38話 5組へ
「おはよ~穂乃花~。」
「おはよう。雫」
学校の靴箱で出会った、まだ目が開ききっていない親友に挨拶をする。相変わらず雫は朝が弱い。
「土日はありがとうね。付き合ってくれて」
「別にいいよ~」
土曜日橘君に振られた私は部活帰りの雫に何故か捕まって、泣くのを慰めてもらったり、愚痴を聞いてもらったり、気晴らしに付き合ってもらったりさんざん迷惑をかけてしまった。土日で立ち直ったはずだけど、やっぱり気分が乗らない。勉強も集中できなかった、このままではまた橘君に負けてしまう。振られはしたけど、テストの勝負はまだ有効のはずだ。そんな事を考えながら教室に向かうと何やら階段が渋滞している。
何かあったのかな?
隣の雫を見ると、雫も分かっていないようで、頭に?マークが浮かんでいる。まあ友達が雫しかいない私には誰が何してても関係ないやと思い教室に向かう。人を避けながら階段を上りきり自分の教室に向かう所で、服を引っ張られた。
「どうしたの?しず・・・・く」
服を引っ張る人は確認せずとも雫だと分かっていたので、振り返りながら疑問を口にする。振り返ると雫はビックリした表情で一点を見ていたので、私もその視線の向かう先に目を向け、言葉を失う。
そこには顔を赤くした橘君がすごく困った顔で女子を抱きしめていた。胸が痛くなってくる。あの腕の中にいるのは私は誰か分かっている。そうか~上手くいったんだ~。まあ明らかに両想いだったし、言った通りすぐに告白したんだ。好きな人が別の人と付き合った事に悲しくなるのと、私の言った通りにしてくれた事に安心する気持ちが混ざってモヤモヤした感情が私の中に生まれてくる。ふと見ると雫が心配そうな顔で私と向こうを交互に見てくる。
「私は大丈夫よ。それより何て顔してるの」
私の事を心配してくれるたった一人の友達に優しく声を掛ける。いや、そう言えばもう一人友達になる約束してたんだった。彼女も多分ここにいれば私を心配してくれるだろうな。悔しいけど決着もついた事だし約束通りあとで連絡先交換に行こう。
そんな事を考えていると、抱き合っていた二人が離れた。相手は当たり前だけど楠木さんだった。顔が見えると周りから驚きの声が上がる。まあ、あの楠木さんならみんな気になるよねとか思っていると、楠木さんが橘君の頬に顔を近づけたのが見えたと思ったら、橘君が驚いた顔をして楠木さんから離れた。私からは良く見えなかったけど、二人の動きと表情から何をしたか理解できる。そのあと二人は2~3言葉を交わすと楠木さんは走って自分の教室に向かってしまった。残された橘君も顔に手を当ててこっちに歩いてくる。幸い私にも気づかずに教室に入ってしまった。残されたギャラリー達も「まじか~」「楠木さんすっごい嬉しそうだった」「何で寝太郎なんだ」「やっぱりまた付き合いだしたのかな?」なんて言いながら自分たちの教室に戻っていく。
「雫、私達も行きましょう」
優しく親友に声を掛ける。
「うん。わかっ・・ヒッ!・・・・穂乃花?怒ってる?」
人の顔を見て悲鳴をあげるなんて失礼ね。しかも怒ってるって何?いま私は笑ってるはずだけど・・・
「怒ってないよ。どうしたの変な事聞いて?」
「ううん、何でもないです」
何故か敬語で答えるおかしな雫。
