という方はブクマ&高評価を

・「ポテンシャルは感じた」という方は今後の市場拡大のためにブクマ&高評価を


していただけるとメチャクチャ嬉しいです。

どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