9話 バレた?
木曜日
本当はまだ学校に行きたくはありませんでしたが、舞と義兄さんが私の為に頑張ってくれるので私も頑張って登校しました。
「おはよう。・・・純君」
「ああ」
それだけ言って友人との会話に戻る純君。
私たち、付き合ってるんだよね。
彼氏から冷たくされて悲しい気持ちになりながらも表情に出さないように私は努力します。
昨日の義兄さんと舞のやり取りを見ていなければ、すぐに心が折れてしまいそうです。
「なんだよ~お前らまだ喧嘩してんのか~」
「うるせー!」
純君の友達がからかっている声が聞こえます。そうです。純君とはいまだに喧嘩中、いえ向こうが怒っているだけで私はすぐにでも仲直りがしたいです。ですが、私が全てを打ち明けるのが怖くて現在の状況になっています。
はあ~。仲直りしたいな~。
仲直りするには全て打ち明ければいいのですが、幼い頃のトラウマがそれを邪魔します。ですが、義兄さんと舞が私の為に色々頑張ってくれているので、私も早く覚悟を決めないといけない。・・・分かっているのですが、やっぱりまだ怖いです。
「おっはよ~!」
そんな事を考えていると、大きな声で挨拶して教室に入ってくる私の幼馴染で親友の舞がやってきました。舞はクラスでも人気者なのでクラスメイト達から挨拶されながら私の方に向かってきます。
「おはよ~、茜。朝からな~に暗い顔してんのよ!元気出しなさい」
「おはよう、舞。別に暗い顔なんてしてないよ」
舞が笑顔で挨拶してきました。いつも通りのニコニコ顔ですが、今日はいつもと様子が違います。いつもの楽しそうな笑顔ではなく今日は本当に嬉しそうな顔をしています。
「そういう舞は、何か嬉しそう」
「え?そ、そう?そんな事ないわよ」
私の指摘に舞は否定してきましたが、その後の顔がにやけていたので、誰がみても今日の舞がテンション高い事は一目瞭然です。
「じゃあ、言うから」
しばらく私や友達と話をした後、真面目な顔をして私だけに聞こえるようにそう言いました。私はこれから舞が何をするか分かったので、緊張します。
「お~い!小笠原!こっちきて」
私たちから離れた場所で友達と話している純君を舞が大きな声で呼びます。
「なんだよ!」
こちらに近づいてくると私にチラリと視線を向けた後、機嫌悪そうに言い放ちます。
「にしし~。やっぱり、噂の件、あんたの勘違いだったわよ!」
・・・あれ?
「はあ?どういう事だよ?」
ニヤニヤしながら話しかける舞に不機嫌そうに答える純君。そのやり取りに少し違和感を感じます。
「だから、あんたの勘違いだったのよ」
「だから!俺がどう勘違いしてたんだよ!」
純君は更に不機嫌そうになり、恐らくクラス中に聞こえるぐらいの声で舞に詰め寄ります。
クラスがし~んとなり舞と純君に視線が集まります。
・・・あれ?
二人のやり取りに私は更に違和感を覚えます。
「付き合う事になったから!」
「はあ?」
戸惑いの声を上げる純君。
・・・え?これって?
私の中の違和感が何かわかりました。
「誰がだよ?」
「だから!私と修一が!」
「修一って誰だよ?」
「あんたが疑っていた1組の橘修一よ!」
・・・・・・
クラス中が沈黙した後
「「「ええーーーーー!」」」
驚きの声が上がります。
「ちょ、ちょ、ちょっと舞!本当なの?」
「だ、誰よ。橘って!」
「楠木さん、部活一筋だから恋人いらないって言ってたじゃない!」
舞は近くにいた女子から質問攻めにされます。周りには女子が集まってきて、純君はポカンとした顔をしたまま舞からどんどん遠ざけられます。私は私でそれどころではありませんでした。
えー!ま、舞。純君だけに話すって事にしてたよね。何でいきなりみんなにバラすの。・・・いや、もしかしたら昨日のうちに二人で作戦変更したのかな。
「えへへ~。なんか流れでね~」
舞はニコニコしながら女子からの質問に答えてます。そんな中男子は義兄さんについて色々話しています。
「橘って誰だ?野球部のイケメンの奴か?」
「馬鹿、そいつは田中だ。1組に橘なんていたか?」
「誰だよ、橘って。1組に知り合いがいるやつは行って聞いてこい。」
ビックリするぐらい、義兄さんについて誰も知りません。どれだけ影が薄いのでしょう。いや、渾名は有名なので名前が知られていないだけでしょう。
