3話 Player Killing
目の前に、鬼がいた。
青い炎の角をまとう、悪魔のような形相の巨大な骸骨の鬼がそこにいた。
背中からは6本の腕が生え、それぞれの腕に直剣、曲刀、大剣、青龍刀、細剣、倭刀が握られている。
骸骨が腕を振る度、縦横無尽に刃がしなる。
蛇のように右から左から、柔軟に迫る凶刃はしかし、まるで意思疎通のとれた警察犬のように連携して襲い掛かる。
そんな暴力の嵐の中で、悪鬼の女は剣舞を演じていた。
行われているのは命の応酬だった。
骸骨は悪鬼の女を殺すべく刀を振るい、悪鬼の女は骸骨を殺すべく刀を振るっている。
しかしそのやり取りには、見るものを魅了する気高さがあった。
・"きれいだ"
・"すげぇ。戦ってるやつら誰?"
・"βテスターだな。見覚えがある"
・"獣人は天翼種だったやつか。種族変えたのか"
骸骨の握る曲刀が襲い掛かる。
悪鬼の女はその切っ先をしっかりと視認していた。だがしかし、女は回避行動に移らない。刀を振り切った直後で無理な体重移動がままならなかったのだ。
直撃は免れない。
そんな予感がすぐさま覆される。
獣人の男がフォローに入ったからだ。
男は呪術師だった。
男が呪術の名称を叫ぶと、骸骨の足元から黒い流動体がせりあがる。
影だ。
骸骨の足跡をぴたりとつける黒い影が反旗を翻し、骸骨の行動を阻害したのだ。
妨害が成立したのは弾指の間。
だがその間に体勢を立て直した悪鬼の女が追撃を繰り出し、骸骨をノックバックさせる。
『すっごいねぇ。これがトッププレイヤーってやつなんですね』
・"Renの方がえぐいけどなwww"
・"ノールックでヘッドショット決める人に言われても……"
・"Ren以外なら皮肉に思える内容"
・"本気ですごいって思ってそう"
正直、あのヘッドショットもなんでできたのかわからないんだよね。なんかこのゲームを始めてから知覚がどんどん拡張されていってる気がする。
自分でも何言ってるのかよくわからないけど。
・"加勢しないの?"
『え、どっちに?』
・"どっちに⁉"
・"この状況から骸骨側に付く選択肢www"
・"プレイヤー側カワイソすぎるwww"
『いやわたしだって普通のプレイヤーが超強い魔物相手に死にそうになってたら助力を申し出るよ⁉ けどさぁ……一回断られてるんだよね、パーティ参加に』
・"え"
・"は?"
・"Renをフった?"
『言い方』
いやまあ、フラれたと言えなくもないけど。
『昨日、初配信する前にね、魅力特化天翼種はゴミだって教えてもらって、まあそれはありがたかったんだけど』
問題はそのあとなんだよね。
ヒーラーのレベル上げといえばパーティ必須。
フィールドに出る前は、そんなことを考えていた。
『一緒にパーティ組みませんかって言ったら、そこの彼女とイチャイチャしながらわたしを置いてったんですよねー』
・"マジか……"
・"うーん、これは"
・"救う必要ないな。慈悲は無い"
配信ってのは、結構肯定的な集まりだ。
否定的な意見もあるけど、少数。
配信主が傷心する事件があれば、ましてそれが他者の言動に起因する者であれば、仕返す正当性があるって話の流れになる傾向が強い、と思う。
そうなると、本当にPKしてしまってもいいんじゃないかなって気持ちが大きくなる。
けど、それはどうなの?
