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2話 隠しマップ

 釣り逃した魚は大きいという言葉がある。

 逆説的に、最低限小ぶりな魚は釣れたのだからそれ以上は高望みのし過ぎであるという戒めの講釈である。

 嘘である。


「あれ?」


 わたしは砕けたゴーレムの残骸に腰を掛けていた。

 繰り広げた死闘に思いをはせ、余韻に浸っていたところだった。

 ふと、唐突に、天啓を受けるがごとく。

 わたしは気がついた。


「ゴブリンは倒したらポリゴン片になって砕けたのに、ゴーレムは残骸が残ってるの?」


 何が違うんだろう。

 そう思い、じっと腰かけた岩を見つめる。

 視線をロックすること数秒。

 アイテムの詳細ウィンドウがポップアップする。


――――――――――――――――――――

アルテミアス鋼

――――――――――――――――――――

鉱山都市アルテマ周辺で採掘できる希少鉱石。

アルテミアス装備の素材になるため

高価に取引されている。

――――――――――――――――――――


 ドロップアイテムだった。

 わたしが腰かけていたのはゴーレムの遺骸じゃなくて、希少な鉱石の素材だった。


「お、おおおおお、おま」


 声が震える。

 悲喜こもごもの感情が渦を巻く。


「このゲーム、ドロップアイテムを自分で回収しないといけないパターンなの⁉ 早く言ってよ⁉ これまで谷底に突き落としたゴブリンのドロップアイテムなんて回収してないよ⁉」


 もしかしたらレアドロップがあったかもしれないのにぃぃぃ!

 くやじいよぉぉぉぉぉぉ‼



 わたしは鉱山都市アルテマに帰還した。

 期せずして手に入れたドロップアイテムを売り払うためである。


 町の外観はレンガ造りの家屋が多い。

 それと、町のどこを歩いていてもあちこちから金属を金槌で叩く音が聞こえてくるのが特徴。

 近くに鉱脈を有するこの都市では、NPCも金属加工を生業とする職人が多いのだ。


 NPCの傾向をひとつあげても都市の特色が反映されていることに感心しながら町を探索していると、わたしはいつの間にか困った状況に陥っていた。


「やばい、迷った」


 ごめん、言い訳させて。

 この町が魅力的すぎるの。

 路地一本取っても気になる素材アイテムが転がっていたり、気になるひそひそ話が聞こえてきたりして、ついつい寄り道しちゃうんだよね。

 全部制作陣が悪い。

 わたし何も悪くない。


 マップは道中でガイドマップ的なものを拾ったけれど、そもそも自分がどこにいるかわからない。つまりただの資源ごみ。


 道を一本抜けるたび、人気が遠のいていく。

 そろそろ引き返した方がいいんじゃないかと理性は訴えてきているけれど、好奇心が自粛する気配はない。

 これはもう、行くしかないよね。

 行けるところまで……!


「……んん?」


 細い路地を抜けた先の行き止まりに、梯子が掛かっていた。しかしその梯子は途中で折れている。

 上まで続いていないのだから、梯子としての役割は喪失している。町を彩る装飾品のひとつに過ぎない。


 だけどもし、この先に何かありますよという目印だとしたら?


「何もないと思うけど、一応ね」


 一瞬悩んだのは配信するかどうかだけど、ぶっちゃけこの迷い込んだ状況は配信映えしない。だからすぐに配信の線は捨てた。

 代わりに思い付いたのは、録画機能。

 何かあれば動画として投稿して、何もなければお蔵入り。


 ストーンゴーレム戦はてんやわんやでそこまで気が回らなかったけれど、今後は要所要所でそういうのを盛り込んでいくのもありかもしれない。


「こんにちは! 姫籬(ひもろぎ)Ren(レン)です! 突然ですが問題です! わたしは今、どこにいるでしょう⁉」


 わたしは狭い路地の行き止まりで、虚空に向かって元気よく語り掛けた。もちろん、いずれわたしを見つけてくれるかもしれない誰かを想定してである。


「……どこにいるんでしょうかねぇ。道に迷いました。助けてください」


 未来の誰かに向けたメッセージであるから声が聞こえるわけなんてないけれど。


「でも、道に迷っても大丈夫! わたしの背中には翼がありますからね! ちょっと空から町の様子を見て見たいと思います!」


 翼の動かし方は、もう掴んだ。

 今ならこの広い空も自由に飛べる。


 風切り羽が生み出す揚力に乗って、わたしは空へと飛び立った。するとほとんど一直線上に、中央広場があるのが見えた。

 困った。前方に出ちゃった。

 背後を振り返る理由がなくなっちゃった。


「あ! ありました! あそこがこのゲームのスタート地点、鉱山都市アルテマ中央広場です! 見て、こっちの道は何があるのかなって探索してるうちに、こんなところまで来ちゃってたんですね」


 即興で周囲を見回す理由をこねて、周囲を見渡した。振り返る理由がなくなってしまったなら、作ってしまえばいいじゃない。

 背後に何かあれば動画投稿決定。

 何もなければお蔵入り。

 頭にあったのはそのふたつだけ。


 そのたったふたつの考えが、一瞬で霧散した。


「……へ?」


 振り返った先にあったのは、鉱山都市には似合わない緑豊かな庭園だった。

 中央には石造りの噴水があり、その周辺にひとりのNPCが立っていてこちらを呆然と見つめていた。

 その女性NPCが不意に我に返ったように再稼働すると、わたわたと身振り手振りで沈黙を促した。


 わたしはこくりと頷いて録画を止めた。


「すみませんでした。まさかこんな町はずれに人がいるだなんて思っていなくて……撮影許可も取らずに録画を開始してしまって申し訳ございません」


 女性はふるふると首を振った。

 かわりに指を口に立て、もう一方の手でちょいちょいとわたしを手招きする。

 んー、大きな音を立てられない理由があるのかな。


(なんか、大事なイベントの気がする!)


 動画にしたい気持ちは山々だけど、もしかすると録画や配信をしていると強制終了のイベントの可能性もありそう。

 録画は諦めて素直に彼女のもとに降り立つ。


「驚き、ました。空、飛べる人、初めてです」


 女性は不慣れな様子で言葉を発した。


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