「もしかして橘君って僕と去年同じクラスだった、多分あのいつも寝てる人じゃないかな?」
みんなでああだこうだ言ってる中、クラスでもおとなしい感じの男子がついに義兄さんにたどり着きます。
「ああ、あいつも橘か。っていうかあいつってあの『寝太郎』だろ」
「いやいや、『寝太郎』はないだろ」
「いつも寝てるからあいつの顔見たことないぞ。イケメンなのか?」
義兄さんは名前よりも渾名が有名過ぎて私も知ってるぐらいですが、身内となった今ではさすがに義兄をその渾名で呼ばれるのはいい気分はしません。まあ、義兄さんは『俺にピッタリの渾名じゃん』って笑っていましたけど。
男子は「『寝太郎』じゃないだろ」「他の橘ってやつだろ」「4組の立花じゃね」なんて話していましたが、結論がでなかったみたいで、舞に直接聞く事にしたみたいです。
「く、楠木さん、彼氏って1組の『寝太郎』の事じゃないよね?」
代表した男子が質問すると女子からの質問にニコニコ答えていた舞が、頬を膨らませて文句を言います。
「人の彼氏をあんまり変な渾名で呼ばないでほしいな」
「「「・・・・・」」」
舞の答えにクラス中が静まり返った思ったら、すぐに大騒ぎになりました。
「ほ、本当に?相手ってあの寝太・・・橘君なの?」
「嘘でしょ?何で?何で?」
「ど、ど、どこが良かったの?」
女子から更に質問攻めにされる舞。
「えへへ~。・・良かった所?・・・笑顔・・・かな?」
はにかみながら答える舞を見た女子たちは、「あ~これ、本気だわ」「舞をここまでする橘君ってやばいわね」「こんな楠木さん初めて見た」「あ~私も彼氏欲しいな~」思いを口にする女子たち。一方男子は「マジであの寝太郎かよ」「あいつのどこがいいんだ」「俺も寝てればモテるのか」「睡眠系男子って流行ってるのか」等好き勝手な事を言っています。
正直事情を知らなければ私も騙されるぐらい嬉しそうな演技をする舞。幼馴染の私でも知らない意外な特技がある事に感心してしまいます。
「小笠原そういう事だから。分かった」
いまだに呆然とした表情をしている純君に舞が言いました。
「・・・ああ、悪かった」
そう言って謝る純君の頭を舞が軽く叩きます。
「いたっ。何すんだよ」
「謝るのは私じゃないでしょ、あんたの勘違いで悲しい思いしてるのは誰?」
そう言うと、二人の視線がこちらに向き、純君が緊張した様子でこちらにやってきます。私も少し緊張してしまいます。
「茜、ごめん。俺の早とちりだった。許してほしい」
「ううん。私こそ上手く説明できなくて勘違いさせたから。ごめんね」
「よ~し。やっと仲直りしたわね。全く困ったカップルだわ。あ~ちなみに上手く説明できなかったのは修一が茜に相談していた事を口止めをしてたから、どこまで話していいか分からなかったそうよ」
この辺は昨日三人で話していた作戦だったので、私も横で頷きます。
「そうだったのか。せめて俺にだけ言ってくれても・・・いや、茜はそいう所しっかりしてるもんな。でも何で茜に相談したんだ?っていうか茜は大丈夫だったのか?」
純君が質問してきますが内容を想定して昨日のうちに答えを考えてあります。
「私だった理由は、多分舞と幼馴染だからじゃないかな?あと男性恐怖症の事なら最初は怖かったけど、舞についての相談だったから結構頑張ったよ。それに純君と付き合いだしてから少しづつだけど克服してきてるから」
「そうか」
そう言うと納得したのか自分の席に戻っていきました。他にも色々な質問が来る事を想定し、答えを用意していたのですが必要なかったみたいです。舞の方を見るとニコニコしながら頷いてきたので、こちらも頷き返しました。これでようやく純君と仲直りできましたが、舞と義兄さんにはすごく迷惑をかけてしまったので、どうやって恩を返せばいいか悩んでしまいます。
ふと気になっていた事を舞にだけ聞こえるように質問します。
「最初の作戦だと純君だけって話だったけど、いつの間にみんなにばらす事にしたの?義兄さんよく納得したね」
「修一には何も話してないわよ。私の判断でばらしていいって言われたし」
ええ~!義兄さん知らないの!・・・大丈夫かな?
