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4話 ねえねえ、最弱と侮った相手に倒されるってどんな気持ち?

 雷管が火花を散らし、弾丸が撃ち放たれる。

 照準の先にいるのは獣人(ビースト)の男。

 音速すら置き去りにする弾丸が、男の眉間に向けて真一文字に飛び出した。


 男は目を見開いたが、そのときには既に体が動き出していた。ローリングの無敵フレームを着弾に合わせ、こちらの初撃を回避する。


 さすがにβテスターにしてトッププレイヤー。

 賞賛に値する。

 けど、女の方はどうだろうね?


 すっと銃口を悪鬼(メイヘム)の女の方に向け直す。


悪鬼(メイヘム)は、天翼種(リベルタ)を認識できない」


 そう教えてくれたのは、たしかあなただったね。


「くっ、ミーシャ!」

「ユウくん⁉」


 ローリングが終わるや否や、男は女にかぶさった。

 驚くべき反応速度だ。

 もしかすると、ローリング中もこちらの動向を逐一確認していたのかもしれない。


 そのうえで銃口のわずかな変化に気づいて庇いに入ったというならそれこそ化け物だね。

 これじゃ倒せそうにないや。

 わたしひとりならね。


「ぐああぁぁぁぁっ!」

「ユウくん! くっ、このスケルトンがッ!」


 そもそも彼らが戦っていたのは誰だ。

 ここにいる体長6メートルはあろうかという骸骨だ。

 わたしにばかり気を向けていると、そういうことになる。


「きゃぁっ!」


 結論から言うと、女は攻撃のタイミングを見誤った。男が傷を受けたことに起因する、動揺から生まれた凡ミスだった。骸骨騎士が見せた見せかけの隙に誘われて、カウンターを合わされる。


「ミーシャ! くっ、【影縫――」

「させない」


 このゲームの魔法は、手の平を突き出した方向に向かって発射される。だから、わたしはただ男の右手だけを狙えばいい。


 当たれば着弾の衝撃で掲げた手の平は明後日の方向を向くだろう。


 そして当たらなければ――手の平を射線上からそらしたならば、魔法は狙った方向に発動できない。


「がぁっ⁉」


 男が選んだのは、避けず、反動すら堪えて、骸骨騎士に向けて【影縫い】を放つことだった。


 影が、膨れ上がる。


「ユウくん――っ‼」


 アサルトライフルが男の右手を打ち抜いた時、彼のHPは一気に危険域に突入した。言葉にするなら致命傷だった。それだけの傷を受けながら、男は骸骨の騎士をきちんと影で縛り上げた。


「ミーシャ……やれぇぇぇぇぇ‼」

「……うんっ!」


 影が拘束する骸骨の騎士を、悪鬼(メイヘム)の女が斬撃を無数に重ねていく。

 斬って、切り裂いて、八つ裂きにして。

 骸骨のHPが着実に削り取られていく。


「あ」


 目を離したすきに、男は回復ポーションで拳を回復させていた。やられた。せっかく、魔法を満足に使えない状態にしたのに。


「ミーシャ! 【影縫い】の時間が切れる!」

「わかった!」


 軽やかな身のこなしで、悪鬼(メイヘム)の女が退いた。半拍おいて骸骨を縛り上げていた影が大地へと還元されていく。


「さあ、仕切り直しと行こうぜ。まずはこの骸骨のHPを削り取るところからだ」

「うん!」


 骸骨の残体力を見る。

 そろそろ1/3を下回ろうとしている。

 わたしが参戦するとは言っても、彼らのプレイヤースキルは非常に高い。

 勝てるかどうかは、五分ってところかな……。


 わたしが、癒術師(ヒーラー)じゃなかったらね。


「【ヒール】」


「……嘘だろ?」


 瞬間、骸骨の騎士の体力が半分近くまで回復する。

 彼らが何時間もかけて削った体力を、その道程を、わたしの一言が無かったことにする。


「仕切り直し、ね。いいよ」


 ただし、こちらも万全を期して挑ませてもらうけれど。



 獣人(ビースト)の男はまずはじめに、悪鬼(メイヘム)の女にわたしの存在を知らせた。

 それで彼女にわたしが見えるようになるわけではないけれど、戦い方は変化する。


「まずは天翼種(リベルタ)から倒すぞ」

「オッケー、指示サポートお願いね」

「任せろ――11時の方角、距離7メートル!」


 やば。

 そっか。そりゃそうなるよね。


(タンクとヒーラーがタッグを組んでたらヒーラーから狙う……! 当然の一手!)