客観的に、この状況でのPKは獲物の横取りと同じようなものである。それはゲームのマナー的によろしくない。炎上のもとだ。
(それに、精神的ダメージを負ったのは"わたし"じゃなくて"俺"くんの人格だからねぇ……どっか他人事なんだよね)
勇気を出したのに断られてかわいそう、とは思う。
だけどそれだけ。
他人の傷心を理由に報復しようという気は起こらない。
("俺"くんの人格でプレイ中だったらすかさずスナイプしていたのかもしれないけど)
まあそれは"俺"くんに任せよう。
わたしは誰? 姫籬Ren。
ここでPKに走るのは配信者的によろしくない。
彼らがあの骸骨を倒して生き残るならそれもまたよし。負けてデスペナを受けるとしても、わざわざ助けに入る道理もない。
『んじゃ、お城めざしますかー』
と、踵を返そうとした時だった。
目が合った。
頭部にイヌ科の耳を生やした獣人の、力強い眼差しだった。
男はこちらに気づくと、手をかざした。
おもむろに、わたしに向けて。
「【影縫い】」
「は?」
瞬間、わたしの影がせり上がった。
深淵を想起させる闇色の流動体が、わたしの手足を締め上げる。
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状態異常:バインド
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は? ちょ、え?
「ミーシャ、移動するぞ!」
「ユウくん? わかった!」
獣人の男が走り出し、後を追いかけるように悪鬼の女があとを追いかける。
ふたりの進行方向には、天翼種の女がいる。
わたしだった。
(こいつら……! 人が見逃してやろうと思ったのに、囮に使うつもりだ……!)
男と女がわたしの場所を通り過ぎる。
後を追いかけるように骸骨の騎士が迫りくる。
影が落ちる。
骸骨の巨体が、わたしの頭上に差し込む光を遮り、霧を黒く染めていた。
視線が交差する。
とはいっても、わたしの視線の先に眼球は無い。
あるのは頭蓋骨の窪み、眼窩だけ。
それでも骸骨がわたしを見ているのは一目瞭然だった。
ゆっくりと、骸骨が直剣を振り上げる。
逃げられない。動けない。
詰みだ。ここから生きて帰る手段はない。
――死
「へ?」
目の前に、剣閃のエフェクトが煌めいていた。
だけど不思議なことに、わたしの体力は1たりとも減っていない。
斬り捨て損じた?
浮かんだ疑念は、しかしすぐに振り払った。
骸骨はたしかに目的のものを切り裂いていたのだ。
――――――――――――――――――――
バインド:解除
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切り落とされた影が、どぷんとわたしの足元へと還っていく。
『助けてくれたの?』
骸骨の騎士は何も言わずにわたしから視線を逸らすと、今度は獣人の男へと向き直った。
吶喊。
大地を揺らすような衝撃波が拡散して、骸骨の騎士が男に迫る。
「ユウくん! 危ない!」
「サンキュ。ちっ、さすがにヘイトを稼ぎすぎてたか!」
ぽんっと手を打つ。
骸骨騎士のHPを見る。
悪鬼の女があれほど斬撃を重ねたというのに、ほとんど変化が見られない。
だけど、HP自体はマックス値からかなり減少している。
そこから導き出される答えは簡単。
わたしがここに来るずっと前から戦っていたんだ。
ダメージを与える。
妨害を行う。
与えられたダメージを回復する。
プレイヤーがこれらの行為を魔物にくりだすたび、敵対するモンスターは攻撃する優先順位――ヘイトを計算し直す。
長いこと戦い続けていた骸骨の騎士にとって、一番の敵は獣人と悪鬼の二人組。
わたしは彼の敵ではなかったらしい。
敵の敵は、味方というやつ。
『やばい。冗談だったんだけど、本気で骸骨くんを助けたくなっちゃった』
"俺"くんではなく、"わたし"のやりたいこと。
それを見つけることができた。
行動に移す前に確認したいのは、残りひとつ。
・"やっちゃえ! Ren‼"
・"あんなやつらに負けるな!"
・"ここにいる視聴者全員がRenの味方だッ!"
思わず、笑みがこぼれた。
キミらさぁ、本当に団結力いいよね。
そういうとこ、結構好きだよ?
「Ready, steady――」
取り出したるはアサルトライフル。
アヤタカガさん手製のArtemeres' Blessing。
じゃあ、やりますか。
「GO!!」
報復合戦を――ッ!
ちなみに骸骨は悪鬼ではなくスカルロードという種族です。
Renちゃんが天翼種でも見えるのは、ゴブリンが彼女を目視できるのと同じ理由ですね。