教室に行くと、クラスメイトが橘君から離れてチラチラ様子を伺っている。さっきの階段の所の騒動はすぐに知れ渡ったみたいだ。で、誰が声を掛けるか探っているって所かな。友達のいない橘君に声を掛けるのはハードルが高いのか、それとも楠木さんの事を聞くのは勇気がいるのか・・・多分後者。下手な質問すれば男子と女子から嫌われる、それぐらい楠木さんは色んな人から慕われている。私と全然違う。そんな人が私のライバルになるとは思ってなかった、・・・けど今回は負けたけど最終的に私が勝てばいい。それより色々現状の確認をしないと、そう思い橘君に足を運ぶ。クラスメイトから注目されるけど、そんな事気にしていられない。
「おはよう。橘君」
「お、おう、おはよう三条。柴崎も」
「お、おはよう」
いつの間にか雫もついてきたみたい、引き攣った顔で橘君と私を見ている。
「ど・・どうした三条?何か顔が怖いんだけど」
橘君は何言ってるんだろ。今の私は笑顔のはずなので、怖くはないはず。まあそんんな事はどうでもいいので、話を聞く。
「で?さっきの階段の所のアレは何?」
う~ん。言い方がきつくなるのが自分でも分かるけど止められない。ムカムカした感情が沸きあがってくる。
「ぐ・・・見てたのか」
すごい気まずそうな感じで橘君は答える。
「ええ。見せてもらった。っていうかあれだけの騒ぎになって見られてないって思う方がどうなの?」
「・・・・ははは。・・・はあ」
いつもの困った顔で苦笑いしたあと落ち込んだのか溜め息をついた。自分でも寝太郎生活が気に入ってるって言うぐらいだから注目されて睡眠を邪魔されるとか思って落ち込んでるんだろう。
「それで、楠木さんとどうなったの?一応私にも聞く権利はあると思うけど」
どうなったかは見ればわかるけど、やっぱり本人から直接言ってもらいたい。そして偉そうに言ってるが別に聞く権利は私にはない。けど聞きたいので、こんな言い方になってしまう。はあ~性格悪いな私。
「・・・そうだな。三条のおかげだ、聞く権利はあるよな」
けれど橘君は納得してくれる。私は当事者じゃないから本当に聞く権利なんてないんだけどな。
「あの時三条が背中を押してくれた後、舞に俺の気持ちを伝えた。そしたら舞も俺の事が好きだったみたいでそのまま付き合う事になった。ありがとうな三条」
そう言って笑って答えてくれる橘君。
あのあと本当にすぐに言っちゃったのかとか、楠木さんの気持ちに全く気付いていなかったってどんだけ鈍感なのとか、色々言いたいけど、その笑顔は反則。私が好きになってしまった笑顔を初めて私に向けられては何も言えない。モヤモヤした感情が消えて、幸福感に満たされる。幸い私と雫が目の前に立っているから他のクラスメイトからは橘君の笑顔は見えていないはず。チラリと雫を見ると少し顔が赤くなっている。あの普段の橘君とのギャップが反則級の笑顔を雫も見ちゃったか~。雫は好きな人がいるから大丈夫だと思うけど、念の為後で釘を刺しとこう。
「・・・・・う。む。・・・・・はあ」
「三条?」
不思議そうな顔で声を掛けてくれる。
「そう、おめでとう橘君。けど、あんまり人前でイチャつくのはやめてね。それを見ると傷つく人が目の前にいるから」
やっぱり言い方がきつくなるな~。
「う・・・そうだな・・すまん。今度から気を付けるよ」
本当は私に気を使う必要はないので、堂々としていればいいのに、橘君は申し訳なさそうに謝ってくる。そこで会話を切り上げて雫と席に戻るとクラスメイトに囲まれる。
「で?何だって?」
「楠木さんと付き合ってるって?」
私じゃなくて自分たちで聞きにいけばいいのにとか思いながらチラリと橘君の方を見ると、橘君はもう寝ていた。相変わらずだな~とか思いながらも質問に答える。
「取り合えずヨリを戻したんだって。私が聞いたのはそれだけ」
私が答えるとみんな納得した顔で席に戻ったり、教室の外に全力で走っていく。外に走って行った人はどこに行くの?