 でなければどれだけダメージを与えてもいたちごっこ。永遠に勝利することはない。


 逆に言えばタンクとしては、敗北しないためにヒーラーを身を挺して庇い続けるのが定石である。


 けれど、わたしの相方はモンスター。

 ここまで散々バカにしてきたAIが搭載されたモンスターなのである。

 その定石が通じるかというと、難しそう。


「……え?」


 しかし、骸骨の騎士は矢面に立ってみせた。

 悪鬼(メイヘム)の女の剣戟から、わたしを庇うように前に出た。


(そういえば、ストーンゴーレムも戦闘面に関しては優秀なAIを積んでたっけ)


 戦闘は、狩猟だ。

 目的があり、勝利条件があり、論理的な詰め筋が存在する。であれば昨今のAI、ディープラーニングは非常に強力だ。人同等、いや、人よりはるかに強力な読みの力を有している。


「チィッ!」

「っ!」


 悪鬼(メイヘム)の女が舌打ちする。

 わたしはその間に移動を開始する。

 位置を知られた状態で、その場にとどまる理由はない。


 悪鬼と骸骨の騎士が刃と刃の応酬を繰り広げる。

 手数は骸骨が圧倒的に勝っている。


「【影縫――ッ」

「させない!」


 その手数の差を埋めようと、男が手を掲げる。

 わたしはそのタイミングを合わせて引き金を引いた。

 音速を超える弾丸が男の拳を貫く。


「ぐぁっ!」

「ユウくん!」


 今度の影縫いは不発に終わった。

 男がポーションを取り出し回復を試みるのは目に見えていた。だからわたしは銃口を構えた。

 悠長に回復しようものなら、その隙だらけの頭をぶち抜いてやるぞという意味を込めて。


「ミーシャ! 9時の方向距離4メートルだ!」

「オーケー!」


 しかし、チェックメイトには一手足りなかった。


(位置取りが……うまい)


 悪鬼(メイヘム)の女が、わたしと男の直線上にはばかるように骸骨騎士を誘導したのだ。

 目の前に遮蔽物が表れたことで、射線が遮られる。


 骸骨騎士の陰から飛び出し、銃口を再び男に向ける。その時には男はポーションで回復を終えていた。


(まずいなぁ)


 冷静に戦局を鑑みるに、戦いの決着は物資が先に底をついた方の敗北だ。

 すなわち、わたしの保有する弾丸と、男の保有するポーションの残数。

 上回ったほうが勝利し、下回ったものが敗北する。

 これは千日手に見せかけて、実のところ行きつく先は既に決まっている。


(まず間違いなく、わたしの弾丸が先に切れる)


 このサイクルを繰り返す限りわたしの敗色は濃厚だ。どこかで打開の一手を投じなければいけない。


(でも、どこで)


 また、男が骸骨騎士をバインドしようと動く。

 それをわたしが妨害する。

 負傷は負わせたけれど、今度は【影縫い】が成立してしまった。


 動かぬオブジェクトとなった骸骨騎士を遮蔽物とするように、男がわたしの射線上から身を隠す。

 わたしの視界に映らなくなる。


 わたしの、視界に――


(それだ!)


 言い換えれば現状は、男からもわたしの姿が見えない状況を意味している。

 そしてわたしはこれまでの戦いで、"空を飛んでいるところを見せていない"。

 この隙を縫って上空へ身を移せば、男はわたしを見失うはず!

 そうなれば、もはやこの場にわたしを捉えられる人はいない。


 だからわたしは、骸骨騎士という遮蔽物を利用して飛翔した。


 好機は一回。

 ヘッドショットを決められればそれで終わり。

 仕損じれば、今後は上空からの攻撃を警戒されて詰め筋に使うのは難しいだろう。


(くっ、こんな時に霧の層が濃くなって……!)


 上空から見下ろした大地は、真っ白に染まり上がっていた。

 唯一見えるのは6メートルはある骸骨騎士の影だけだ。どこかに潜んでいる男の位置は把握できない。


 最悪のタイミングだ。

 霧が薄くなれば、男もわたしが身を隠したことに気づくだろう。そうでなくとも、銃撃のされないこの濃霧を好機とみて攻めに転じてくるかもしれない。

 そうなる前に、攻め切りたい。


 早く、早く。

 一刻も早く、男の影を捕まえろ――


「……」


 刹那。

 摩訶不思議なことが起きた。

 見渡す限り真っ白の世界にもかかわらず、眼下に在する生物がわたしの脳裏に像を結んだのだ。


 原理はわからない。

 けれどこれとよく似た現象を、わたしは既に経験している。


(同じだ。腐乱ウルフを仕留めた時と)


 いま、わたしは網膜以外から外界の情報をイメージ図として把握していた。頭蓋の奥に、霧の晴れた映像が浮かび上がっていた。


 だからとっさに、Artemeres' Blessingの口を男の脳天に目掛けて――

 引き金を、一呼吸のうちに引き抜いた。


――――――――――――――――――――

空亡(ソラナキ)】発動

――――――――――――――――――――

空中にいる間、与ダメージが増加します。

――――――――――――――――――――


 男はポリゴン片となって霧散した。


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