私は心配して連絡しようとしましたが、無情にもチャイムが鳴り授業が始まります。休み時間は純君が今までの罪滅ぼしでもするようにずっと離れてくれなかったので、義兄さんに連絡できませんでした。
翌日、楠木と付き合った振りを始めたと言っても普段と何も変わらない。いつも通り、登校し、クラスでも誰も俺に興味を示さず、喋りかけられる事もない何も変わらないいつもの寝太郎生活。そう思っていたが。
「なあ橘って楠木さんと付き合ってるのか?」
クラスに着くなりクラスメイトから来るだろうなとは思っていた質問をされ、さすがにうんざりする。この学校の奴らは少しでも女子と話をすると付き合ってるって勘違いする奴が多すぎる。
「いや、付き合ってない。多分昨日の事で勘違いしてると思うけど、昨日はちょっとした用があっただけだ。ちなみに用件は向こうの事もあるから言えない」
昨日のうちに考えていた答えを少し大きな声で回りに聞こえるように言うと、「なんだ、違うのか」みたいな空気になり、俺への好奇心に満ちた目もなくなって一安心。
「はあ~」
自分の席について大きく溜め息をつく。まだ朝なのに疲れたと思っていると、隣の女子から話しかけられた。
「お疲れだね~。最近勘違いされる事が多くて大変だね~」
「本当だよ。この学校は少し話しただけで付き合ってるって勘違いする奴が多すぎる」
名前も知らないクラスメイトだが、本当に疲れたので少し愚痴ってしまう。
「まあ、それだけ、清水さんと舞の事をみんな見てるんだよ~。二人とも可愛いから有名だし~」
そう言われて、俺は勘違いされる事が多い理由に納得できた。
「ああ、あの二人だからか」
「まあ、橘君もある意味有名だけど~」
「ああ、寝太郎だもんな」
「・・・・ごめん~、気を悪くしたよね~?」
「いや、これでも自分にピッタリの渾名だと思って気に入ってる」
「フフフ、橘君って意外におもしろいね~。もう少し他の人と話せばいいのに~」
「いや、俺はこの寝太郎生活が気に入ってるから。それじゃあまだ少し時間あるから寝太郎になるよ」
「ふふ。お休み~」
久しぶりにクラスメイトと長い会話をした後、眠りにつく。
いつものように寝太郎生活で昼休みまで過ごして教室に戻るとクラス中がざわついて注目される。
「戻ってきた」「まじであいつが?」「本当かよ?寝太郎だぞ」俺を見てクラスメイト達がヒソヒソ話している。
「???」
なんか変な空気を感じるが思い当たる事がないので、疑問に思いながら自分の席に着く。
するとまた、隣の女子がニコニコしながら話しかけてきた。
「橘君って嘘つきだね~?」
「はあ?」
いきなり嘘つきと言われても何の事か分からない。さすがに苛ついたので少し睨むと、
「舞と付き合ってるでしょ~?」
更にそう言われて内心ドキリとしながらも頭をフル回転させて考える。
楠木とは小笠原以外には言わないって約束してるから、言うはずがない。となると、茜か?いや茜もないな。誰だ?小笠原か?・・・違う、この子カマを掛けてきてる?
「・・・いや、付き合ってないぞ」
「ふーん。まだ嘘つくんだ~」
何か確信をもった感じで更に俺を追い詰めてくる。嫌な汗が背中から出てくるのがわかる。
「・・・・・本人から直接聞いたよ~!」
「・・・・・・」
楠木!!!何でばらした。・・・いや、バレたのか?本人から直接って事は言い逃れできないな。はあ~。
頭の中でどうにか逃げたり誤魔化したり出来ないか考えるが無理そうだ。
「・・・・はい」
これ以上は言い逃れできないと思ったので素直に認める。
「やっぱり!」「まじかよ!」「だから本当だって言っただろ!」「嘘だろ~!寝太郎だぞ」「何で寝太郎が!」みんな盗み聞きしていたのかクラス中から驚きの声があがる。
「うふふ。橘君的には隠しておきたかったみたいだね~?」
隣の女子にそう言われてコクリと頷く。
「でもそれ無理だと思うよ~。舞が嬉しそうに付き合い始めた事話してたから~」
「!!!」
楠木!あいつ何してんだ!マジで後で問い詰めてやる。・・・って言っても迷惑かけてるの俺の方か・・問い詰めて、へそを曲げられて小笠原の誤解が解けないのは一番マズいな。
いきなり作戦を変えてきた楠木に怒りを覚えたが、迷惑かけているのはこちらなので、すぐに怒りは消える。
「で?どっちから告ったのかな~?」
隣の子がニヤニヤしながら質問してくる。これは授業開始まで質問責めにされそうだ。
昨日三人で小笠原対策はしていたが、俺が答えると思ってなかったので、真面目に聞いてなかった、こういう質問はどうすればいいんだ?
少し返答に困ったが、良い事を思いついた。
「ちょっと、待て!楠木に聞きたい事があるから!」
そう言って楠木に連絡を取る
:どっちから告った?
すぐに楠木から返信がくる
舞:あんた
返信がきたのですぐに質問に答える。
「俺かららしい」
「らしい??」
「いつから舞の事好きだったの~?」
:いつから好き?
舞;去年から
「去年からだって」
「だって??」
舞:あとは私を通すように言っとく事
「じゃあさ~。いつか・・・」
更に質問してこようとした女子を手で制する。
「質問は楠木を通してください」
「芸能人??」
ここでチャイムが鳴ったのでクラスメイトからの質問攻勢は終わった。楠木に色々問いただしたいが、授業も始まりそうなので簡単に連絡する。
:放課後詳しい話を聞きたい
舞:ごめん。教室で待ってて
はあ~今日は寝太郎生活できそうにないな~。




