7話 この世界の植物ってすごい
アサルトライフル用のアルテミアス鋼をゴーレムから追いはぎしたわたしは、グリップ部分をはじめとする、残りの素材を買い集めるべく町に戻っていた。
町に戻った私を待っていたのは、この上ない葛藤と苦悩だった。
NPCが経営する素材屋を前に、頭を抱えて懊悩する。
「くぁ……っ、わたしは……わたしはどっちを選べばいい⁉」
選択肢はふたつあった。
ひとつはアヤタカガさんが要求した通りに白樺の木材を購入していくこと。
利点は何と言ってもその価格だ。
レア度が低い素材ということもあり、非常にお求めやすい価格になっている。
ただ、ダサい。
どうしようもなくダサい。
素材の大部分はアルテミアス鋼を用いているにもかかわらず、グリップ部分だけ白樺。ダサい。
それで、もうひとつの選択肢というのがこれ。
ポリマー樹脂である。
軽く、腕にぴったりの装着感で持ち運びに大変便利。
見た目も整い至高の一品になるのは間違いない。
だがいかんせん高い。
どうしようもなく値段が高い。
でも、払えなくもない。
鉄を買わずに自前で用意したから、浮いたお金で買えないこともないのだ。
だけどだけど、これはアヤタカガさんのお金。
浮いた分のお金はそのまま返却するのが道徳ってもんではないか。
いやいや、それでも買って使うのはわたしなんだぞ。妥協が前面に見える武器を、妥協しなかった場合ほど大事にできるだろうか。
否、できない。
突き詰めるべきなのだ。
「ね、ねえ。その樹脂素敵ですね。お安くしていただけません?」
「ポリマー樹脂ですね。8000ゴールドになります」
「……豊富な品揃えですね。今後もこのお店のお世話になりたいなぁ。今お安くしてくれればそれ以上の売り上げに貢献できると思うんだけどなぁ」
「ポリマー樹脂ですね。8000ゴールドになります」
「ポリマー樹脂を半額で売ってください」
「ポリマー樹脂ですね。8000ゴールドになります」
「ぬうん!」
なんて絶妙にポンコツなAIなんだ!
フルダイブVRMMOのAIと言えば人間と区別がつかないくらい高性能ってのがお約束でしょうに!
ただの確率統計学をディープラーニングとかカッコつけて呼んでるからAIの発達が遅れたんだぞ!
確率統計から意味解析ができるわけないだろ!
いい加減にしろ!
はあ、値切るのは無理そう。
仕方ない。ここはいったん借金して、後々返そう……ん? ちょっと待って?
「いや、もしかしてあそこなら……」
ふと思いついた。
植物全般取り扱う専門店――秘密の園。
そこなら、もっといい樹脂があるんじゃないかな?
「ごめんちょっと秘密裏に確認したいことあるからいったん配信止めるね! アスタ・ラ・ビスター」
わたしは配信を切ると、外壁に沿って町をぐるりと周遊した。一直線に向かわなかったのは、配信を近くで見ていた人がいた場合に秘密の園が位置バレしないための配慮。
しばらく行くと、そこに見覚えのある植物園が広がった。ジョウロを持ったNPCがこちらに気づいて手を振ってくれる。
「また、いらしてくださったんですね。嬉しい、です。ようこそ秘密の園へ。何か、お買い求めに、なりますか?」
「うん。あのね? ポリマー樹脂みたいな天然樹脂って取り扱ってる?」
「ポリマー樹脂。軽くて、丈夫で、加工しやすい?」
「うん! そう! そんな感じのサムシング!」
「熱硬化性――クッキーみたいに、加熱で固まる樹脂なら」
「この世界の植物すごい」
「うん、本当に」
すごいと口にすると、店員さんはテレテレと顔を赤らめた。まるで我がことのように恥ずかしがっている。
わたしも推しを他の人が褒めてると嬉しくなるから気持ちはわかる。
「あ、でも……お金っていくらします?」
大事な部分はここである。
これで8000ゴールド以上と言われたら、さすがに諦めざるを得ないかもしれない。
その場合はいったん白樺で作って、資金繰りに余裕ができたら再度作ってもらう感じかなー。
「代金……いらないです」
「へ? そ、それはさすがに悪いですよ!」
「毎日余るくらい取れます。引き取ってくれるなら、お互いwin-win」
うっ、そんなこと言われたらわたしの良心なんて吹き飛ぶよ? くれるというならありがたく貰っちゃいますよ?
「それに、あなたが来てくれると、この子たちも嬉しそうです」
あー、あれかな。
魅力極振り天翼種だから、近くにいるだけで植物の生育にバフが掛かるとかあるのかな?
「ですから、その……また足を運んでください」
「ぐはぁ」
店員さんの上目遣い。
姫籬Renのきゅうしょにあたった!
こうかはばつぐんだ!
「来ます!」
やったー!
すごい樹脂ゲットだぜー!
あれ……?
でもちょっと待って?
全部自前で用意出来ちゃったせいで、アヤタカガさんのお金に一切手を付けずに済んでしまったのでは?
(うーん、わたしが変に気を使ったって思われないかが心配)
実際には必要以上に高価なものを買おうとしていたのに、その悪巧みを知られずに好感度を稼ぐというのはわたしの良心がさすがに痛む。
何か土産物になる素材を低予算で見繕って持ち帰った方がいいんじゃないかな。
よし、理論武装完了。
「あと、ついでに着色用のお花をください」
青と白と、差し色に黄色で。