クラスメイトから解放された私は後ろの席の雫に声を掛ける。
「次の休み時間ちょっと付き合って」
「うん。いいよ~。どこ行くの~。トイレ~?」
「違うよ。ちょっと5組に用事があるの」
そう答えると、雫の表情がこわばる。
「え?ほんと?喧嘩とかしないよね?」
あっ、テンパってる。なんか勘違いしてるな。
「しないよ。何言ってるの。茜に用事があるの」
「はあ~。ならいいよ~。茜って清水さんだよね~。いつの間に・・・ああ最近一緒に帰ってるんだったね~」
理解が早くて助かる。
1時間目が終わり休み時間になったので後ろの雫に声を掛ける。
「じゃあ、行こうか。陸上部が何か言ってくるかもだけど、その時は雫に任せるね」
「穂乃花~。本当に喧嘩しないよね~。清水さんに用事なだけだよね~」
不安なのか暗い表情で念を押される。
「大丈夫だって。心配症だな~雫は」
そう言うと、雫はまだ何か言いたそうだけど黙って後をついてきてくれる。
5組の扉の前に立ち中を見渡す。パッと見た感じ茜は見えないけど、多分あの窓際前側の女子の人だかりの中かな?多分あの人もその中・・・っていうか中心になっているはず。
人だかりに近づいていき。一番外側の人に声を掛ける。
「ちょっと、ごめん。茜に用があるの」
私が別クラスの人だと気付くと素直にどいてくれる。次の人にも同じように声を掛けてどいてもらう。
・・・・・面倒くさいな。
「茜!!いる?」
ちょっと大きな声で茜に声を掛ける。周りの人も驚いて私を振り返る。
「ふぇ?あ~いる。いるよ。ごめん。みんなちょっと開けて」
人だかりの中から驚いた茜の声がして、人が道を開けてくれて中の茜の方まで近づく。いきなりの乱入者にみんなから注目される。チラリと横を見ると、茜の机に確か陸上部の部長が座っている。・・・行儀悪いな。でその前の席にあの人が座ってその周りを陸上部員が囲んでそれをクラスメイトが更に囲んでいるって状態か。
「やっほ~茜。取り込み中にごめんね~」
「穂乃花?どうしたの?別に大丈夫だけど」
「雫じゃん。どうしたのよ」
「ん~。付き添い~」
雫は雫で同じ陸上部に捕まって話している。
「ほら。茜、約束したでしょ」
そう言ってスマホを取り出すと茜も分かってくれたようでスマホを取り出す。
「・・・ああ、そうだったね。じゃあ交換しようか」
茜はそう言うとチラリと横に視線を向けるので、私も後を追って目を向ける。向けた先では楠木さんがものすごく居心地悪そうに私と茜をチラチラ見てくる。すぐに連絡先の交換は終わる。これが男子が喉から手が出る程欲しがっている茜の連絡先か。一応約束はしてたから結構簡単に交換してくれたけどいいのかな。周りも私と茜の関係が気になるのか黙って様子を見ている。
「それじゃあ、また連絡するね。っていうか今度愚痴に付き合ってもらうから」
あの人に聞こえるように言う私って本当に性格悪いな~。
「清水さん。穂乃花の愚痴は面倒くさいから断った方がいいよ~」
雫が横から口を挟む。失礼な言い方だけど、実際土日に付き合ってくれた雫のいう通りだから何も言い返せない。
「あはは~。その時はお手柔らかに。なんなら柴崎さんも一緒にどう?」
「嫌~。しばらくは遠慮する~」
まったく雫は・・・さて茜への用事もすんだけど、もう一つ雫には言っていない用事を済ませよう。
一歩だけ横に足を運ぶ。目の前にはさっきから居心地悪そうにして小さくなっている楠木さんが座っている。
「楠木さん」
「は、はい」
ビクリと震えて返事をする。普段の堂々とした態度はどこに行ったのか。
「橘君から聞きました、付き合い始めたらしいですね。おめでとうございます」
すっごい嫌味ったらしい言い方になってしまった。まあ実際嫌味で言ってるけど。それに気付いてるのは雫と茜と目の前の人だけだろう。
「・・え・・・・あ・・・・う~・・・・ごめ「パシン」
何か言いかけたので思わず両手で楠木さんの頬を挟んでしまった。結構いい音がした。
「ちょっと!!三条!何・・・」
「明美ちゃん」
「明美~」
今まで黙って様子を見ていた隣の人が何か言いかけたが、雫と茜が止めてくれる。心の中で二人に感謝の言葉を言いながら楠木さんの耳元に口を近づける。
「謝ったら、怒りますよ」
ここで謝られても私がすごいみじめな気分になるだけなので注意する。私から頬を挟まれながらコクコクと頷いてくれる。
「・・・あいがとうごじゃいます。」
頬を挟まれてちゃんと喋れない状態でお礼を言ってくれたので、手を離す。
「よろしい!では楠木さん。話があるので部活終わったあと、一人でそこのファミレスまで来てください」
そう言って真っすぐ楠木さんを見つめる。
さて、ここで私の誘いを断ってくるぐらいなら橘君への想いはその程度。それならまだ何とか挽回できそうだけどな
と思ったけど、楠木さんは覚悟を決めたようでまっすぐ私の目を見て、
「分かったわ」
いつもの堂々とした様子で答えた。やっぱりここからの挽回はきつそうだな~と思いながらも顔に出さないようにして、
「ありがとう。じゃあ放課後」




